51.殺し愛の約束

「せっかく楽しくなってきたのに、無粋だねー」


 先程までの笑みはどこへやら、悲しそうにため息を吐いている。

 俺に対してではないな。俺の考えが間違えていないなら、セシルが何かしたのだろう。その結果ディアボロのテンションがガタ落ちしている。


「邪魔が入ったな」

「本当だよ、もぅー」


 口を尖らせて不満そうにするディアボロに笑ってしまった。第一印象とはまるで違うが、どうやら俺はこの魔族が嫌いではないらしい。

 リゼットさんを利用したのだけは許せないが。


「でも、なかなかに楽しめたしお姉さんからご褒美あげちゃう」


 チュッと、投げキッスを飛ばす仕草は流石にイラッときた。今のがご褒美なら今から勢いつけて殴ってやろう。


「そんなに険しい顔しないでよ。ちゃんとご褒美さ。

私の能力、教えてあげる」

「気でも変わったのか?」

「変わったさ。最高の瞬間だったからね!

だから教えてあ・げ・る!」


 語尾にハートマークでもついてそうな甘ったるい声だ。その声は俺の耳は受け付けない。普通に喋ってくれ。


「私たち淫魔は夢で殺した相手の魔法を奪えるのさ」

「魔法を奪う?」

「そう。魔法を奪い自分のモノとして使えるんだ。

転生者を殺して同じように魔法を奪おうとしたら、別のモノも付いてきてね」

「それが能力か」

「せいかーーーい!!」


 魔法と一緒にミラベルが与えた能力もこの女のモノになったのか? 面倒な能力を持ってるな。

 淫魔全体に言える事なら厄介になる前に倒した方がいいと思うな。仲間に今度相談するか。


「なんていったかな?『耐性無効』だったかな?

どんな耐性も無効化して魔法が効くらしいよ」

「なるほどな」


 これで納得がいった。つまりこいつが転生者から奪った『耐性無効』の能力によって『俺に対して干渉するものを無効化する能力』を突破してきた訳だな。

 単純な矛盾だな。俺の盾がディアボロの矛に負けた。それだけか。いや、完全には負けてないのか。俺の前世の記憶までは読み取れなかったと言っていた。完全に負けていれば前世の記憶まで読み取られていただろう。

 能力の対決としては引き分けか? いや、俺がモロに影響を受けているから負けだな。

 とはいえ、理由が分かってスッキリしたよ。


「おや、何やらスッキリした顔をしているね?

賢者タイムかい?」

「違うさ。ただお陰で俺の中で疑問が解けたよ」

「前世の記憶が読み取れなかった理由とか?

なら、私に教えてよ」


 甘えるような声だ。ウインクをするな鬱陶しい。


「残念ながら教える気はない」

「私は教えたのになー。ケチだねカイルは」


 ブーブー文句を言ってる。教えたのはディアボロだし、俺から教えてくれてとは頼んでいない。こいつが勝手に教えてくれただけだ。なんでここまで言われないといけないんだ。少し腹が立ってきた。


「教えるのは今度だ」

「今度?」

「次で決着を付けよう。今回のような部外者はなしで、正真正銘俺とお前の一騎討ちで」


 言葉の意味を理解出来なかったのか、一瞬固まったが直ぐに満面の笑みを浮かべた。こいつの笑顔は嫌いじゃない。


「最高だよ、カイル!

約束だよ!次会った時はしっかり決着を付けよう!邪魔者なしの一騎討ちだよ!」

「同じように夢の世界か、現実かどちらか分からないが必ずお前を見つけて殺してやる」

「良いよ。見つけてごらん。君の心が弱るようだったらまた夢に誘うよ。夢に溺れるようなら、廃人にして私の玩具にしてあげる」

「もう揺れるつもりはないさ」

「いいね!最高!ずっと前から勇者パーティーには目をつけていたけど、君を選んで良かったよ! 心が弱ってるからゴミかなって思ってたけどこんなに最高の相手だなんて!」


 ゴミって言ったかこいつか? ぶちのめすぞ。とはいえ心が弱って揺れていたのは事実だ。こいつが見せた夢のお陰で昔の自分を取り戻せた。感謝をするつもりはないが、お陰で俺も前に進めそうだ。

 ディアボロとの戦いは嫌いじゃない。だから俺の手で決着を付けよう。次はどちらか死ぬまで殴り合いといこう。


『義兄さん!!!!』


 またセシルの声が空間に響いた。空間が揺れる。


「せっかく逢い引きしてるのに無粋だな、ほんと」


 ゾッとするほど冷たい声だ。先程までの楽しそうな声はどうした? というより逢い引きではないぞ。そんな関係じゃない。あくまでも俺たちは敵同士だ。


「もう直ぐ夢の世界が壊れちゃうな。ひとまずさようならになるかな、カイル」

「随分と切なそうな表情をしているな。お前らしくないぞ」

「切ないさ。せっかく私と殴り会える人間に出会えたのに別れるなんて。

だから早く見つけてよ。じゃないと君以外の人間みーんな殺しちゃうよ」


 この女なら実際にやりそうだな。そうなる前に見つけないとな。

 俺自身がこいつと決着を付けたいと思ってる。思っていた以上に小細工抜きの殴り合いは楽しかったらしい。

 空間が揺れる。ディアボロの言葉の通りに夢の世界が壊れるらしい。笑みを浮かべたディアボロが近付いてきた。身構える必要はないだろう。何かするとは思えない。そんな決着を望んでいないだろうから。


「君は私が殺すから。最高の殴り愛をして!殺し愛をして!君の命の全てを奪い取ってあげるよ。殺した君の臓物も、体も全部食べて私のモノにする。だから私が殺す前で死ぬなよ」

「死ぬつもりはないよ。俺はお前を殺すつもりでいる」

「最高だね。お股が濡れちゃう!」

「下品だぞ」

「サキュバスに求めないでよ、淑女さを」


 近付いてきたディアボロが抱きついてきた。腕を首に回して顔は俺の首に埋まっている。匂いを嗅いでるのか? 殴っていいか?


「また会おうねカイル。次は殺すよ」


 ディアボロに強引にキスされた。それと同時にガラスが割れる音が響き渡り、俺の視界が真っ白に染まった。





「義兄さん!!!」


 目を開いた俺の視界に入ったのは金髪碧眼のエルフ。心配そうに目元に少し涙を貯めている。夢から醒めたのか?


「セシルか?」

「義兄さん!!!」


 セシルが飛び付いてきた。受け止めきれず床に倒れる。派手な音がした。椅子に座ってたのか俺。状況が整理出来た。どうやら考え事をしているうちにディアボロの能力にかかって寝ていたようだ。

 という事はセシルだけじゃなく、デュランダルにも心配をかけたな。


「悪い、心配かけたな」


 手入れがよくされている触り心地の良いサラサラの髪を撫れば、強く抱き締められた。


「義兄さんが無事で良かったです。

寝ているだけかと思ったら急に血が流れ出したから慌てて魔法をかけて…義兄さんが死んじゃうんじゃないかと」


 不安そうに眉が下がっている。悪い事をしたな。心配かけてしまった。さて、ディアボロの事は言うべきか? いや、余計に心配させるな。言うにしても今じゃないか。

 ディアボロとは俺一人で決着を付けたい。いずれパーティーの皆に話さないといけないし、その時でいいだろう。


「よく分からないが攻撃か何かを受けていたのかな? セシルのお陰で助かったよ」

「はい!義兄さんが無事で良かったです!」


 またギュッと力を込めて抱き着いてきた。少し痛い。頭を撫ればえへへへと、嬉しそうな声が漏れている。セシルが部屋に戻ってきたし、ついで言っておくか。


「セシル、部屋を分けた方がいいと思うがどうする?」

「どうして急にそんな事言うんですか?」


 パッと顔を上げたセシルと目がある。大丈夫だ、目に光は合う。まだいける。けど怒っているのか眉がツンっとつり上がっている。


「だって、セシルは女の子だろ?」

「僕は……男ですよ」


 言う時に躊躇いがあったな。これはサーシャの考えが正解か?


「女の子だよ。笑顔が似合う可憐な女の子だ」

「義兄さん…」

「だから俺の事を考慮してくれると助かるかな」

「義兄さんを考慮?」

「あぁ。一つの屋根の下でセシルのような可憐な美少女といると心が落ち着かないんだ。これじゃあ毎晩寝るに寝れないよ。落ち着いてセシルと接する為にも頼むよ」


 セシルの顔が徐々に赤くなっていく。俺の言葉を徐々に飲み込んでいった感じか?この反応なら悪くないと思うが。バッと俺から素早く距離を取った。俺を踏まない立ち位置にいるあたり優しい子だ。


「分かりました。けど部屋は隣同士ですよ!

僕が姉さんに監視を任された事を忘れないように!」

「分かってるよ。宿屋の店主には俺から言っておくよ」

「いえ、僕が行ってきます!

義兄さんはそこで寝転んでてください!」


 顔を赤くしたまま部屋を飛び出して行った。しっかり部屋の扉をしめて行ったな。教育が行き届いてるらしい。彼女が部屋を出たのを確認して起き上がる。


「本当に刺されますよマスター」

「そう思うか?」

「はい。マスターに好意を持ってる相手にあんな事を言ったら勘違いされます」

「そうだな。その時はまぁどうにかするさ」


 セシルが飛び出て行って俺が1人になるとデュランダルは話しかけてきた。ずっとタイミングを待っていたんだろうな。

 デュランダルが心配する気持ちも分かる。彼女が俺に好意を持ってくれてるのは嬉しく思うが、 俺はノエルの婚約者だからな。その思いに応える事は出来ないだろう。

 その時にどれだけ真摯に対応出来るかだな。


「マスター、何かありましたか?」

「どうかしたか?」

「いえ、先程と様子が…。攻撃を受けていたようでしたし」

「そうだな、色々あって吹っ切れたって所だな」


 自分で言ってて笑ってしまう。突然笑い出した俺にデュランダルが心配そうにマスターと呼んでから、黙り込んだ。

 吹っ切れたさ。ミラベルの事も魔王の事も。


 何時もと同じならもうじきミラベルが俺の夢に出てくるだろう。そこではっきりするかしないかだな。

 聞きたい事は色々あるが、それで判断出来ればマシか。最悪はタケシさんが残した情報を踏まえてミラベルを信じるか信じないか判断しないといけない。


 もしかしたら俺は信じるものを失うかも知れない。その時はその時だ。

 信じるものは自分で決めるさ。もう、揺れるなよ俺。俺自身を信じろ。俺が信じた仲間を信じよう。

 さて、改めて再出発だ。


 ───リゼットさん、見守っててください。死にものぐるいで生きてるバカな息子を。

 いつかきっと同じ所に行くと思います。その時は、リベットさんと同じように笑顔で行きます。


 ───脳裏にリゼットさんとの思い出が過ぎる。


『カイルは自信が無さすぎるね。もう少し自分を信じなよ』

『どうやって信じるんだよ? 仲間に守られてばかりのこんな弱い自分を』

『私が信じてるから。きっと強くなるよ私よりもずっと。だからカイルは自分を信じなよ。私が信じるカイル自身をね!』

『俺自身を…』

『うん!自分を信じれるようになって漸く一人前かな? 頑張りなよカイル』

『直ぐになるさ、見てろよリゼットさん』

『楽しみにしてるね』


 ───俺は俺自身信じよう。リゼットさんが信じてくれた俺を。

 きっとこれから先も迷うだろう、悩むだろう。それでも立ち止まるな。悩んで進め。歩みを止めるな。俺を信じろ。

 仲間の中の魔王を見つける。それとディアボロの居場所も探さないとな。やる事ばかりだ。

 さて、諦めずに頑張るとするか


「あ、そう言えば言うの忘れてました。セシルさんが言ってましたけど、トラさんが捕まったそうです。詰所まで行かないといけないですね」


 ───諦めるか。

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