50.殴り愛

 ディアボロの拳を魔力で強化した腕で受け止めれば骨の芯に響くような鈍い痛みが走る 。魔力で強化してこれか。これだから魔族は嫌いだ。舌打ちしながら、蹴りを放つが簡単に躱された。ドレスを着ている癖に身のこなしが軽い。


「随分と力が強いな」

「か弱い乙女に対して随分な言葉だね!」


 どこがか弱い? 確実に俺より力が強いだろこいつ。顔の横を拳が過ぎる、当たったら痛いだろうな。

 顔目掛けて飛んできた蹴りを腕で軌道を逸らす。ドレスを着て蹴りを放つな。


「下着が見えるぞ、蹴りはやめとけ」

「見られても構わないよ。下着の中が見たいなら私の夫になってからね!」

「遠慮しておくよ」


 軽口を叩きながら流れるような動きで迫る蹴りを躱す。早いし重たいがまだ見えるし、受け止められる。まだ速度が上がるくらいは想定しておこう。風を切る音と共に拳が迫る。少ない動作で避けてから、ディアボロのお腹に1発を入れるが…。


「硬いな」

「乙女の柔肌を殴っておいてそれはないだろう」


 お返しとばかりにディアボロの拳が俺の腹に入る。ちょっと足が浮きかけた。咄嗟に魔力で強化したが、少し痛みがある。魔力で強化すればまだどうにかなるか。


「面倒だ、避けるの無しで殴り合いといこう」

「賛成!お姉さんさんそういうの大好き!

全力でやり合おうよ!」


 俺の拳がディアボロの顔に当たるが壁か何かを殴っているような感触だ。本当に肌かこれ。殴られながらもディアボロが楽しそうに笑う。飛んできた拳を避けずに受ける。いい音が鳴ったなと、頬に走る痛みを他人事のように思う。腹にも1発きた。魔力の強化が間に合う。

 胃は弱いんだ。何発もは勘弁してくれ。


 お返しでディアボロのお腹に一発を入れる。避けるそぶりを見せず、笑いながらお腹で受け止めている。効いてないか?

 いや、少し口に力が入ってたな。多少は効いているといいが。今度は蹴りが顔目掛けて飛んできた。これを受けると流石に意識が飛ぶな。

 無防備で受ける気が起きず魔力で強化した腕で受け止める。


「なんだ防御するのか?」

「今、顎狙ったろ?そういうのはナシでいこう」

「ならこうしよう!」


 軽い身のこなしで回し蹴りが飛んできた。見るつもりはなかったが下着が見えた。赤か、派手なの着けてるな。そんな感想を浮かべながら蹴りをまともに受け体が宙に浮く。

 胃液が逆流してきそうだ。なんで腹ばっかり狙うんだ。足が地に着く。足取りに問題はない。まだ大丈夫だな。

 ───トラさんの言葉が頭を過ぎる。


『カイル、魔力は体の一部だ。体の中を巡る血流のように魔力を動かせ。常に巡らせる必要はない。必要な時に必要な場所にだけに回せ。そうすれば魔力の消費を最小限に効率良く使える』


 魔力で強化するのは右手だけでいい。右腕を回しながらディアボロに近付けば両腕を広げて殴ってこいよと笑みを浮かべている。

 ───トラさんとの会話が頭を過ぎる。


『俺たち獣人は爪や牙がある。魔力で強化すればそれだけで剣よりも鋭く強靭だ。』

『爪や牙を持たない俺たち人間には『魔闘技』は不向きか?』

『使ってる者は少ないだろう。魔法を使った方が効果が見込める』

『そうだな、俺も見た事がない。獣人以外で魔力を纏って闘うのは魔族だけか。

アイツらは爪や角、尻尾がある。それに膨大な魔力を持ってる。獣人以上に向いているか』

『クハハハ!向いてはいるが魔族は魔法に重きを置いている。魔力操作は俺たちほど洗礼されていないぞ』

『それでも十分過ぎる程だけどな。今から爪を伸ばした所で獣人ほど強固で鋭利なものにはならないだろうし、やっぱり向いていないか』

『クハハハ!拳や足を強化して闘うしかないな!』

『使えた方が便利かと思ったが、どうしても劣化トラさんだな』

『ただ拳や足を強化するだけでは威力は出ないぞ』

『そうのなのか?』

『拳や足全体ではない、指1本1本にまで魔力を流せ。全ての指を強化して殴る、蹴るその瞬間に魔力を爆発させろ!そうすればお前の拳や蹴りは俺の一撃を超えるだろう!』

『トラさんみたいな威力を出せる気はしないよ』

『クハハハ!魔力の操作をマスターして強くなれカイル!俺は強い男が好きだ!お前に強くなって欲しい!』

『トラさんの期待に応えられるように頑張るよ』



 ───指の1本1本にまで魔力を流す。血が指に集まって熱を持つように、魔力が集まり指が燃えているように熱くなる。

 トラさんが使う『拳爪滅牙』のような威力は出ないだろう。それでもトラさんの期待に応えられるように鍛錬は積んできた。握り締めた拳が魔力で溢れる。

 ディアボロは待ちきれないらしく『早く殴ってこい!』と叫んでいる。なんだこの女。

 それが望みなら叶えてやろう。


「『五指強拳』!!」


 魔力を纏った拳がディアボロのお腹にめり込む。殴った感触が違う。今までは壁や岩でも殴っているような感触だったが、これはしっかり入った。くの字に体が曲がったディアボロが衝撃で5mほど吹き飛んでいったが、空中で体を捻り着地している姿が見える。

 いいのが決まったと思ったがまだピンピンしてるな。


「剣士だと思ったけど良い一撃を持ってるじゃないか、カイル。

お姉さん今の一撃で濡れちゃったよ。愛液で下着がびちゃびちゃだよ」

「もう少し淑女らしく出来ないか?」

「淑女らしさをサキュバスに求めてどうするんだい?」

「なら、サキュバスらしくあってくれ」


 何処の世界にいるんだよ、夢の世界で満面の笑みで殴り合いをするサキュバスが。

 こちらに歩み寄ってくるディアボロに顔を突き出し、ここを殴れよという意味で左頬を指で叩く。それを見たディアボロは満面の笑みだ。嬉しくて仕方ないみたいだな。腕をぐるぐる回して、思いっきり力を込めたディアボロの拳が俺に当たる。俺の腹に。


 ───なんで腹ばっかりを!

  強化は間に合ったがそれでも鈍い痛みが広がる。夢の世界だから反映されてないのか、胃の中身はないらしい。昼を食べてそんなに経ってなかったから、これだけ殴られると吐いてたと思うが込み上げてきたのは胃液だけだ。

 口の中が気持ち悪い。


「顔を殴れよ」

「カイルの顔は私の好みだからね。殴りにくいのさ」

「そうか、なら互いに顔はなしだ」

「そうしよう」


 さっきと同じように指全てに魔力を込めて渾身の力でディアボロのお腹を殴る。いい手応えだと思ったが先程と違って吹き飛ばなかった。彼女の笑みが見える。お返しとばかりに放たれた拳が俺の腹にめり込む。歯を食いしばって耐える。何発もくらうと本当に吐くぞこれ。

 ディアボロは殴り合いを始めてから笑みが耐えないな。楽しいのか、殴り合いこれが。まぁ俺も嫌いではない。痛いのは勘弁だがな。

 満面の笑みのディアボロの顔が近付いてきた。嫌な予感がする。


「お姉さんからの情熱的なキスだよ!」


 俺のターンじゃないのか。言いかけた言葉が出ることはなく、鈍い音と共に頭に衝撃が走る。こいつ、頭突きしやがった…。脳が少し揺れたか? 意識ははっきりとしてるが少しふらつく感じがある。魔力を体全体に流すことで、足の踏ん張りがきいた。


「顔はなしじゃなかったか?」

「お姉さん急にキスがしたくなったからさ

キスをするなら顔じゃないかな?」

「そうか。なら仕方ないな」


 魔力の防御が遅れたな。少し額が切れたらしい。額から垂れてきた液体が目に入りそうになり、手の甲で拭き取る。

 血が流れて少し冷静になった。今更ながらなんでこんな殴り合いしてるんだ俺は。

 別に嫌という訳ではない。今までの魔族との戦いに比べればずっとマシだ。魔族との戦いは騙し合いや裏切り、そして厄介な魔法を常に警戒して戦わないといけない。一瞬たりとも気は抜けなかった。

 だからだろうな。小細工抜きの単純な殴り合いは痛いが、嫌いじゃない!

 


「なら俺からのキスも受け取ってくれよ!」

「ばっちこーい!」


 ディアボロにされたように魔力を額に込めて頭突きをする。鈍い音と共に痛みが走り、衝撃でお互いに仰け反ったのが分かる。ギュッと拳を握り締める音がした。俺も同じように拳を握りしめる。

 顔を上げると同時に拳が飛んできたので、俺も同じようディアボロに拳を放つ。

 お互いの拳が顔にめり込み、足の踏ん張りが効かなかったのか互いに吹っ飛んだ。


 地面に背中が着く前に空中で受け身をとって着地する。ディアボロの方を見てみれば同じように受け身を取ったのか、満面の笑みでこちら見ている。俺も笑っているか?どうだろうな。

 悪い気分じゃない。負ければ死ぬだろうが、今はこの一瞬を楽しもう。

 さて、第2ラウンドだ!

 俺の笑みを見て思いが通じたのかディアボロが満面の笑みで構えるのが見えた。

 その時だった。


『義兄さん!!!』


 聞き覚えのある声が空間に響いた。地面が揺れている? いや空間が揺れているのか。驚いてディアボロを見れば彼女も驚いている。攻撃では無い。

 いや、それより今の声はセシルの声だな。

 声の正体を認識したタイミングで俺の体を淡い白い光が包んだ。回復魔法だ。

 瞬時に理解した為、特に身構える事はない。傷が塞がり痛みが引いていくのが分かる。

 何が起きた? 状況がよく分からずディアボロを見れば悲しそうにこちらを見ていた。


「それはないんじゃないかな、カイル」




 ───俺に言わないで欲しい

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