49.『幻惑』のディアボロ
「お帰りなさいませご主人様!なんて言って方が嬉しいかな?」
スカートの裾をもって見惚れるほど綺麗なお辞儀をする。その口から出た頭が溶けるような甘ったるい声に鳥肌が立った。全く嬉しくないのは目の前にいる存在のせいだろう。
「全く嬉しくないな。今すぐ消えて欲しいくらいだ」
「おや、可笑しいな。君たちはこういう仕草に心がグッとくるんじゃないかい?」
「それは相手によるだろう。お前がした所で嫌悪しか湧かない」
「こんなに可愛い私がやってるのに酷い言い草だ」
こちらにウインクしてから、また一回転。黒いドレスがフワッと浮いた。仮に中身が見えたとしてもきっと嬉しくないだろう。なんというかノリが鬱陶しい。出来れば話していたくない相手だ。
「お前は転生者か?」
「当然の疑問だ。お答えしよう。ノンノンノン違うよ」
右手の人差し指を1本だけ立て顔の前で振る。その仕草1つ1つに苛立ちを覚える。魔族とはいえ初対面の女にここまで嫌悪感を抱くのは俺の記憶にある家族の記憶を利用されたからだ。それがどこまでも腹立たしい。
「私はこの世界に産まれた極普通の魔族さ。君たちのように突然送り込まれた異物ではないのさ」
「なら、何故そんな偏った知識を持っている」
「答えた方がいいかい?自分で考えるべきじゃないかな?」
フフッとニヒルに笑う女。ディアボロと言ったか? 自分で四天王と名乗っていたな。
「転生者とやり合った事があるな、それで知った。違うか」
「間違ってはいない。転生者とやり合ったのはあってるけど、少し違う。
殺した転生者の記憶から読み取ったのさ」
ああ、言っていたな。記憶から読み取ってリゼットさんの姿で俺の前に現れたのだろう。こいつは夢を支配するのか? そして対象の記憶を読み取れる。そういった能力を持っているのか?
「気付いてるだろうけど、私は夢を見せ夢を喰らう淫魔とのハーフさ。君の世界だとサキュバスなんて呼ばれてるのかな?心の弱ってる相手ほど簡単に喰らい尽くせる」
「……………」
「相手が望む夢を記憶から読み取って見せてあげてるのさ!現実に戻りたくなくなるような心地よい夢をね!君と同じ転生者にも見せてあげたよ」
両腕を広げてそれはもう楽しそうにディアボロは語る。
「それで?」
「ミラベルミラベルって五月蝿かったよ。記憶を読み取っても肝心のミラベルの顔が見えなかったから困ったものだ。
けど、前世とやらの記憶はあった。だから彼が望んだ記憶をしっかりと見せてあげたよ。大切な家族と暮らす平凡な日常の記憶を」
思い出して楽しかったのかディアボロの口から笑い声がもれている。
なるほどこいつのお陰で1つ分かった事がある。ディアボロがやり合った転生者はミラベルと関わっている者だ。こいつの発言が正しいなら既に死んでいるがな。
「夢に溺れ夢に縋り夢に囚われる。体を動かす大切な心を夢に奪われた人間は廃人となる。壊すのは簡単なのさ。
それにしても転生者ってのは面白いね。記憶を読み取ると1人の人間なのに2つ人生の記憶がある」
「前世の記憶を忘れていないからな」
「君もそうだね。けど前世の記憶は見えなかった。君の能力が関係してるのかな?」
「俺が答えると思うか?」
「記憶は読み取ったと言わなかったかな?君の能力は知っているさ。それでも私の能力を防ぐ事は出来なかった」
それが疑問だ。この女は俺に夢を見せ記憶を読み取った。ミラベルから貰った能力で俺は自分に干渉する
「残念ながら俺でも検討がつかない。逆に聞きたい、何故俺の能力を突破できた?」
「君が教えてくれたら答えたけど、それじゃあ種明かしはまた今度だ」
「そうか、残念だ」
「私も残念だよ。私も知りたかったからね。
君も前の転生者と同じでミラベルを信じていた。でも揺れていたね。信じていいか分からない。そんな動揺を隠しきれてなかった。
代わりに君の記憶の底から浮上したのが君の育ての親だよ。だから君に夢を見せてあげたのに」
その言葉の続きは言わなくても分かった。残念そうな顔が言葉より鮮明に言いたいことを告げていた。俺が夢に溺れると思ったのだろう。ディアボロから見ても分かるくらい俺の心が弱っていた。
だが、ディアボロの予想に反して俺は夢に溺れなかった。溺れてしまって良いと思えるほど甘美な夢ではあった。俺が求めていたものだったから。
「俺にはやる事がある。夢なんかに囚われる訳にはいかない」
「可笑しいな。私の能力に簡単にかかるくらい心が弱ってたと思うんだけど」
「逆効果だ。リゼットさんに会えたお陰で昔を取り戻せた」
「これだから人間はよく分からないね。記憶を読み取っても理解出来ない動きをする。」
やれやれだと、転生者の記憶から読み取ったであろう大袈裟なリアクションにイラッときた。どうもこの女と相性が悪いらしい。動作一つ一つが癪に障る。
「甘美な夢に溺れていた方が良かったと思うよ。そうすれば痛みもなく死ねたのに」
「死ぬつもりはないから夢から醒めたんだ」
「醒めていないさ。結局囚われている。
そして、こうして私に出会すっていうととびっきりの悪夢を見ているんだから!」
バキっという音と共にディアボロを中心にクモの巣状に床が割れる。息をすることさえ躊躇してしまう威圧感と殺気。濃密な死の気配に体は硬直してしまうだろう。
それでもレグ遺跡で出会ったシルヴィよりマシだ。
改めてあの
「悪夢なんかじゃないさ」
「虚勢にしては声が震えてないね」
「言っただろう悪夢じゃない。ずっと探していた四天王がわざわざ俺の前に現れたんだ。好都合だ」
「倒せると思ってるの?人間が」
「化け物を倒すのはいつだって人間だ。どっか聞いたような格言だが、それを実行出来る勇気は持っているさ」
俺の言葉に苛立つかと思えばディアボロが浮かべたのは満面の笑みだ。嬉しくて嬉しくて仕方ない。言外にそう言っているようなとびっきりの笑顔だ。魔族の思考はたまに読めない時がある。今回もそうだな。
「それでどうするつもりだい? 君の得意とする剣はここにはないし、君は魔法が使えない」
「使う獲物が無ければ戦えないほど、弱くはない」
休息中だったのもある。鎧は着てない、完全に普段着だ。服の袖をまくって調子を確認するように腕を回せばディアボロは口角を吊り上げて笑っている。
格闘戦が出来ない訳ではない。デュランダルが使えない場合を想定して訓練はしている。トラさんという師匠もいた。デュランダルが使えないのは正直辛いが、それだけで諦める程弱くはない。
「肉弾戦か、いいね」
「そっちは魔法が使い放題だろう?」
「いや、ちょっとした魔法は使えるが威力の高い魔法は使えないよ。せっかくの夢の世界が醒めてしまう」
「その言葉を俺が信じると思うか?」
「どちらでも構わないよ。君が肉弾戦を望むならこっちも応えるだけだ」
ドレスの袖をひきちぎり、日に焼けていない白い腕を露出するとコキリコキリと拳を鳴らす。どんな冗談だと言いたい所だ。
「小細工抜きの殴り合いといこうじゃないか!」
口角を吊り上げて満面の笑みを浮かべるディアボロをみて、思わず笑みが零れる。癪に障ってた筈なんだがな。今のこいつは嫌いじゃないぞ。
どこの世界に夢の世界で殴り合いをするサキュバスがいるんだ? 聞いた事がないだろう。
それでも変に騙し合いや心理戦にならないのは俺にとっても好都合だ。魔法に関しては最低限の警戒を忘れるな。
「殴り合いはする気はないぞ」
「なんだい?せっかくこっちがやる気を出してるのに」
白ける事を言わないでくれと、責めるような眼差しが俺を射抜いてくる。
「こうして出会えたんだ。お前を見逃すつもりはない。殴り合いじゃない。殺し合いといこうじゃないか!」
ディアボロに対して殺気をぶつければ怯む様子はなく、むしろ嬉しそうに笑みを浮かべている。テンションが最高に上がっているようだな。これに釣られないようしないとな。戦いは常に冷静にだ。
「最高だよカイル!
最高に熱いプロポーズじゃないか!
お姉さんの心も思わず滾っちゃったじゃないか!」
「プロポーズしたつもりはないぞ」
「つれないことを言うなよカイル。
死がふたりを分かつまで、最高の殴り愛をしようじゃないか!」
───頭の中でカンっと戦いのゴングが鳴った気がした。間違いなく気の所為だがな。
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