第二章 世界樹防衛戦
44.監視役セシル・キリストフ
───ドワーフの国『タングマリン』は大陸の北西部に位置する。この国の特徴を上げるなら魔道具とお酒であろう。
大陸全土に行き渡っている魔道具の殆どはこの国で生産される。ドワーフは向上心の塊のような種族で、現状の魔道具で満足せずより性能の高い魔道具を作ろうと研鑽を重ねている。その為、
「だからこれじゃねぇって言ってるだろうが!」
「すみません!でもこのデザインだと売れないと思います!」
「それを決めるのはお前じゃない!この俺だ!」
「でも!親方!このデザインの魔道具全然売れてないっス!」
やたらと煩いのも特徴である。魔道具の制作に熱が入るらしく、そこら中で怒声が飛び交っている。商業地区は特にその傾向が強い。
職人としてのプライドがあるのだろうか。
───現在俺たちはタングマリンの王都『コレジャナイ』に滞在している。クロヴィカスとの戦いで右腕を失ったトラさんの義手を作る為だ。
クロヴィカスと四天王であるシルヴィの問題を解決した事で『クレマトラス』から謝礼金を貰った。その為義手を作るのに必要なお金と、王都に滞在する間の費用に困る事はない。
「さて、困ったな。魔道具を扱っているお店が多すぎてどこに任せていいか分からないな」
「どうして調べもしないでこんな所に来たんですか? それに義手が必要なトラさんと来ないと意味がないと思いますけど」
俺が現在進行形で困っているのはトラさんの義手をどこのお店に任せようかと迷っている事、もう1つがトラさんが行方不明な事だ。
いや、宿を出るまでは一緒だったのだが、大通りの一通りが思ったよりも多く人混みに紛れて見失ってしまった。
ひとまず俺たちだけで店を探してみようという事で商業地区を回っていたが想像以上にお店が多かった。魔道具の生産が盛んなのは知っていたがここまでとは。俺の考えが甘かったようだ。
───最後に俺が直面している問題。
「そうだな、調べてから来たら良かったよ。セシルの言う通りだ」
「姉さんの婚約者ならもう少ししっかりしてください。義兄さんが凡人なのは分かっていますけど、凡人なりに頑張ってください」
俺の直ぐ横でジト目でこちらを見てくるエルフ。名前はセシル・キリストフ。ファミリーネームで分かると思うがノエルの家族だ。
金色の髪は腰の当たりまで伸びており、手入れをしっかりしているのかサラサラと綺麗な髪をしている。花の形をした髪飾りが良く似合っている。ノエルと同じ碧眼だが、セシルの方は少しタレ目気味だろうか。おっとりとした印象を受けるが、会話から分かるように結構言葉はキツイ。
白いワンピースを来ているのもあり清楚な印象を受ける。歳は15歳だったか? ノエルより5つ程年下だった筈だ。
パッと見はエルフの美少女だ。
問題があるとすればセシルの性別は男になる。なんで女物の服を着てるのだろうかと、言うのは野暮だろう。
さて、何故ノエルの弟が俺と共にいるのか。それについて答えるとしよう。
『赤竜』のドレイクにより教会の法王が殺された事で、大司祭の地位に着くノエルもまた『聖地エデン』に招集された。
その間、パーティーの重要な回復役であるノエルが抜ける事になる。タングマリンで滞在中に魔物や魔族の襲撃があった場合に回復役がいないの不味いという事で、ノエルが一人の神官を俺たちの前に連れてきた。
それがノエルの弟、セシルだ。早い話がノエルが抜けている間の代わりの神官だ。ノエルに負けずと劣らずの才覚で15歳にして『司教』の地位に着いている。なんだこの一族は。
セシルもまた招集を受けてもいい立場ではあるが、ノエルとその父がゴリ押しして俺たちのパーティーに加入した。表向きは勇者パーティーの抜けた穴を防ぐ為の加入だ。
───本当の目的は俺の監視である。既に盗聴という形で俺の動きを把握しているノエルであるが、物理的に距離が離れる事で他の女がこの隙に近付いて来るんじゃないかと心配した。
その結果、監視役に弟が選ばれたという訳だ。同性である事から俺と同じ部屋に泊まる事が出来るので、物理的に行為を阻止しようとしている。
クレマトラスを出るまでの間ずっと相手をしてきたが、それでも安心出来ないらしい。困った婚約者である。俺の場合は既に過ちを犯しているから仕方ない事か。
「一度宿屋に戻ろうか? もしかしたらトラさんも宿屋で待っているかも知れない」
セシルに声をかけてから宿屋に向かおうとする時、義兄さん!と声をかけられた。振り向くと、少し顔を赤らめて俺の服の袖を掴んでいた。
「手を繋いでください」
顔を赤くしながら俺の手を握るセシル。この子は男なんだよな。見目麗しいのもあって変な気分になる。セシルは男、将来の義弟と心で呟いて平常心を心掛ける。なんというか業の深い種族である。
クレマトラスを出てからタングマリンに着くまでの道中はピッタリとくっ付いていた。監視のためだと思うが流石に近過ぎると思った。
タングマリンに着いてから3日程はゆっくり休息を取っていたのだが、その間ずっとセシルは横にいた。監視役を頼まれた事で近くに控えていたようだ。
そうなると必然的に会話する機会は増える。ノエルと接した時間が長いので多少の罵声や暴言はなんのその。選民思想の強いエルフにも慣れていたので、普通に接していたら気付いたら懐かれていた。
セシルが離れている間にデュランダルに聞いたら、エルフはチョロい種族だから仕方ないと。
───選民思想が強く他種族を見下す傾向にあるエルフは言い方は悪いが非常に嫌われている。外交上のやり取りがあるため最低限の繋がりはあるが、個人としては好ましく思っている者は少ないらしい。
それが他種族だけに向けられるなら良いのだが、同じエルフに対しても行うからこの種族は救えない。優越感に浸りたいのだろうか?
そんな訳で家族以外から優しくされる事に慣れていないエルフは優しくされるとあっさり心を開く。チョロい種族ですよねーとデュランダルが笑っていた。
ただプライドが高い事は変わらないが、一度心を許すとその者に対して執着する傾向がある。その話を聞いて幼い頃に助けたノエルの顔が浮かんだ。あぁ…そういう事ね、と。
心を許した者の一番になりたがるらしい。
エルフの心を弄んで刺された人間は多いので気を付けた方がいいですよと、注意された。
タケシさんを刺したのもエルフの王女だったな。ノエルも一度爆発しかけていた。気を付けよう。本当に気を付けよう。
「行こうか」
「はい」
えへへと笑うセシルを見ると本当に男なんだろうかと疑問に思ってしまう。
これは浮気とかにならないだろうか? 相手は男だし、ノエルの弟だ。大丈夫だよな?不安になってきた。
「セシル、1つ聞きたいんだがいいか?」
「いいですよ義兄さん」
セシルの手を引きながら宿屋へ向かう途中で、念の為確認しておいた方がいいかと思い聞く事にした。
「すまない、セシルは男であってるよな?」
「男ですよ。どうしたんです?急に」
「いや、セシルは見目麗しいからな。女の子かと思ってしまった」
「僕可愛いですか?」
「そうだな、可愛いと思うが…」
帯刀するデュランダルがカタカタ震えている。何かを伝えようとしている? 怒っているような感じだが…。
「義兄さん!義兄さんもカッコイイですよ!」
「そうか?ありがとう」
デュランダルがカタカタカタと荒ぶっている気がする。もしかして俺、不味い事をしたか? 何か地雷的な物を踏んだとか?
不安になりセシルを見るとえへへへと、嬉しそうに笑っている。大丈夫そうだ。
とりあえず宿屋に向かおう。
───そういえば俺、これから暫くセシルと同じ部屋で寝るんだよな。変な気を起こさないように気を付けよう。
カタカタとまだデュランダルが震えていた。
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