Episode2 デュランダルの秘密

 私の今代のマスターであるカイルが険しい表情で手紙を見つめている。

 前のマスターであるタケシが残した手紙だ。あの時の内容と相違がないのであれば、手紙それは反逆の為の布石となる筈だ。頼むから気付いてくれ。お前の信じるミラベルそれが偽りの姿である事に。




 ───私もまたカイルと同じ転生者であった。仕事仲間との飲み会の帰りだったか? 程よく酔って気分がいい夜だったと思う。少し覚束無い足取りで帰路についてる途中、私は猛スピードで突っ込んできたトラックと家の塀に挟まれて即死した。30歳になる2ヶ月前の事だったな。


 気付いたら辺り一面何も無い空間に私はいた。雲で作ったようなフワフワとした不自然な床以外何もない空間だ。バカな私でも此処が死後の世界であると気付いたよ。死ぬ前の光景を鮮明に覚えていたのもあるだろう。

 あの女と初めて出会ったのは死後の世界そこだった。初対面の時から印象は良くなかったな。その女はミラベルと名乗り、死後の魂を管理する神だと言った


「先に謝っておくわね。ごめんなさい。貴女は本来死ぬ予定じゃなかったのよ。私がちょっとミスしちゃって」


 申し訳なさそうに笑うその女の首をキュッと締めてやりたかった。この女のミスでは私は死んだのか? まだやりたい事が沢山あった。親孝行もしっかり出来ていなかった。孫はまだか孫はまだかと煩い親ではあったが私にとっては大事な親で、もう少しでいい報告ができるかなと思っていた矢先だ。


「死んじゃったものは仕方ないわよね。貴女の次の世界は少しでも良くするから許してちょうだい」


 こんな悪びれもなく笑う女のせいで死んだのか?

 死んだ事に納得がいかないし、この女の存在を認められない自分がいた。感情のままに動こうにも体は石のように固まっていて動かない。まるで自分の体ではないようだった。


「今の貴女は魂だけの存在だから、生前のようには動けないわ。出来れば死んだ事に納得して次の世界に行って欲しいのよね。貴女が死んだという事をなかった事には出来ないから」


 あぁ認めよう。私は死んだ。お前という理不尽な存在のミスによって。この女はどこまでも事務的に次の世界へと案内する。


「死んだ後はそのまま次の世界へ案内するんだけど、私のミスで死んじゃったし…そうね特典を付けてあげるわ」


 いらないと拒否する為の口がなかった。


「と言ってもTheチートみたいな能力は与えられないから。そうね!貴女には才能を与えるわ。それこそ物語の主役を張れるくらいの」


 もう少し私の頭が良かったならこの時点で気付いたかも知れないな。この女にとって私の生きる人生が物語でしかない事に。


「それじゃあ、行ってらっしゃい」


 覚えていろ。私はお前は許さない。これがどこまで相容れないミラベルとの出会いだ。





 ───理不尽に、そして唐突に始まった私の第2の人生は最初から最悪と言っていいものだった。空想の中のような世界だった。エルフや獣人、ドワーフといった生前の世界で見た事がない種族がいた。人間という馴染みのあるものもいたが今世においてその存在は私を抑圧する存在だった。


 私は生まれた時から奴隷だった。人間が飼っている奴隷同士の間に望まれずに生まれたのが私だ。動物の繁殖をするように奴隷を増やそうとした人間によって、産まれたらしい。

 私は魔族と呼ばれる種族として産まれた。成長するにつれ常識を覚えて知識として分かった事であったが、魔族は人間やエルフの奴隷として虐げられる種族だ。

 角や翼、尻尾など人とは違う見た目をしているから奴隷として虐げられているのかと最初は思ったがどうやら違うようだ。

 この世界には魔法と呼ばれる力が存在するらしい。フィクションでしか聞いた事がない言葉だがこの世界には確かに存在する力だ。


 実際にこの目で見た時に、あぁなるほどと理解してしまった。前世における銃器が子供の玩具に見えてしまう程のバカげた力だ。この世界は確かに私の生きてきた世界とは違う。

 魔族が虐げられる理由は実に単純だった。私たちの種族だけが魔法を使えないのだ。


 他の種族はみな当たり前のように魔法を使う。特にエルフや人間といった種族は魔法の研究に力を入れている種族だ。他の種族に比べて魔法の知識や魔法の扱い方が上手く2強とも呼べる勢力を誇っていた。

 魔法を使えない魔族私達は原始的に戦うしかない。対して魔法を持つ種族は近代的な戦いをする。例えとしてあげるなら私達が竹槍片手に突っ込んでも相手は銃器を使って応戦してくる。当然だが勝てる訳がない。

 魔法を持たない種族というものはそれだけ制圧する事が簡単だった。

 大きくなるにつれその現実を理解し、どこか諦めに近い感情を持っていただろう。


 1つの転機が訪れたのは私が12歳の時だ。私を所有する人間が賢者と呼ばれる男に奴隷として売り渡した。

 名前はなんと言ったか? 遠い昔のせいでもう覚えていない。とにかく賢者と呼ばれる男の奴隷となった。この男は魔法研究にしか興味がない人物だった。家庭を持ってはいたが、ほったらかしにして一日中部屋に篭って魔法の研究をしていた。

 私が奴隷として買われたのはこの男の身の回りの世話をする為だ。放っておくと食事も取らず睡眠すら取らずひたすら研究を続ける。

 いずれ体を壊して研究すら出来ない状態になるだろう。その事を懸念して身の回りを世話する奴隷を買った。


 賢者と呼ばれる男の奴隷になったのは私にとっても好都合だった。

 私達の種族がエルフや人間に虐げられ抑圧される立場にいるのは魔法が使えないからだ。魔法を使う事が出来れば今の立場を変える事が出来るだろうと考えた。

 前の主人の所では魔法についての知識を得る機会がなかった。あのまま前の主人の元でいれば何も得ること出来ないまま一生を遂げていただろう。

 部屋に篭ってひたすら研究をしている男の目を盗んで魔法について調べるのはさほど難しいものではなかった。どうすれば魔法が使えるか、魔法とはどのようなものか賢者が所持していた書物から読み解く事が出来た。

 これで私も魔法が使える事が出来ると希望を持ったものだ。今思えば愚かしい行為だ。


 魔力量は問題なかった筈だ。知識が足りていなかったのか? 属性適正が正しくないのか? 使える魔法を間違えているのか? 魔力の扱い方が違うのか?

 書物から知識を得て、バレないように魔法を試す日々。だが、どれだけ書物から得た知識を持って魔法を使おうとしても使えない。その度に何が原因で使えないか考える日々を繰り返していた。4年が経過し、私が16歳の時に書物を漁っている所を賢者に目撃された。


 奴隷が魔法の知識を得ようとしている事を主人は許さないだろう。罰を受ける事も覚悟したが、賢者が望んだのは私との会話だった。

 賢者は研究で行き詰まっていた。どれだけ考えても答えが出ず蟻地獄にハマったように抜け出せずにいた。奴隷に聞くほどだ。よっぽど困っていたのだろう。

 私にとっても賢者との会話は有益なものだった。書物から得る知識だけでは限界がある。賢者との会話から私が知らなかった魔法についての知識を得てはこっそりと試す日々が続いた。

 だがどれだけ知識を得ても、どれほど試行を繰り返しても魔法は使えなかった。

 ───魔族は魔法が使えない。最初から分かりきっていた現実に直面した。


 私との会話を重宝したのか奴隷として立場ではあったがある程度の自由が許された。

 賢者の奴隷として4年かけて手に入れた知識と、試行の経験で得たのは奴隷として少しの自由。それだけだった。


 それから更に2年経った18歳の時にその女は唐突に現れた。年数にすれば18年振りに見るその女の顔を見ただけで殺意が湧いた。『次の世界を少しでも良くするから許してちょうだい』、等と宣っていたな。これのどこが良い世界だ。

 奴隷として過ごす日々が私にとってどれだけ苦痛だったか。思いの丈をぶつけるようにミラベルに文句を言った。

 ミラベルは悲しそうな顔で私の言葉を受け止めるだけだったな。


 『こんな事になるなんて思ってなかった。私のミスで転生させたのにこんな形になってごめんなさい。罪滅ぼしになるか分からないけど貴女が求めているものをあげる』


 長々とした言い訳だったか。まるで心の篭っていない謝罪だったと思う。私の心には微塵も響かなかった。

 それでも利用出来るものは利用する。そうしなければ私の現状は変えられない。ミラベルに問いかけた。何故私たち魔族が魔法を使えないのか。この先もずっと使う事が出来ないのかと。

 ミラベルの返答で得た魔法についての答えは、どこまでも理不尽なものだった。魔族が魔法を使えないのは神が教えなかったから。

 魔族が魔法を使えないのは属性適正が間違えているから。その属性を誰も教えず知る機会を与えなかった。

 通りでどれだけ知識を得て試行しても使えない筈だ。最初から魔族に魔法を使わせる気がなかったのだろう。ミラベルに魔法の扱い方を教わっても興奮はまるでなかった。むしろ心が冷えていくのを感じた。


 せめてこれからの貴女の人生がより良くなるようにと、私に能力を与えてきた。

 ───『蓄積』と『解放』。能力としては単純なものだ。私の持つ魔力を別の空間に貯めて置くことで必要な時に引き出す事が出来るというもの。解放はもっと単純だ。魔力をただ圧縮して放つだけ。それだけでも魔法と変わらない威力はあるが。

 あえて言わせて貰うなら、何故今になって渡したという思いがある。言った所で仕方ない事ではあったが


 ミラベルから教わった魔法の扱い方を試すとあっさりと魔法は使えた。魔族が魔法を使えない理由はあまりに単純なものだった。

 これで魔法が使える事は判明した。だがそのあと問題となったのが魔法の共有方法だ。奴隷として立場がある以上魔族と接する機会は限られる。同じ屋敷の奴隷同士なら共有するのは難しくない。だが、他の魔族にはどうしたらいい? 答えは浮かばなかった。無為に半年が過ぎた頃、その男は私の前に現れた。


 運命の出会いがこの世にあるとするならばこの男との出会いこそが運命であっただろう。

 その男は賢者の家族が新しく買い入れた奴隷だった。私と同じような境遇で産まれた為かその男には名前はなく、12号と呼ばれていた。

 同じ賢者の屋敷の奴隷として接するうちにこの男が私と同じ転生者ではないかという疑いを持つようになった。度々夢に現れるミラベルに確認すれば私と同じように転生した者である事が判明した。


 同じ境遇である事、現状に対する大きな不満と互いに同じ思いを抱えていた事もあり私達が親しくなるのは早かった。12号はミラベルから魔法の使い方を教わってなかった。使えないものと諦めていた為聞いていなかったらしい。

 私から教わった知識で魔法が使えた事に驚き興奮していたな。そして私もまた12号に相談した。魔法の知識の共有方法をどうしたらいいかと。


 それもまた12号のお陰で解決した。私が『蓄積』と『解放』の能力をミラベルから渡されたように12号もまたある能力を渡されていた。

 ───『テレパス』あるいは『念話』。あくまでも12号からの一方通行であるが、心の中の思いを他人に伝える事が出来るらしい。実際にその能力を体験してびっくりしたものだ。そして確信した。この能力があれば人間やエルフにバレずに共有出来ると。

 この能力の凄い所は大陸全土が範囲という事だ。デメリットは同じ種族にしか使えないというものだが、それは今においてはデメリットにはならない。遠い距離は疲れるとは言っていたな。微妙に魔力を使うから万能という訳ではないが、私達が真に求めていた能力だ。

 あの女が渡してきた以上、こうなる事が分かっていたのだろう。本当に気に食わない。


 12号が魔族の仲間に魔法の知識を共有している間に私も『蓄積』の能力を使用していた。蓄積を使うと多少疲れはするが、魔力が切れても貯めていた魔力引き出す事が出来るメリットは大きい。私達が立ち上がるその時までひたすら蓄積しておこう。貯めておいた魔力は必ず役に立つ。

 私たちにとって幸運と言えるのは種族全体が今の状況を理解していた事だ。魔法の万能感に溺れ、1人で行動する愚者がいなかったのは最大の幸運と言える。

 長い奴隷生活で私達の立場を嫌という程分かっていた為だ。時間はかかるが種族全体に魔法知識が渡った時、その時こそが私達が立ち上がる時だ。

 12号の負担がデカイ。彼が『テレパス』を使っている分、奴隷としての仕事は私が請け負うつもりだ。



 それから5年後、私が23歳の時だ。種族のおよそ半分に情報の共有が終わったと12号が言っていたな。時間はかかっているがここまでバレること無く順調に進んでいた。

 だが、その頃になると1つ困った事が起きた。賢者の息子が私に対して奴隷としての性的奉仕を要求してきた。女である事と自分の容姿が優れているのを自覚していた為、いずれこうなる事は分かっていた。

 賢者の奴隷として10年近く過ごしていて今までそういった事がなかったのは、賢者が魔法の研究にしか興味がなかった事と私が賢者のお気に入りだった事だろう。

 だが、その賢者は半年前に病で倒れベッドから起き上がれなくなっている。その頃から次期当主として振舞っているのが賢者の息子だ。

 名前は確かテスラといったか。

 賢者の息子と思えないくらい俗物的な男だった。


 12号は抵抗すればいいと言っていたな。魔法があるから難しくないだろうと。だが、ここで私が魔法を使えば今まで魔族が耐えてきた5年間が無駄になる。魔法を使わず知識の共有だけに留めているのは種族全体にバレずに広める為だ。

 人間やエルフにバレれば必ず排除しようと動くだろう。それではダメだ。私が耐えれば済む話だった。

 その事を12号に言えば苦虫を噛み潰したような表情をしていたな。この男は情が深い所がある。

 問題ない。この程度の屈辱は耐えてやる。だが必ずこの報いは受けさせる。家畜のように惨たらしく殺してやる。


 それから更に1年、私の想定と違ったのはテスラが私に対して執着を見せたことだ。体を求めるだけで飽き足らず私に妻になれと要求してきた。奴隷を妻にするなどバカげた話だ。周りに反対されるのは目に見えているだろうに。性欲を愛と勘違いでもしたのか? どこまでも賢者の息子とは思えなかった。

 奴隷の立場ではあるが、テスラの要求は拒否した。その代わり体を求めるなら好きにすればいいと。余計に執着された気がするな。


 更に1年私が25歳の時だ。どこかで飽きると思っていたがテスラは執拗に私を求めた。数が増えれば当然そうなるリスクが高いのは理解していた。不本意な話ではあるが、私はテスラとの間に子を儲けた。12号の顔が引き攣っていたな。私も恐らく同じような顔をしていただろう。喜んでいたのはテスラだけだ。

 12号が言うように抵抗しておけば良かったと思った。既に過ぎた事だ。鬱陶しいのはテスラだ。私のお腹に子供がいる事が分かると何度拒否しても私に求婚してくるようになった。あまりに執拗いのと、12号とのやり取りにも支障が出始めたので不本意ではあるが受け入れた。

 拳を高くあげて喜ぶテスラをぶち殺してやりたいと強く思った。

 妻になる事を認めたがそこに愛情などはない。私の胸の中にあるのは魔族の事だけだ。知識の共有は7割程完了している。今のペースでいけば3年後には魔族全体で魔法の知識を共有している事になる。立ち上がるとすればその時だ。

 その時になって私はテスラと、その間に産まれた子供をどうするだろうか? 情などない。ならばその先は分かりきった事だ。


 3年後、私が28歳の時に12号によって魔族全体に知識の共有が行き渡った。この10年間魔族はひたすら耐え続けた。10年の中で人間やエルフのせいで惨たらしく死んだ魔族もいた。魔法を知っていても種族の為に我慢して使わなかった。その者達の思いに報いる為にも私達は立ち上がらないといけない。全ての準備が整った。後は立ち上がるだけだ。


「本当にやるのかい? 君には幸せな未来だってある」

「種族を見殺しにした幸せの先に私の未来はない。止めるな12号。その為に準備してきたのだろう?」

「もう止まれないんだね」

「2度も言うな。行くぞ、反逆の時だ」


 12号のテレパスによって一斉に動き出すタイミングは決まっている。私達が1番最初に動く事も。もう私たちは止まることは出来ない。


 また1つ想定外の出来事が起きた。私は少し特殊ではあるが奴隷としての主人であるテスラの家族や、そこに仕える使用人を皆殺しにして他と同様にテスラを殺そうとした。

 昔からこの男は頭が可笑しいと思っていたが、狂っているという表現の方が正しい気がした。


「俺も連れていってくれ。君のいる場所が俺の居場所だ。人間としての立場も思いも全て捨てていい。君と息子の為に生きたいんだ」


 心には響かなかった。予定通り殺すつもりだった。12号と、息子のアデルが止めたから殺す事が出来なかった。情があった訳ではない。ただの気まぐれだろう。


 ───その日、世界各地で魔族による反逆が起きた。



 魔族による突然の反逆に人間やエルフは混乱に陥ったが、次第に事態を把握すると二大勢力として魔族の制圧に動き出した。

 それに合わせるように世界各地で暴れていた魔族が私の元へと集結し始めた。

 魔法の知識を最初に手にしたのは私ではあるが、知識の共有をしたのは12号だ。彼の元に集まるのなら納得出来たが何故私の元に集まったのかが理解出来なかった。


「君にはカリスマがある。僕たち魔族を統べる王としてのカリスマが」


 12号が言っている事は理解は出来ても納得は出来なかった。カリスマなどある訳がない。前世ではただの事務の女だった。魔族になった後は特別な事は何もしていない。


「無自覚ならそれでいいさ。僕たちは君について行くよ。導いてくれ僕たちの王よ」


 不本意ではあるが、私が種族を率いる立場になったらしい。どちらにせよ私がやる事は変わらない。魔族の為に戦うだけだ。



 ───3年の月日が経過した。元々の戦力差もあり徐々にだが、人間やエルフに押され始めている。獣人やドワーフの支援がある為、まだ戦えてはいるが少しずつこちらの被害が増えてきている。

 どこかで戦略的な勝利をあげる必要があるな。ドレイクと呼ばれる竜人の男も合流した。こちらの戦力も増えてはいる。後は作戦次第だろう。

 竜人と呼ばれる種族は私が産まれる前に人間とエルフに滅ぼされたらしい。数少ない生き残りがドレイクだ。初対面から変わった奴だったな。『我が君の為に俺は闘いましょう!』だったか? テスラが凄い顔をしていたな。掴みかかろうとしていたが、お前では天地がひっくり返っても勝てないのだから大人しくしていろ。


 私たちが人間やエルフと戦えているのはドワーフと獣人の支援があるからだ。国や魔族としての領地を持たない私たちではいずれ、限界がくる。そんな私たちを秘密裏に支援するのが彼らだ。

 完全な善意からでは無い。私たちと彼らの関係はどこまでも打算的な関係だ。彼らもまた人間とエルフの勢力を恐れている。

 いずれは魔族私達のように抑圧される立場になるんじゃないかと。彼らが望んでいるのは人間とエルフの勢力が縮小する事だ。その時に彼らもまた大きくなるつもりでいる。

 今は友好関係だが、邪魔になれば平気で敵対してくるだろう。油断出来ない支援者だ。


 ちょうどこの頃に12号が改名したな。魔族の中でも特に強大な力を持つ者として四天王の1人に数えられるようになった。何時までも12号では格好がつかないと。どんな名前にするかと思えば前世の名を名乗るようだ。

 小林龍次郎こばやしりゅうじろう。四天王コバヤシか。随分と浮いているな。


「どういう異名でいこうか悩んでいるんだ」

「異名?」

「ドレイクなら『赤竜』、バージェスは『豪鬼』。異名があるだけで相手に与える威圧感が変わると思うんだ」

「そこまで大きく影響はしないと思うがな。で、何と悩んでいるんだ?」

「『教頭』か『校長』どっちがいいと思う?」

「『校長』にしておけ」


 どちらでも構わないが教頭の方が格下感がある。この二択なら校長だろう。

 どうしてその二択になったか聞いたらコバヤシは前世で教頭の立場だったらしい。校長になる為に頑張っていたと。この世界での功績を考えれば校長を名乗っても問題ないだろう。私に言わせればもっと別の異名の方がいい気はするがな。



 私達が反逆してから15年が経過した。私もこの世界で43歳を迎える。前世の年齢は優に超えてしまった。魔族としての寿命はエルフと変わらないとミラベルが言っていたな。

 少なくても1000年単位で生きるだろうと。その所為か私は老けていない。15年前と全く一緒だ。テスラは人間である為老いに勝てず、見事に中年のオッサンになっている。息子のアデルが18歳になったのだから当然と言えば当然だ。


 人間やエルフとの闘いは徐々に私達が優勢になってきている。最初こそは戦力差もあり押され気味であったが闇属性の魔法の研究が進み、人に擬態する魔法や対軍勢用の魔法『魔力の弾丸マジック・バレット』が開発されたのが大きい。

 ただ懸念材料もある。人間の国に勇者と呼ばれる存在が現れた。神が創ったとされる聖剣の担い手で、勇者の手によって多くの魔族が討ち取られている。勇者と戦ったベリエルとクロヴィカスが報告に来ていたな。あの者を放置していると不味いと。

 コバヤシもその事を強く言ってきた。彼の場合は娘を勇者に殺されたのが大きいだろう。人間との間に出来たハーフの娘でシルヴィという名前だった筈だ。四天王であるコバヤシとの繋がりを絶つためにシルヴィ・エンパイアと名乗っていた。

 コバヤシの慟哭は見ていられなかったな。娘の死を受け入れられずコバヤシはミラベルに懇願したらしい。一生に一度しか使えないが、死者を蘇生する能力を貰ったようだ。

 だが結果はコバヤシの思う通りにはいかなった。蘇りはしたがコバヤシの娘の魂は既に別の世界へと旅立っていった。その為、体を動かそうと別の人格が生まれた。アンデットの上位種と同じような生まれ方をしていたな。

 ミラベルは死後の魂を管理していた筈だ。コバヤシの娘が既に旅立った事も理解していた。その上であの能力を渡してきたのだとすれば、あの女とはやはりどこまでも相容れないだろう。





 ───テスラが亡くなった。最後までバカな男だった。大した力もない癖に戦場に付いてきて、私を庇って死んだ。

 悲しみはない。なんだ死んだのかと。ようやくうるさいヤツが消えたとも思った。


「無理はしない方がいいよ」

「無理などしていないさ」


 テスラが死んで悲しいという思い等湧く筈がない。あの男との始まりは性的奉仕からだ。奴隷と主人の関係でしかない。

 賢者の息子とは思えないようなヤツだった。毎日毎日うるさいヤツだった。魔王となった後もやたらと私を気遣っていたな。不要だと突き返してもそれは変わらなかった。


「今は僕以外誰もいないよ。僕は君を見ていない」

「不要だぞ。私が泣くと思うか?」

「泣かない事が強さの証じゃないよ。泣いてもいいんだ。感情のままに泣けばいい。そうしないと人は前には進めない」

「コバヤシ、暫く1人にくれ」

「無理はしないでね」


 愚かな男だったよ。私なんかと結婚しなければこんな事にはならなかった。本当にバカなヤツだ…。








 ───テスラの死から5年、私の体はエルフの毒に蝕まれていた。正攻法で私に勝てないとみたようだ。いつ毒を盛られたのかは分からない。戦闘の時ではないだろう。だとすれば食事だろうな。警戒はしていたつもりだが、甘かったか。

 体が衰弱していくのが分かる。体を巡る魔力が枯れているようだ。私ももう長くはないな。

 死期を悟った頃にあの女ミラベルがまた私の前に現れた。


「あら死にそうね大丈夫?」


 いつもと同じ夢の中。相変わらず気に食わない顔だ。こちらの心配をしているようで言葉はどこかバカにしたような響きがあった。


「貴方には感謝しているのよ。いい実験が出来たから。世界にちょっとした異物を放り込むだけでこんなに騒がしくなるのね!

毎日眺めてるだけで退屈だったけど、いい暇つぶしになったわ」


 この体が自由に動くのなら今すぐにこの女を殺してやりたいところだ。生きてきた事を後悔するぐらい惨たらしく始末してやる。それが出来ない今の体が憎たらしい。


「貴女が死んだ後はどうなるのかしらね。 魔王の跡は息子が継ぐのかしら?それなら魔王討伐の為に送り込むのも楽しそうね!」

 

 何もかもこの女の思いのままだ。さじ加減1つで私達の一生は左右される。私と戦った勇者も同じ転生者だろう。苦労という言葉を知らないまま育ったようなヤツだった。会った時から気に食わなかった。ミラベルから貰ったであろう能力を誇示していたな。

 この体がエルフの毒に蝕まれる前で良かったと思う。蓄積で貯めた魔力を駆使して跡形も残らず消し飛ばす事が出来たのだから。この能力もまたミラベルに与えられたものだ。結局はあの女の掌の上か。


「もう会うことはないと思うわ。あ!楽しませてくれたお礼に教えてあげるわ。貴女の来世はメス犬よ。奴隷からペットなら昇格かしら?良い犬生を送れるかもね。さようなら」


 耳障りな笑い声だった。酷く不愉快な別れだ。この女からすれば私の一生など物語のワンシーンのようなものなのだろう。私がもがいて足掻いたあの一生はこの女の娯楽に過ぎない。…………ふざけるな。


 ───夢は醒める。毒によって衰弱している筈の体に気力が戻るのを感じる。このままあの女の思い通りに死んでやるのは面白くない。

 一矢報いてやる。その思いで私の体は動いていた。


 戦友であるコバヤシとドワーフの魔法使いであるマクスウェルの協力を得て私の魂を剣に移す事になった。

 生物に移す事が理想であったが、私が長年愛用した剣が1番魂の定着が安定するようだ。

 今の私の体から魂を抜いて剣へと移す。研究はされていたが実際に試すのは初めてだという。剣に魂を移しても自我は目覚めないかもしれない。魂を抜いた瞬間に消えてしまうかもしれ知れないと。様々な不安要素をあげてきたが、この体は既に死を待つだけのものだ。

 リスクなどないに等しい。あの女に一矢報いてやれるなら構わないさ。


「コバヤシ」

「なんだい」

「一つだけ頼みがある」

「僕に出来る事なら任せてくれ」

「アデルを頼む」

「分かった。僕が守るよ」


 死に行く前の唯一の心残りが、私とテスラの息子であるアデルだった。

 私が始めた反逆に巻き込んでしまった。共に戦場に立った事も1度や2度ではない。私が始めたものを息子に引き継がせてしまう、それだけが私の心残りだ。

 願うならば息子の未来に幸があることを。


「さよなら、我らが王よ」


 私の意識はそこでブラックアウトした。






 ───私が魔剣デュランダルとして目覚めたのは、この刀身からだ戦友コバヤシの血を吸った時だったか。

 長い時間眠りについていた気がする。不意に明るくなり目が覚めた時に私が聞いたのは戦友コバヤシの苦痛に満ちた声。

 意識がハッキリとした時に遅れて認識したのは、私の刀身からだがコバヤシの心臓を貫く感触だった。


 声を上げなかった自分を褒めてやりたい。感情が濁流のように込み上げてきたが、あと一歩の所で踏みとどまった。今の私はただの剣でしかない。体はなく、喋る事は出来ても私の意思で動く事は出来ない。

 私の持ち主次第でどうとでもなってしまう。それでも叫びたい程の感情が込み上げてくる。胸が締め付けられるような思いだ。


 コバヤシの体から力が抜けていくのが分かる。不意に彼の心の声が聞こえた。

 ───『テレパス』だ。この場の魔族は私だけ。剣に魂を移した後も魔族として扱われるようだ。彼の言葉は謝罪だった。『守れなかった。ごめん』と。

 その言葉で察してしまった。私の息子アデルもまた亡くなったようだ。死の間際の会話だっただろう。一瞬のように短い時間だったかも知らない。それでも彼との思い出を語り合った。コバヤシからの一方通行であったが、私の心の声も届いているような気がした。

 最後に言っていたな。『思いを伝える事は出来なかったけど、ずっと好きだった』と。

 どうして私の周りにいる男はバカなヤツばかりなのだろうか。どうして私の心に傷を残して死んでいく。


 既に死んでいるコバヤシにトドメをさすように私の持ち主が剣を横に振った。どこか満ち足りた表情のコバヤシの首が宙を舞った。




 心は殺した。ただの魔族だった時も私は種族の為だけに動いてきた。そこに私の感情はない。何もかもミラベルの掌の上の一生はごめんだった。私が生きてきた全てを否定された気がした。だからこそ、このに魂を移した。

 あの女に一矢報いる。その為には協力者が必要だ。コバヤシは亡くなってしまった。ドワーフの魔法使いは使いものにならない。あの男は魔法の探求にしか興味がない。

 ミラベルあの女は私たちが起こした反逆を、世界に巻き起こした影響を楽しんでいた。ならばまた同じように転生者を送ってくるだろう。

 ミラベルと関わりのある転生者を味方につけよう。あの女を殺す事は出来るだろうか? 無理かも知れないな。それでも何もせず朽ちていくのはごめんだ。


 都合がいい事に私の使い手となった男は転生者であった。1人っきりのタイミングで話しかければ随分と驚いていたな。時間をかけてその男と親しくなり、転生者である事を知りまた時間をかけてミラベルの事を聞き出した。

 この男もまたミラベルが関与した転生者で、手違いで死んだ後ちょっとした才能を与えられてこの世界に産まれたらしい。

 13歳の頃に悲劇がおき、思っていた異世界生活とは違うとミラベルに文句を言ったそうだ。その後は私の時と同じだ。罪滅ぼしのように新たな能力を与えられ、それまでの放任が嘘だったかのように献身的に支えてくれたそうだ。

 言葉の節々にミラベルへの信頼が垣間見えた。この男はダメだな。ミラベルに対する信頼が高すぎる。ミラベルと宿敵である魔王わたしの言葉ではどうしてもミラベルの方に思いは傾く。

 ミラベルの本性を言った所で信じないだろう。この男は死の間際になって漸く気付くだろうな。

 私の想定通りに男は壮絶な死を遂げた。信頼する仲間に裏切られ、手足を縛られて動けなくされた上で魔物に臓物を食い破られて死亡した。

 

 ───何百年という年月の中で様々な使い手の元に私は渡った。転生者もいれば全く関係ない現地の者もいた。現地の者はダメだな。ミラベルと関わりがなさすぎる。言ったところで自分とはまるで関係ない話だ。興味を持つ者はいなかった。

 転生者に協力を頼みたいところだが、どいつもこいつもミラベルへの信頼が見えた。最初から能力を与えられた者もいれば後から与えられた者もいる。

 全員に共通する事は才能と一緒に死なない程度の加護を与えられ、最初の数年から数十年は放置されている事だ。何かしらの出来事があった後に現れ、それ以降は献身的にその心身を支えているようだ。あまりにも美しい美貌とそれに反して気さくな性格に心を許してしまっている。

 何人かの転生者を見てきたが穏やかな死を迎えた者は1人もいない。全員が全員、壮絶な死を遂げている。

 ミラベルは私たちの一生を物語のように眺めている。あの女からすれば穏やかで変化のない人生など望んでいないのだろう。

 その事に気付かなければ待ち受けているのは定められた絶望だ。



 ───タケシと出逢えたのは私にとっての幸運と言えるだろう。これまで色んな転生者と会ってきたがタケシは特に変わった男だ。私がタケシの手に渡り初めて話しかけた時だったか。驚いてはいたが喜びの方が強かったのか小躍りしていた。なんだコイツと思った程だ。


「おほぅ!剣が喋ったでござるな。これはデカいでござるよ!語尾と一人称だけではキャラ付けが薄いのではないかと考えていた所でござった!

喋る魔剣が相棒というのは如何にも主人公らしいでござる」


 正直何を言っているか理解出来なかった。転生者である事は分かったが頭が可笑しいんじゃないかと正気を疑った程だ。タケシ曰く、


「異世界に転生したはいいでござるがチート能力を与えて貰ってないので無双出来ないでござるよ。

これでは星の数ほどいる主人公に埋もれてしまうと思いキャラ付けに悩んでいたでござる。

デュランダル殿のお陰で某は立派な主人公になれそうでござるよ」


 バカじゃないのかと思った。第一印象だけで言えば今まで出会った転生者の中で最悪だった。

 だが共に過ごしていくうちに考えは変わっていった。言動は可笑しな所は多いが1本筋が通った男だった。譲れない信条がこの男にはあったようだ。見た目とは違う固い意思があった。体は無駄な肉が付いていたがな。


 タケシとの会話の中でこの男が他の転生者ほどミラベルを信頼していない事に気付いた。ミラベルに感謝はしているようだが、妄信的な信頼を向けてはいなかった。理由を聞いたが、イマイチ納得出来るものはではなかった。


「ミラベル殿でござるか? 感謝はしているでござるがあの駄女神さまの言うことを全て信じるのはダメな気がするでござるよ。

なんというか、ドジっ娘臭というかなんかやらかしそうでござるよ」


 それでも私にとって初めて協力者になり得る存在だった。タケシと親しくなったタイミングで私の事を打ち明けた。魔王である事、転生者である事を打ち明けた時は随分と驚いた顔をしていた。


「相棒にまさかの過去が!宿敵である魔王を宿した剣を手に戦う。主人公っぽいでござるな」


 大事な話をしているから真面目に聞いて欲しかった。ぶん殴ってやりたい所だ。それでも私の話を信じて聞いてくれたのはタケシの人柄だろう。ミラベルの本性を伝えた時もこちらの話を疑うような事はしなかった。


「なるほど、あの駄女神さまは真の黒幕タイプでござったか。デュランダル殿を疑うつもりはないが、某の手で調べても良いでござるか?」


 タケシ自らが過去の転生者について調べ、彼らがどのように生きどのように死んだかを理解した。ミラベルと関わった転生者はみな壮絶な人生を送っている。調べれば嫌という程証拠は出てくる。

 調べた結果に納得したタケシは私に協力してくれると言った。共にミラベルに一矢報いてやろうと。


「某は壮絶な死はゴメンでござるよ。ラブコメのようなイチャイチャ甘々なエンドを迎えたいでござる」


 言っている事はどこまでも変わった男であったが、長い時の中で漸く協力者を得る事が出来た。

 だが、1つ懸念材料があった。転生者はみなミラベルがその物語人生見てを楽しむ為に何かしらの加護のろいが与えられている。ただ生きているだけのありふれた日常を描いた人生をあの女は求めていない。

 私を最初に手にした男の加護のろいは『妄信的な信頼』だろう。ミラベルへの信頼もそうだ。仲間に対しても異常なほど信頼を向けていた。不審な行動をする仲間を気にするように言っても変わらなかった。

 結果は仲間に裏切られて死んだ。

 転生者の殆どは加護のろいによって望まぬ人生を歩まされている。


 タケシの場合は『女性の頼みを断れない』、そんな所だろう。どう考えても理不尽な頼み事でもタケシは2つ返事している。それを疑問に思ってないのは加護のろいの影響だろう。

 その事を指摘すれば心底驚いた表情をしていた。本人ですら気付いていなかったようだ。


 保険をかけようとタケシが提案してきた。加護のろいがあるのであれば女性であるミラベルの頼みを断る事は出来ない。そうなった時にデュランダルわたしに協力出来ない可能性が高い。だからこそタケシがダメになった時の為に、次の転生者に向けた保険をかけるべきだと。


 魔王である私が語る言葉を転生者は信じない可能性が高い。だから同じ転生者であるタケシがミラベルについての情報を残す。それを見せてミラベルの本性に気付けばいいと。ちょうどタケシと関わっていた四天王のシルヴィも巻き込んで保険をかけることにした。

 寿命のない彼女であればタケシが死んだ後も転生者と関わる可能性が高い。シルヴィは興味なさそうだったのが問題だ。タケシの頼み事だから受けたようだ。それで構わない。

 あくまでも保険だ。

 ───タケシと計画を立てた。

 この世界全土を巻き込んだミラベルへの反逆の為の計画を。


 だが計画を実行を移す前に挫けた。

 私もタケシもあの女の加護のろいを少しばかり甘く見ていた。

 魔王を倒して少し経った頃だ。計画を実行に移す前にタケシにかけられた加護のろいを消すために教会の神を引きずり下ろそうと考えていた。

 そんな時にタケシの幼なじみである魔法使い、クロナ・ルシルフェルがタケシの前に現れた。

 クロナの要件は四天王の居場所を発見したので、気付かれる前にその場所ごと封印したい。その為にデュランダルわたしが必要だから譲って欲しいというものだ。

 タケシは女性の頼み事を断れない。タケシも抵抗はしていたが結局私はクロナの手に渡った。


 予定外もいい所だ。女の嫉妬によって私どころかシルヴィまで封印される羽目になるとは思わなかった。

 せっかく立てた計画もこれで無駄か。タケシが残してくれた保険のお陰でまだ可能性はあるが、この封印が解けるまでは私は動けそうにないな。

 ならばせめて、タケシが壮絶な死を迎えない事を祈るがあの女の事だ。そう簡単には許してくれないだろう。

 


 ───無為に500年を過ごした。

 何者かの手によってシルヴィの封印が解かれたのは分かった。だからと言って私が動ける訳ではない。その時を待つしかない。

 だが、それももう間もなくだろう。封印が解かれたという事は魔族が動き出したのだろう。

 ならばまた現れるだろう。ミラベルが送った転生者が。

 それから間もなく一人の男が私の元を訪れ、台座に刺さっていたを抜いた。


 ───私の新しい使い手はカイル・グラフェムという男だ。暫く様子を見ていたが、この男は私の予想通り転生者のようだ。

 話しかければ随分と驚いていたな。この男も他の転生者の例に漏れずミラベルに対する信頼が垣間見えた。

 今のカイルにミラベルの事を伝えても信じないだろう。それどころ私を疑ってくる可能性が高い。ならば時を待とう。タケシが残した保険が効力を発揮する時を。


 5年の歳月が経ち、シルヴィへ託したタケシの保険がカイルの手に渡った。タケシが纏めた情報は全て私の頭に入っているが、実際にタケシが纏めた情報を見た方がカイルは信じるだろう。

 まだ不信の種が植えられただけだ。直ぐに疑う事はないだろうが、いずれ不信の種は芽吹く。その時に私は打ち明けるべきだろう。


 この男もあの女から加護のろいを受けている。『女難』といった所か。勇者パーティーは何度か見てきたがここまで女ばかりなのは勇者ロイド以来だ。だがあの男は恋人がいたし、パーティーの殆どはタケシに好意を寄せていた。勇者ではない男を中心にパーティーが集まっているのは初めてだな。

 随分と加護のろいが働いているようだ。

 それに面倒な女にばかり好かれている。エルフの小娘に勇者の娘、あの女達からは重たい感情を感じる。エルフは1度爆発したな。2度目が無いことを祈るぞ。

 それにアルカディアの血を引く女だな。あの国の王族は感情のままに動く者が多い。何かしらきっかけがあると危ないだろう。

 獣人の女は私でも読めない。獣の思考だな。何をするか一番分からないのはこの女だが…。

 それでもカイルが一番気をつけるべきは魔法使いの女だな。サーシャ・ルシルフェルだったか。ファミリーネームからクロナあの女の血筋なのは分かる。

 嫉妬深く束縛の強い女だった。サーシャこの女もまたそうなる可能性があるだろう。事を移す前に監禁などされたらたまらない。

 テルマにあるタケシの家に誘導するべきだな。早めにミラベルの本性を気付かせた方がいい。カイルの加護のろいを消す為にも動くべきか。

 面倒な女にばかりに好かれている。加護を消さないと計画を実行する前にこの男が死ぬな。

 

 



 ───事を急げよ我が腹心ドレイク。教会の法王を殺した事でエルフが動揺しているぞ。その揺らぎを見逃すな。

 エルフが守護する世界樹を枯らせ。高みの見物を決め込む神を下界に引きずり下ろす為に。

 500年の時を要したがタケシと立てた計画通りに動こう。


「どうしましたかマスター? 前のマスターの手紙を読んだまま固まっていますが?」

「いや、何でもない。少し考え込んでいただけだ」


 なぁカイルマスター気づいているか? 世界はお前を中心にこれまで以上に大きく動いているぞ。世界は今変わろうとしている。

 だから気付いてくれ、お前の信じるミラベルそれが信用に値しない人智を超えた怪物ばけものでしかないことに。お前の一生はあの女が見る物語のワンシーンか?違うだろ?ならば気付け。立ち上がれ。共にミラベルに立ち向かおう。

 私はお前の為なら世界を壊しても構わない。世界全てを犠牲にしてお前を救おう。

 お前が自分の意思で立ち上がる時に私も共に立ち上がろう。その時は名乗れるといいな。













 ───私が始まりの魔王 ティエラ・デュランダルだと。

 

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