45.乙女心
ドワーフの国と言えばサーシャの出身国である。厳密に言えば王都出身という訳ではないが、魔法使いとして師匠であるマクスウェルに師事してからは王都で生活していたと言っていた。なので王都の案内や魔道具について当初サーシャに任せようと思っていた。
想像通りと言えば相談通り、
ひゃっほーい!って声を上げながら走って行った。それを唖然と見送る俺たちとゴミでも見るような冷めた目で見送るセシルが印象的だった。
と言っても何時も事である。王都の衛兵にオススメの宿屋を聞いて、そこを拠点に滞在する事になった。問題となったのがその後で、王都に来て直ぐ酒場に直行した為か俺たちが泊まっている宿屋をサーシャは知らない。もう3日ほどサーシャに会っていない。
サーシャに王都を案内をして貰おうという目論見が見事に消えた。
酒場を探せばいるのは分かっている。だが、ここはドワーフの国である。この国の特徴は魔道具とお酒。種族全体がお酒好きというのもあって、酒造の方にも力を入れている。魔道具同様に大陸全土にドワーフ産のお酒が出回っている。
そして酒造に力を入れているという事は当然であるがお酒を提供する所も多いのだ。他国に比べて酒場の量が桁違いに多い。
旅人が多く利用する大通りに面するお店も酒場が多い。8割近くが酒場だ。ふざけんな。どれだけお酒が好きな種族なんだ。サーシャを見ていれば納得する自分がいるのが悔しい。そんな訳で、バカみたいに数が多い酒場一軒一軒を回ってサーシャを探すのが面倒になり放置している。
サーシャの出身国だし、実力はハッキリしているので大丈夫だろうと。何か問題を起こさないだろうかという心配だけはある。
さて、何故今更このような話をするかだが。
「いひひひひ!あたしの勝ちぃ!!」
宿までの道中で見知った声を聞いたからである。思わず足を止める。急に立ち止まった俺をセシルが怪訝そうな眼差しで見つめている。
声がした酒場に人混みがある。よく目を凝らすと見慣れた栗毛が視界に入る。
「義兄さん行きましょう!」
俺と同じ場所を見ていたと思うが、セシルは興味無さそうに俺の手を引く。思ったより力が強い。
「いや、あそこにサーシャがいると思うんだ」
「あんな飲んだくれは放っておいていいと思います」
セシルの目が据わっている。言動からサーシャに対していい感情を持っていないようだ。タングマリンの道中くらいしか絡む機会はなかったと思うが。道中の事を少し思い出す。
『お酒を飲まないでください!いつ魔物が出るか分からないんですよ!』
『大丈夫よー、魔物が出てもカイルが対処してくれるわー』
『義兄さんに迷惑をかけないでください!魔法使いとしてしっかり役目を果たすべきです!』
『いざそうなったら動くわよ。お酒を飲むのもカイルは許してくれてるわ。貴方と違ってカイルとの付き合いが長いもの』
『義兄さん!!』
『俺に言わないでくれ。後サーシャの事諦めてる』
『義兄さんが強く言わないから、こういう事になるんですよ!分かっていますか!』
『ごめんなさい』
───道中のやり取りが原因だな。最終的に俺に飛び火してきてた。その間も
いや、ダメだ。サーシャに案内して貰わないいけない。都合よく見つけたんだ、今のうちに確保しておこう。
「セシルも思う所はあると思うが、サーシャに案内を頼んだ方が早いと思うんだ」
「あんな飲んだくれに?」
正気ですか?という目だ。サーシャの方を見てみる。
「次の奴かかってこーい!」
次の挑戦者がサーシャの前に現れ、30cm位はある大きな酒器にお酒が注がれていく。準備が出来たようだ。審判らしき男の合図で2人が飲み始めた。勢いよく飲んでいるのはサーシャの方だ。挑戦者の方は少し苦しそうか?
「ぷはぁっ!あたしの勝ちぃぃぃ!」
先に飲み終えたのサーシャ。彼女の勝ちのようだ。いえーい!と勝利の笑みを浮かべている
「あんなのに頼むんですか?」
セシルの言いたいこと分かるが、そんな冷たい目で見ないでくれ。俺まで責められている気分になる。いや、責めているのか? お前正気かって。
やめておこうかな。魔道具についてはサーシャの師匠であるマクスウェルさんにお願いしようか? あの人は宮廷魔道士として顔が広い。
サーシャの事で困ったことがあったら気軽に相談しに来て良いと言っていた。ついでに相談しよう。
「帰ろうか」
「それが良いと思います」
俺の言葉に満足したのか先程と同じ笑みを浮かべて俺の手を引くセシル。そんなに強く引っ張らなくてもいいと思うのだが。別に抵抗している訳でもないし。
「あら、カイル!どこに行くのよ! あたしがここにいるんだから貴方もこっちに来なさい!」
チッという舌打ちがセシルから聞こえた。人混みで見えないと思っていたが俺たちに気付いたようだ。流石にこの状況で無視するのは不味いか。サーシャの方へ行こうとするが、セシルに手を引っ張られているので向かえない。
「セシル?サーシャの所に行きたいんだが」
「無視して良いと思います」
「今のサーシャを無視するとめんどうな事になると思うんだ。俺の過去の経験上」
八つ当たりで何かやらかしそうなんだ。前の時はなんだったか? 酒場にいた客全員を巻き込んで大騒ぎになったか? 美人なお姉ちゃんが呼んでるんだから兄ちゃんも来いよ!なんて酔っ払いに絡まれた覚えもある。
サーシャの周りにいる酔っ払いの視線を感じる。視線が痛くなり、頼むよと声をかけるとセシルはため息を吐いた。手を引っばるのはやめたようだ。ありがとうと告げてから、サーシャの方へ向かえばセシルもとぼとぼと着いてきた。
「あら、ノエルの弟も居たのね。気付かなかったわ」
「義兄さんに気付いたのなら僕も見えたと思いますけど。目が付いてないんですか?」
「ごめんなさい。カイルにしか用がなかったから見えてなかったわ。そんなにくっ付いてたら邪魔じゃないかしら?」
「僕は姉さんに義兄さんを見張っておくように言われたので、こうして一緒にいるだけです!」
「手は握らなくて良いと思うけど? ノエルにそうするように言われたのかしら?」
「義兄さんがはぐれないように手を繋いであげただけです!」
「カイルなら大丈夫だから手を離したら? あたしは今からカイルと飲みたい気分なんだけど、保護者がいないと宿まで帰れないかしら?」
「1人でも帰れます!凡才ばかりの人間と一緒にしないで欲しいです!」
ブンっと手を振り払われ顔を赤くして怒るセシルをサーシャがクスクスと笑っている。どうもこの2人は相性が良くない。
ノエルとサーシャは悪くないと思うが。いや、最初の頃は良く喧嘩をしていたな。何度言っても聞かないサーシャに次第にノエルが諦めていった感じだ。
今の2人のやり取りを見てるとサーシャがセシルをからかっているのは分かる。あ、怒ったセシルが飛び出して行った。
「流石に言葉が過ぎるんじゃないか?」
「こうでもしないとあの子離れないわよ。忠告として言っておくけど、あんまり気を持たせるような事をしたらダメよ」
「そんな気はないんだがな…」
「本当に刺されるわよカイル」
ため息を吐きながらサーシャがお酒を飲んでいる。この感じだと同性だから大丈夫って訳ではないんだろうな。エルフとの距離感には気をつけろってデュランダルに言われたばっかりだ。次から気を付けよう。
ん? サーシャが手招きしている。 近付くと服を掴まれ引き寄せられた。顔が近いな。
「あの子多分女の子よ」
耳元でボソッと言われた。周りの酔っ払っい達が俺たちの様子にヒューヒューと騒いでいるが、それ所じゃない。この流れだとセシルの事だよな。だがセシルは男だって言っていたが。サーシャの言っている意味が分からず視線を向ければ、意味深に笑っている。
「体は男よ。でも心は女の子だと思うわ。だから気を付けなさいって言ってるの。
女の子に気を持たせすぎたら刺されるわよ」
あー、なるほど。早く言って欲しかった。
出来ればクレマトラスを出る前くらいに。
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