42.大切なもの
「人間との戦いで亡くなった自身の娘を1生に1度しか使えない
1生に1度しか使えない
「動き出した肉体を操る人格が娘では無い事に気付いたコバヤシの顔は悲哀に満ちていた」
神に貰った能力を使ってでも娘に会いたかったのだろう。実際に蘇った者が娘でなかった時の絶望感は計り知れない。
「娘と違う故、拒絶されるかと思ったがそうはならなかった。あの男は妾を娘としてではなく、妾個人として扱った」
自分ならそれが出来るかと聞かれれば即答は出来ない。悩んで悩んで悩み抜いた上で、受け入れられない可能性がある。だがコバヤシという男は受け入れた。
「亡くなった娘の分まで妾に生きて欲しいと言われた。妾の肉体は既に死んでおる。妾という人格により動いているが魂のない肉体はどこまでいっても死人でしかない。
体は熱を持たず感情を持たない。何のために生まれたのかそれすら分からなかった」
熱を持たず感情を持たない。だから彼女の声はどこまでも平坦なのか。
「だからこそ、コバヤシの言葉の通りに生きてみようと思った。妾が生まれた意味を知るために。何のためにこの人格が生まれたのか。それを知るためにずっと生きてきた」
シルヴィの名前は初代魔王の時代から存在する。勇者に敗れて四天王と呼ばれる魔族は入れ替わってきたが、シルヴィとドレイクだけは最初からずっと変わらない。俺が想像出来ないくらい長い時間を彼女は生きてきた事になる。
「そなたら転生者が現れるのは決まって時代の変わり目だ」
「時代の変わり目?」
「魔王が変わる時、新たな勇者が生まれる時。まるで狙ったようにそなたら転生者は現れる」
偶然とは言えない。何かしらの力が働いているのだとしたら、それは神の仕業だ。
「タケシが現れたのも時代の変わり目であった」
感情を持たない筈の彼女の声が、タケシと呼ぶ時だけ弾んでいる。
「転生者と呼ばれる存在は常に妾たち魔族の邪魔をする。それゆえ、人に擬態し接触した。脅威となるようであれば消すために。だがな、タケシと接しているうちに気付けば絆されていた」
声に抑揚がある。タケシさんについて語る彼女には確かに感情がある。
「タケシの語る言葉に存在しない筈の心が高鳴る気がした。タケシに触れられている部位が熱を帯びている気がした。妾は死人でありながら人として生きようとした。タケシと接する時間に妾が生まれた意味を知った気がしたのだ」
恋焦がれる乙女のように彼女はタケシを一途に思っていたのだろう。感情がない筈のシルヴィの心を動かし、止まっている筈の心臓が鼓動を始めた。彼女はタケシさんと出会い、生まれた意味を知った。だが、俺の記憶が確かならシルヴィは魔王を倒した後に封印された。つまり彼女はタケシと結ばれなかった。
「大切なものを知るのはいつだって失った時だ。妾は封印される時に漸くタケシへの愛の大きさに気付かされた」
悔いるような言葉だ。彼女はタケシさんに自身の愛を伝えられなかった事を後悔している。
「気付けば妾だけ長い時の中で置いてけぼりだ。タケシは死んで、妾の恋敵もみな死んでおった。何のために妾は今生きておる?」
「復讐は考えないのか?」
「誰に復讐するのだ?妾を封印した魔法使いは既に死んだ。タケシを殺したメリルもまた死んでおる。復讐? 体を動かす程の感情が今の妾にはないのだ」
500年の長い時の流れにシルヴィが取り残されている間に何もかもが変わってしまった。彼女の愛する者は恋敵によって殺され、その恋敵もまた魔族によって死んだ。シルヴィを封印した魔法使いも500年の歳月の間に亡くなっている。
復讐の対象を既に彼女は失っていた。残ったのはタケシへの愛だけか。
「無駄話が過ぎたな。妾の要件を伝えようか」
また抑揚のない声だ。彼女にかける言葉がない。タケシさんならなんて声をかけただろう。
「妾がそなたと話をしたかったのはタケシから頼み事をされたからだ」
「タケシさんから?」
「魔王と戦う前であったな。『もし某と同じ転生者と会う事があったら、これを渡して欲しいでござる』とタケシに託された」
シルヴィの直ぐ真横に魔法陣が現れる。思わず身構えたがそれが『収納』の魔法だと直ぐに気付いた。魔法陣から落ちてきたのは掌サイズの小さな箱。あれがタケシがシルヴィに託した物?
「妾に寿命が無いことをタケシは知っておった。妾が話したからな。だからこそ妾ならそなたのような転生者と会う機会があるとみたのだ」
「実際にこうして出会ったからな」
「そうだ。都合がいい事に妾の封印が解かれたのもまた時代の変わり目であったな。
妾は既にこの世に未練はない。タケシのいないこの世界に妾の居場所はないのだ。だがタケシの元に行くにしても、タケシの頼み事を達成してからでなければならぬ」
シルヴィの唯一の心残りがタケシさんからの頼み事か。その為に
「カイル・グラフェム。タケシからの預かり物だ。受け取ってくれ」
彼女の魔法によって小さな箱が宙を浮き俺の前まで運ばれてくる。受け取る為に手を出せばポトリと掌の上に箱が落ちてきた。
「その箱の中身はテルマにあるタケシの家の鍵とその場所を示す地図。そしてタケシが書いた手紙だ。落ち着いて見れる時に見て欲しいとタケシが言っておった」
「分かった。後で見るよ」
テルマにあるタケシさんの家か。タケシが生きていたのは今から500年前だ。まだ家は残っているだろうか?
「そなたに忠告しておこう」
「忠告?」
「悔いがないように生きる事だ。そなたたち転生者はみな、壮絶な死を遂げておる。己の運命に逆らうのであれば信じるものを違えてはならぬ」
不吉な言葉だな。彼女の言葉通りなら俺に待ち受けているのは壮絶な死か。信じるものか。難しい話だな。魔王を探して仲間を疑っている状況だぞ俺は。だからこそ、信じる仲間を間違えたらいけないのか。
「シルヴィ、1つだけ聞いていいか?」
「なんだ?」
「シルヴィの封印を破った者を覚えているか?」
デュランダルの話では俺が剣を抜く前に既に封印は破られていた。それも魔力によって無理矢理。時系列を考えるとそれを行ったのは魔王じゃないかと俺は考えている。
「すまぬな。その者の姿は見ておらぬ」
「見ていないのか」
「うむ。封印を破ると直ぐに去ってしまったからな」
相当に用心深いな。もしシルヴィが見ていれば誰が魔王が分かったかも知れないが、こればかりは仕方ない。
「ただ…」
「ただ?」
「懐かしい魔力の持ち主だった。妾はあの魔力の持ち主を知っておる」
シルヴィが懐かしいと感じる者か。魔族の仲間か、タケシさんたち勇者パーティーとかか? いや、魔族はともかくタケシさんの仲間はみんな死んでいる筈だ。唯一生き残っていたメリルも魔族に毒殺されている。そうなると魔族の仲間の可能性が高いか。ドレイクとかか?
「答えてくれてありがとう」
「うむ」
「シルヴィはこの後どうするつもりだ?」
彼女には既に生きる目的がない。タケシさんからの頼まれ事も既に達成した以上、彼女がどうするのか疑問だった。いや分かってはいるが、出来れば違って欲しいと思っている。
「もう暫く思い出に浸ってからタケシの元へ向かうつもりだ」
「不躾だが聞きたい。不死のシルヴィに死ぬことは出来るのか?」
「この肉体は既に死んでおる。動かしているの妾の人格よ。その人格を消す」
人格を消す?どうやって?言葉で言うのは簡単だろうが実際に行うのは難しい気がする。いや、待て。魔族が使う魔法に1つだけ当てはまるものがある。もっとも悪質な魔法───心を破壊する魔法『ソウルクラッシュ』。心=人格だとするならば彼女は自らの手で…。
「すまぬが1人にしてくれぬか? 」
彼女の頼み事に察してしまう自分が嫌になる。だからといって何か出来る訳でもない。ここにいるのが俺じゃなくてタケシさんなら結果は違ったかも知れない。いつまでもここにいても仕方ない。彼女の願いを聞こう。
───シルヴィに背を向けて来た道を戻る。暫く黙々と歩いているとレグ遺跡の入口が見えてきた。思ったより時間がかかった気もするな。足取りが重かったのだろう。
「カイル!無事じゃったか!?」
レグ遺跡を出ると直ぐにダルが飛び付いてきた。心配してくれたのかギューと力いっぱい抱きついてきてる。それはいいがこちらを見るノエルの目が怖い。俺から抱きついた訳ではないから許して欲しい。
「カイル、貴方何かした?」
「どういう事だ」
「カイルが出てくる少し前に遺跡を包囲していたアンデッドが全て消滅したのよ。騎士が騒いでこっちにまで来たわ」
「そうか。いや、詳しくはまた後で話すよ」
後回しにされたと思ったのかサーシャが不満そうに頬を膨らませている。別に教えない訳じゃない。今はまだ話したくないだけだ。
───アンデッドが消えたという事は術者がいなくなったのだろう。
タケシさんと会えるといいなシルヴィ。
───少しの騒動の後、クレマトラスの王都に着いた俺たちに1つの情報が届けられた。
教会の最高権力者『法皇』エドモンド・アームストロング2世が四天王の1人『赤竜』のドレイクによって殺されたという情報だ。
世界がまた混乱に陥った。
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