41.『不死の女王』シルヴィ・エンパイア

 ───シルヴィ彼女の美貌は美しいものであったがどこか不快感を感じるものだった。

 腰まで伸びた黒い髪は手入れがされていないのかボサボサで所々ハネていた。手入れをすればどれほど美しいだろうか。

 真っ直ぐにこちらを見据える赤い瞳には光はない。ノエルも同じような目をしていた気もするが、シルヴィの場合は生気すら感じない。

 胸と腰の部分を白い布で巻いただけの恥部を隠すだけの装いから、他者の目線など気にもしてないのだろう。

 露出された肌は生気を感じないほど青白く、切断された後に縫い合わせたような縫合の跡が身体中の至る所にある。

 総じて生気を感じない容貌だ。

 アンデッドである事を、既に死んでいる事を嫌という程実感させられる。不快感を感じたのは自分にもいずれ訪れる死というものに無理矢理に向き合わされた恐怖からくるものだ。


 威圧感とは違う別の何か。ただシルヴィと対峙するだけで背筋にヒヤリとするものを感じた。

 仲間も同じなのだろう。俺と同じように顔は引き攣っているが、目線はシルヴィから逸らそうとしない。

 怖いのだ。目を逸らしたその瞬間に死んでしまうのではないかと、そう思ってしまう。


 タケシさん。貴女はこんな化け物と肉体関係を持って愛し合っていたのですか? 目の前にいる彼女を見ると分かり合えるという思いは浮かんでこない。今まで戦ってきた魔族や魔物が可愛く見える。ここに来て初めて絶対的強者という者に出会った。


「そなたらが勇者達か」


 声に抑揚が無い。どこまでも平坦な声に俺たちに興味がないんじゃないかと思ってしまう。だが、値踏みをするように1人1人を見ている様子から何かしらの要件があって勇者パーティーおれたちを呼んだのだろう。

 彼女の視線は俺とエクレアで止まる。勇者であるエクレアなら分かるが俺も?

 エクレアを見ていたのはほんの数秒だ。彼女の視線は俺に向けられている。


「妾の要件を伝えようか。そこの男と2人きりで話がしたい」


 この場にいる男は俺1人だ。シルヴィが用があるのは俺という事になる。彼女の視線はずっと俺から離れない。どういう事だ? 何故俺に用がある? 疑問が尽きない。


「そんな事させると思うかい?」

「そうじゃ!我の大切な者を危険な目に合わせる気はないのじゃ!」


 ノエルとダルが彼女の要件を拒否する。言葉こそ強いが、顔は変わらず引き攣っている。嫌という程目の前の敵の強大さを実感しているのだろう。正直に言えば拒否は出来ないだろう。無理矢理従わせるだけの力がシルヴィにはある。それに騎士という人質がいる。


「分かった。2人きりで話そう」

「「「「カイル!?」」」」


 俺の返事にノエルやダルだけでなく、トラさんやサーシャも抗議するように俺の名を呼んだ。だが、他に選択肢はないだろう。


「だが1ついいか?」

「なんだ?」

「俺の仲間を安心させる為にも俺に危害を加えないと誓って欲しい」

「ふむ」


 これは俺自身の願望ではある。シルヴィと2人きりという状況は非常に不味い。彼女の気分1つで俺は死ぬことになるだろう。


「分かった。誓おう」

「何に誓う?」


 俺たちならば神にでも誓うだろう。だが魔族であるシルヴィにとって神は憎むべき存在。誰に対して危害を加えないと誓う?


「ならばタケシに対する妾の愛に誓おう」


 そんなものに誓われても困る。だがそう宣言するシルヴィの目は真剣だ。タケシという名前の時だけ、声に弾みがあった。彼女にとってそれだけタケシさんは大切な存在なのだろう。


「2人きりで話すんだろ? 場所を移すのか?」

「うむ、妾についてまいれ」


 踵を返してレグ遺跡の中へ向かうシルヴィに付いて俺も行こうとすると、カイル!と俺の名を呼ぶ声がした。


「正気かい!?四天王の1人と2人きりで話すなんて!死ぬかも知れないんだよ!」

「彼女は危害を加えないと誓ってくれた。なら俺はそれを信じて付いていくだけだ」

「神でも何でもない、1個人への愛に誓っただけだよ!それを信じると言うのかい!?」


 ノエルの必死な声に彼女の気持ちがよく分かる。俺に行って欲しくないのだ。万が一があって欲しくないから。俺に死んで欲しくないから、引き留めようとしている。


「シルヴィにとって最も大切な人に誓ったんだ。俺はそれを信じたいと思う。それに何かあっても助けてくれるだろ?」


 苦虫を噛み潰したような表情をするノエルの代わりに、ダルやトラさんが任せろと力強く答えた。納得して貰えるようにノエルを真っ直ぐ見つめる。その時にデュランダルの鞘を触るのを忘れない。デュランダルの鞘には彼女が仕組んだ盗聴用の魔道具がある。シルヴィとの会話で何かあってもノエルが気付いて駆けつけてくれるだろう。それまでに俺が生きていたらの話だが。


「分かったよ。でも無理はしないでね」

「あぁ、無理はしない」

「あたしも一応心配してるんだから、1人の時にあんまり無理しないでね」

「ありがとうサーシャ」


 2人とも仕方なくといった感じだが、納得してくれた。シルヴィの方を見れば立ち止まってこちらを見ている。


「すまない、待たせた。案内してくれ」

「うむ。良き仲間を持ったな」


 そう思うならもう少し声に抑揚を持たせてくれ。まるで寝起きで話しているような、そんな声だぞ。気軽に冗談を言える雰囲気でもない。先導するように先に行くシルヴィの後に続く。


 この遺跡の中も一度は来たことがある。シルヴィが進む道も見覚えがあるものだ。遺跡の中を進む俺とシルヴィとの間に会話はない。俺も黙って彼女に付いていく。やがて辿り着いたのは遺跡の最奥、俺がデュランダルと出会った場所だ。どこか神々しさを感じる空間。遺跡の中であるにも関わらず太陽の光が入っている。どういう仕組みだ?

 シルヴィが振り返り俺と向かい合う。


「さて、何から話そうか」


 シルヴィが考えるような素振りをする。本当に俺と話がしたいだけのようだ。危害を加える気はないか。


「そうだな、まずはそなたの名を聞かせてくれぬか?」


 そうは言っているが感情の乗らないその声は興味があるように思えない。確認の為だけに聞いているのか?


「カイル。カイル・グラフェムだ」

「カイル…そうか、カイルか」


 タケシさんの時と違い声の抑揚は変わらない。シルヴィにとって俺はそこら辺の有象無象と変わらないのだろう。それだけに彼女の特別となってるタケシさんの存在の大きさを実感する。


「そなたは転生者であろう?」


 尋ねてはいるが確信を持っている感じだ。


「あぁ、その通りだ。どうして分かったんだ?」


 ただただ疑問だ。シルヴィとはここで初めて会った。彼女はジッと俺を見ていただけだ。それだけで俺を転生者と判断した。何故分かったのか、それだけが疑問だ。


「うむ。そなたら転生者は魂が普通とは違うのよ」

「魂が?」

「この世に存在するものは全て魂は1つだけ。だがそなたら転生者は2つの魂が混ざりあったような歪な形をしておる」

「2つの魂が」


 シルヴィの言うことを信じるなら前世の魂と今世の魂が混ざりあっているのだろう。彼女は人の魂を見ることが出来るのか?だから俺とエクレアを見つめていた。


「勇者の娘も転生者であったな。だがあれは魂に何かしらの制約をかけられておる。妾が望む会話が出来ると思わなんだ」


 だからエクレアから直ぐに視線を外して俺を見ていたのか。エクレアも俺と同じ転生なのはこれで間違いはない。しかし制約か。彼女が喋れない魂にかけられた制約が原因か。


「妾を生み出した者も転生者であった」

「生み出した?」

「既に知っておろう。妾は普通の魔族ではない」

「アンデッド…」

「妾は亡くなった魔族の体を元に作られた。正確に言うならその体の持ち主を蘇らせようとして妾が生まれた」


 シルヴィの言葉通りなら彼女は望まぬ結果の末に生まれた事になる。転生者にとって1番望ましいのはその体の持ち主がそのまま蘇る事だった筈だ。


「妾を生み出しのはコバヤシ。コバヤシ・リュウジロウという者だ」

「コバヤシ…」

「そなたら人間にとって憎むべき者であろう。魔族の父とも呼ばれる四天王の1人

『校長』のコバヤシが妾の生みの親よ」

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