理解者との前夜

「着きましたよ。」

 如月が指を指し示す方向には古惚けているが和洋折衷の大正浪漫を彷彿とさせる美しい喫茶店。看板には'cafe EVE'と書かれている。

「このカフェ、本店はフランスのようでしてフランス革命期から存在する歴史あるカフェなんですよ。」

 如月は待ってましたと言わんばかりに早口でcafe EVEの説明をし始める。あまりに詳しい内容で私は最初の方しか聞かなかった。私よりもうかうかとしている如月を横目にカフェに入る。 


「いらっしゃいませ。」

 店内にはアンドロイドが数人いる、従業員のようだ。いつも見ていた光景とはいえこのような老舗の店にすらいるのか彼女らは。他には客が何人かとカウンターの奥でちっちゃな少女が一人せっせこと珈琲を入れている。差し詰め店主の娘といったところか。

「また来ましたよ!今日はこの前話した方も連れてきてるんで、珈琲ふたつください!」

 注文を早々に済ませ、堂々と少女の目の前のカウンター席に座る。

 急に元気になるなこいつ...こいつもしかしてそういう?いや、これ以上の詮索は止めておいた方が良い気がする。

「秋月さんはなにか食べますか?」

「そうだな...バスクチーズケーキを一つ。しかし、今日はこのお嬢さんだけなのか?」

「彼女はここの店主のそらちゃんだよ。」

 児童労働?そっちの方が検挙すべきなのではないのか警察官。最近の日本は本当に意味がわからない。

「安心してください。児童労働ではありますがこの店は特別なんです。」

 特別?と首を傾げ、少女の方を見やる。少女は黙々と珈琲を入れている。話は聞いていないようだ 。

「このカフェはどの国家からも制限されない完全治外法権の場です。ここに来る人だってろくでもない奴か天才のどっちかなんです。」

「自由に話すことのできる場に私を呼び込んだというわけか。」

 こいつは無策とその場のノリで色んなことをやりこなす割にはよく分からない所で慎重になる。


「早速本題に参りましょうか。あなたのここ数日を見て絶対にあの供述調書民意の落書きにサインしないという意思は汲み取れました。なので調書は私が書くことにします。」

 大真面目に淡々と喋り始める如月に物怖じしそうになる。やはり公務員ということもあってか公私混同をせず仕事を完璧に遂行する姿勢は尊敬できる。しかしその変わり様は恐怖を覚えてしまう。

「あんたも民意の一人だからこそ調書に介入できるわけだな。弁護士についてはどうなっているんだ?」

 出された珈琲を一口飲む。ほのかな苦味で口の中が染まり、鼻から珈琲の馨しい香りが抜ける。ちらりと如月の方を見てみると「ありがとう!」と宙嬢にヘラヘラと笑いながらお礼をしている。

 前言撤回だ。こいつは公私混同なんかしてない。どころか先程の話すら聞いていない気もしてきた。こいつを一発ぶん殴ってやろうかとも思ったが、それは宙嬢の教育に悪そうだし止めておこうと寸前で考えを改めた。

「おい。聞いているのか?」

「国選弁護士は選ばれるとは思いますがどうします?自己弁護も出来ますよ。」

 如月は、ニヤリと得意の薄ら笑いをする

「自己弁護をしよう。どうせ国選弁護士なんてのは当てにならん。」

 ふふっと息を漏らしながら如月は笑う。

「どうせそう言うんでしょうと思ってましたよ。

あと我々ができることは裁判でいかに民意が腐り落ちていて、愚かであることを示すことのみです。ほら、外界最後の晩餐かもしれないで、ゆっくり楽しみましょうよ。」

「お前ここに来たいがために私を連れ出したな。」

「バレましたか。」

 二人して高笑いをする。やはり人間と話すのは良い。無機質で同じことしか喋らない彼女らには絶対に出来ない、感情の共有ができるわけだし。

 

 それからしばらくケーキを食べながら、談笑をする。外は既に夕刻に近づいているようだ。

「ではこの辺でお開きとしましょうか。」

 如月は立ち上がり、宙嬢に渋沢を渡してそのまま外に出ていった。私も如月について行くように立ち上がる。


「なんでそんなに頑張るんですか?」

 宙嬢の声が、アンドロイドしかいなくなっているカフェに響く。

「人道犯の犯罪立証率は100%です。確実に負けます。マジョリティーという絶対正義に。」

 この子、歳の割に博識で賢い。しかも今の日本を俯瞰して見て私に警告まで出しているのか。治外法権のカフェを営んでいるなんて店主もそれ相応だと思っていたがその通りだった。

「負けるのが分かりきっていても、はいそうですかと諦めるのは性にあわないんでね。いいかい、マジョリティーは絶対正義では無い。本来は正義がマジョリティーになるはずなんだ。フランス革命だってそうだろう?最初はこのカフェに来るぐらいの少数派だったはずだ。それが今や美談となり正義になった。正義がマイノリティーにある場合、マイノリティーがいずれマジョリティーになるのさ。それを歴史は繰り返している。」

「あなたもここに来るお客様と同じ目をしてます。今の世の中に反対して、必死に世界を変えようとする方。頑張ってくださいね。」

 そう宙嬢に励まされ、私は外へ出た。如月は既に車をふかして待ちぼうけており、私が来たとわかると早く早くと手で招いている。

 私は小走りに車へと乗り込んだ。

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