外界という麻薬

 あれから私は様々なアンドロイドと不毛な対話を繰り返した。ほとんどが最初の彼女と同じ言動、行動、同じ感情変動を辿り、最終的に対話プログラムを切られ一昔前のアンドロイドのように静かに去っていく。そんなタイムリープ的な事は三日三晩続いた。もしかしたら何かが私の眼球に入り込んで過去に戻しているのではとすら思い始めていた。しかし、確実に時間というのは過ぎ去っていく。私という存在を黒く醜くしながら。

 

 今日もこの尋問室で彼女らと話すのかと退屈そうに待っていると、尋問室に入ってきたのは彼女らではなく一人の男だった。アンドロイドではない。顔もある髪の毛もある、私の顔を見て薄ら笑いをしている。

「君は何者だ?アンドロイドでは無いようだが。」

「私は如月と言います。この三日間カメラからあなたを見ていました。実に興味深いのでぜひお話をと思いまして。」

 監視員。いわば死刑執行人だ。ということはこの如月という男が私の事件(事件と言えるのかは疑問だ)の最高責任者である可能性が高い。

「そう怪訝そうに睨まないでください。私はあなたの唯一の理解者かもしれないですよ。正直に言いましょう。私はあなたと同じ考えを持っています。今の日本は狂っている、真の民主主義など古代ギリシア時代に無理だとわかっていたはずなのにも関わらず、無理して民意を国家に反映し、その民意が国家を破滅させる。日本は世界における滅国と同じ穴の狢に成り下がっているんです。」

 確かに私と思想自体は似ているようだ。というか普通の感性を持った人間なら日本に対するニヒルに陥るはずだ。

「まあこんないつ死ぬかも分からないような所で話していても良い会話は出来ないでしょう。この近くにカフェがあるんですよ。行きましょう。」

「お前何を言ってるんだ?私は人道法違反の犯罪者だぞ。外に出れるわけないだろ。」

 私がそう言うも如月は話を聞かず、私の腕を掴み強引に尋問室から外に出て走り出す。


「ああもう分かった。あんたについて行く。だから腕を離せ!」

 如月の腕を強引に引き離し、上がった息を必死に整える。既に場所は警察署の入口付近であった。乗り気ではなかったが、久しぶりの外界と煌々と照る太陽の光を見て、危機感なくつい走り出してしまいそうだった。呼吸が乱れるのを感じる。それは緊張や恐怖では無い、興奮だった。

「いいですか?ここからは誰かに見られて逆恨みから暴力沙汰に発展するかもしれません。アンドロイドに顔を記録されているので、脱獄犯として即刻死刑になるかもしれません。なのでマスクや帽子を付けることをおすすめしますが..」

「私は無罪だ。逃げも隠れもしない!」

「八句連歌ですか?それはそうと貴方ならそう言ってくれると信じていましたよ。逆にマスクをくれと言われたら困ります。何も持ってないんで。」

 ニヤニヤと如月は笑いながら喋る。こいつは...完全に無策且つその場のノリで動いてやがる。そういうのも時には悪くないか。今はアンドロイドに生活を管理されてるからな。自由に動くのは責任が伴うが、それ相応の楽しさがある。

「じゃあ行きましょうか。タクシーは呼んでますんで。」


 そう言い私と如月は監視員と容疑者とは思えないほど悠々と外へと出た。外にはほとんど人気はなく、昼休憩で外へ出ていると思しきサラリーマンが数人いる程度。昼頃というのもあってか 、気温は少し暑い。立っているだけで少しづつ汗が滲む程度。しかしそんな私を愛でるかのように、消えかけの春風が包み込んでくれる。


 ああとても気持ちが良い。

 

 タクシーまでの道のりを、投票の時の政治家かと思うほどにゆっくりと歩く。

この気持ち良さはなんだ?

病気から復帰して一日目の朝?

'タンホイザー序曲'を聴きながらの出勤?

好意を寄せている人に会いに行く為の登校?

そのような様々な記憶と気持ちの良さに浸りながらタクシーへと乗り込む。如月は先程のように薄ら笑いを浮かべ、「彼女らが面白がるのも納得ですね。」と嫌味を言ってくる。その直後タクシーは動き出した。私はこのまま春風と共に消えていってしまっても良いと刹那、思ってしまった。

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