第一の手記
美しくも醜い2030年
2030年は世界にとって、日本にとって、そして私にとっても激動の一年であった。
2045年に訪れるとされたシンギュラリティの早期到達。AIはついに人間を超えたのだ。しかし我々が想像していたAIの反乱、人間を支配するという支配構造の革命はついには起こらなかった。ましてやAIは人間の姿に限りなく近づき、人間に忠誠を誓うようにまでなった。我々はペシミズムに陥っていたらしい。AIは想像以上に賢い。彼女らは自分で考えるという苦しみから解脱し、人間という権威に付き従うという人間が悪感情を抱き、意味のないプライドで制御される行為を意図も容易くやってのけた。これこそが幸福であると勝ち誇ったように。
このシンギュラリティの到達により世界各国が影響を受け、我が国日本にも影響を及ぼした。その最たる例が人道法の制定だ。人道法は日本国民をAIの監視下に置き、常に潜在的な思想や行動パターンを読み取り一定の数値に達したものをリスト化して、リスト化された犯罪予備軍を先に逮捕及び更生させるという法律だ。しかしこの法律には重大な欠点が存在する。民意が反映されるのだ。国民がAIに密告することが出来る。それは司法を破滅へと導く存在でもあった。AIの予測技術と情報処理能力は既に人間では勝ることのできない領域へと足を踏み入れている。
今の日本は自分が生態系の頂点だと思いあがっている人間が、実は下層にいるAIに支配されているという不気味な構造で成り立っているのだ。そんなAIですら解決できない難題があった。
'癌'だ
AIは手術や薬の生成はできるが病気の特定及びその治し方は知ることが出来ない。病気の特定も治し方も最初に見つけるのは人間で、AIはそれをインプットするだけ。だからこそ何十年たっても癌というのは治ることはないと思われていた。しかしその癌は2030年をもって遂に完治する病気へと変わった。それはフェルミトキシンの活用と人工多能性幹細胞(IPS細胞)の発展だ。フェルミトキシンは昨今までただの毒素であると思われてきたが、この毒素を一定量以上摂取すると、毒素が奇形もしくは変異した細胞のみを攻撃するようになる。これは毒素が意図的に少数の細胞を攻撃するという仕組みがあったからだろう。そのフェルミトキシンにより破壊された細胞やその付近の組織をIPS細胞が復元することで人間は癌という脅威から完全に開放されたのだ。このフェルミトキシンの活用を見出した私は多数の名声や感謝、金が降りかかった。皆は私にこう言う。
「あなたは全人類の救世主だ!」
「あなたのおかげで長生きできる!」
そう言っていた民衆を私は内心嘲笑っていた。人間は生に執着しすぎる。どんなに不幸で辛くても、かくもダニのように必死こいて生きる。
くだらない。
私が目指したのは寿命の延長ではなく健康寿命の延長だ。人生の良し悪しはどれだけ長く生きられたかではない。どれだけ幸せに生きられたかだ。それを理解してくれる同志はこの国にはいなかった。
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