最終話 フェルリンデの語りべ
フェルリンデの森は険しい山脈に囲まれ、森の中心から周囲に広がる高原に至るまで豊かな緑で覆われた、動物たちにとって楽園のような場所です。
『森の動物同士で決して争ってはならない』という掟のもと、オオカミやヒグマなどたくさんの動物たちが仲良く暮らしています。
森の中心には青々とした葉が茂り、色とりどりの花を咲かせた大樹が聳え立っています。その大樹には精霊が住むといわれていて、森の動物たちを見守り照らすように光り輝いていました。
数年前まで大樹一帯は地盤が陥没したかのように凹んでいましたが、ある騒動が解決してからは地形も元通りになりました。
大樹の周りは動物たちの憩いの場となり、今日もフェルリンデの森で語り継がれる英雄譚を聞こうと、多くの動物たちが集まっています。
「——崖から落ちた先にはなんとびっくり! 大樹は地上から遠く離れた地下にあったんだ! そこで願った二匹の前に豊穣の果実が現れた。でもその直後——」
そう興奮気味に言うのは、一頭の茶褐色の毛に覆われた大きなオスのヒグマです。広場に集まった動物たちに、なにやら楽しそうに語りかけています。
そんな彼の横顔に、長いまつ毛に縁取られた瞳を愛おしそうに向けているのは、美しいメスのオオカミです。真っ白にところどころ黒が混じった毛並みは、彼女の両親とそっくりでした。
大人になった、ヴォンとアズリーです。
森を救ったヴォンは優しくて勇敢なフェルリンデの英雄と呼ばれ、オオカミたちを導いたアズリーは年老いたヤズルに代わり、群れを統べる若きリーダーへと成長していました。
「——邪悪なオオカミは果実を食べて怪物になってしまった。絶体絶命と思われたその時、子熊は巨大なヒグマになって勇敢に立ち向かった! その頑丈な体には邪悪なオオカミの爪も牙も通用しない! 激闘の末、ついに勇敢な子熊は——」
「ちょっと、待ちなさいよ。それじゃ、まるであなたが一人で戦ったみたいじゃない。誰のおかげで正気に戻れたか忘れたの?」
高揚するあまり大げさな身振りで自身の冒険譚を語り聞かせるヴォンに、アズリーが口を挟みました。
「アズリー、今いいところなんだ。口を挟まないでくれないか」
「はいはい。まったく、お調子者の勇者様ね。初めて出会った時はあんなにビクビクしていたのに」
アズリーは意地悪そうに笑いながら、からかうような視線をヴォンに送ります。
「その話はやめてくれよ、アズリー」と照れ笑いするヴォンに、目の前で話を聞いていたクマやオオカミの子供たちは口々に「パパ、かっこ悪ーい」と声を上げます。
「——あらあら、偉大なフェルリンデの勇者様も、アズリーの前ではまだまだ子供みたいね」
「もう、兄さんたら……」
前列に集まった子どもたちの後ろには、フルーとリースが並んでヴォンの話を聞いています。生まれ変わったフェルリンデの森は温かいところが苦手なフルーでも過ごしやすく、彼女も森の仲間となっていました。
「——よーし、ちびっ子ども! 今度はこの勇敢で華麗なスカルポ様の英雄譚を聞かせてやろう!」
彼女たちのすぐそばでは、木に止まっていたスカルポが大きな翼を大袈裟に広げて、注目を集めようとしています。
「誰も聞いていないわよ」
フルーがボソリと言うと、スカルポは「おいガキども、こっちを向け!」と騒ぎ始めました。その様子を見て、フルーとリースは笑い合います。
広場に集まったのは彼らだけではありません。
ヴォンの母親も、ヤズルも遠巻きに自分たちの息子と娘を見て微笑んでいます。ヤズルの足元では、少しだけ成長したスヴィークがおいしそうに果物を頬張っています。
集まったオオカミたちの背には、リスなどの小動物が警戒することなく乗ってくつろいでいます。ウサギたちも、彼らを恐れていないようです。
森の動物たちに、もはやかつてのわだかまりは見る影もありません。みんな家族のように仲良く、支え合って暮らしているのです。
「——……?」
話を続けていたヴォンは、不意に大樹へと振り返ります。
「どうしたの? ヴォン」
アズリーが不思議そうに尋ねますが、ヴォンは「いいや、なんでもないよ」とそのまま語り続けます。
——フォッフォッフォッ。と、年老いたマンドリルの笑い声が聞こえた気がしました。
おわり
フェルリンデの森 〜大樹の精霊と願いの果実〜 琳堂 凛 @tyura-tyura
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