第3話 果実の行方

 ヴォン、フルー、スカルポの三匹は、休むことなく森の奥へと進んでいきます。


 ゴツゴツした岩と細長い木が立ち並んだ外縁部を抜けると、雪はまったくなくなり、たくさんの植物が生い茂った深い緑の世界が三匹を迎えました。


 森はシーンと静まりかえっています。三匹がここにくる途中もそうでしたが、他の動物たちの姿はありません。狼たちにおびえて隠れているのか、それともみんな住みかを追い出されてしまったのでしょうか。



 そしてしばらく進むうち、ヴォンは仲間たちとはぐれてしまいました。


「フルー、スカルポ! どこへいったの」


 ヴォンはまわりをキョロキョロしながら、声をひそめて言います。オオカミたちに見つかるわけにはいかないので、大きな声は出せません。


 がむしゃらに探していると、茂みを抜けた先で枝葉をかき集めて固めたゆりかごのようなものを見つけました。その中心ではヴィトルが気持ちよさそうに眠り、大きないびきをかいていました。どうやら彼の寝床のようです。


 運よくヴィトルを見つけることができたヴォンは、さっそく彼の元へ駆け寄ります。


「ヴィトルさん、起きて! 豊穣の果実のことを教えてよ!」


 ヴォンが大きな声で呼びかけると、ヴィトルはゆっくりと目を開けました。


「——なんじゃわんぱく坊主、こんなところまでやってきて……」


 あくびをしながら起き上がったヴィトルは眠たそうに目をこすっています。そして起き上がると、ゆっくり語り始めました。


「ふぅむ……豊穣の果実か。森の中心にある大樹に実るということ以外、わしも詳しくは知らんのう」


 ヴィトルが話し出すと、ヴォンは真剣に耳を傾けます。


「じゃが、古くからこう言い伝えられておる。“まことの愛と勇気を持つ者の願いにのみ、果実は応える”——とな」


「真の愛と優しさを持つ者……? それって、どういう意味?」


 ヴォンが尋ねると、ヴィトルは彼を見つめ、穏やかに微笑んでこう続けました。


「あいにく、わしはその問いかけに答えられん。——じゃが、その答えはお前さん自身の中にある。お前さんの母親を想う純粋な心が、きっと果実への道を示してくれるはずじゃ」


 そう言うとヴィトルは再び寝転んで、目を閉じ眠ってしまいました。


 彼からは、これ以上の情報は聞き出せそうにありません。


 あきらめたヴォンは、彼が言ったように森の中心にある大樹を目指すことにします。


 そうして茂みをかき分け開けたところにでると、ちょうどフルーとスカルポの姿がありました。彼らもはぐれたヴォンを探していたようです。


「よかったわ、合流できて」


「そそっかしいやつだな。どこにいたんだ?」


 そう言い駆け寄ってくるフルーとスカルポに、ヴォンはヴィトルから得た果実への手がかりを聞かせました。


「——真の愛と勇気、ねえ。よくわからないが、お前なら見つけられるんじゃないか? ヴォン。要するに、バカみたいに単純なやつの願いになら応えるってことだろう」


 ヴォンの話を聞いたスカルポはいつものようにひねくれた口調で、彼の背中を叩きます。


「あなた、もっとマシな言い方できないの? 大丈夫よ、ヴォン。お母さんを大切に想う心があれば、きっと豊穣の果実を見つけられるはずだわ。あなたにはその資格がある」


 フルーは相変わらず皮肉を言うスカルポに呆れましたが、ヴォンには優しく微笑みます。


 彼らの言葉に勇気づけられ、ヴォンは大きく頷きました。


「行こう。僕が必ず、豊穣の果実を見つけ出すよ。絶対に母さんを助けるんだ」


 こうして、三匹は森の中心に聳える大樹を目指し、再び歩き始めます。


 ヴォンは体力があり余っているようで、複雑な森の中をどんどん進んでいきます。


 ですが、暑さに弱いフルーや、絡み合う植物のせいで空を飛べないスカルポは疲れてしまい、その足取りは重くなるばかりです。


 そんな三匹の前に、突然キツネのフィーブルが現れました。


「やあ、君たち。偶然だね」


 そう言うと、フィーブルはわざとらしい愛想笑いを浮かべます。


「わざわざこんな森の奥まで来るなんて、なにか探し物かい?」


「フィーブル、そこをどいてよ」


 よく都合のいい嘘をつくことで有名な彼を快く思っていないヴォンは適当にあしらうと、そのまま進み続けようとします。スカルプとフルーもその後に続きます。


「まあまあ、聞きなよ。君たち、方角からして大樹へ向かっているんだろう? このまま進んでしまうと、狼たちの縄張りに入ってしまう。そこでどうだろう。僕が彼らに見つからない近道を案内するというのは」


 フィーブルの言葉に、ヴォンたちは怪訝な顔を見合わせました。


 彼のことは信用できませんが、モタモタしていてはヴォンの母親が心配です。


 結局、三匹はフィーブルの提案に乗ることにしました。


「僕だって狼たちにはうんざりしてるんだ。そんな彼らを出し抜くのは気分がいいね」


 途中、フィーブルはそんなことを言いながら、三匹を大樹へと導きます。


 ですが、なにか変です。いくら歩いても大樹は見えてきません。それどころか、森の中心から逸れているようです。


「ねえ、フィーブル。これは本当に近道なの?」


「大大丈さ、この道で合ってるよ。遠く思える道のりほど近道だって、よく言うだろう?」


 不安になったヴォンが尋ねても、彼は調子のいいことを言うばかりでした。


 そしてしばらく進み続けると、突然広場のような場所に辿り着きました。


 そこは大樹からほど遠いうえ、ヴォンたちを待っていたのは何匹もの狼でした。鋭い牙を剥き、やってきたヴォン達をにらんでいます。


 フィーブルが案内したのは大樹への近道などではなく、恐ろしい狼たちのすみかだったのです。


「やっぱり騙したんだな、フィーブル!!」


 ヴォンが怒ると、彼は長くとがった耳をしょんぼり垂らして「ごめんよ、しかたなかったんだ」と謝りました。


 すると、「——よくやった、フィーブル。なかなか役に立つじゃないか」と狼の群れの奥から低くしわがれた声が響きます。


 そして、群れの中でもひとまわり大きな狼が一匹、ニヤニヤと笑いながらヴォンたちに近づいてきました。


 ヤズルを除けば群れの中でもっとも強い、スヴィークです。


 ボサボサとした灰色の毛並みと骨ばった体は、まるで邪悪な魔女のようです。彼は逆らう動物がいれば、たとえ仲間の狼だとしても容赦無く襲うため、とても恐れられていました。


 ですが、広場には肝心のヤズルの姿はありません。


 どうやら、スヴィークが実質的なリーダーのようでした。


「お前たちだな? 伝説の果実を探しているというのは。さっそく、このスヴィーク様に果実の在りかを教えてもらおうか」


「なぜあなたがそれを……! ——なるほど、そういうことだったのね」


 フルーは自分たちの目的を知られていたことに驚きますが、目をそらすフィーブルを見て察したようです。


「どういうこと? フルー」


 なにが起きているかわからないヴォンは戸惑っています。


 すると、フルーより先にスカルポが答えました。


「ヴォン、フィーブルは脅されたんだよ。どうせスヴィークに『果実の場所を知っている三匹を連れてこなければお前を食べてしまうぞ』とか言われたんだろう。うわさ通り、卑怯なやつだ」


 スカルポの言うとおりでした。


 フィーブルは、ヴォンたちが豊穣の果実について話しているところを隠れて聞いていたのです。


 果実のことが気になったフィーブルはヴォンたちのあとをしばらくつけていましたが、その途中で狼たちに見つかってしまい、同じく果実を求めるスヴィークに利用されてしまったのした。


 フィーブルは自分の身を守るために、しかたなくスヴィークの命令に従ったのでした。


「なんてひどいやつ……! スヴィーク、なぜお前が果実を欲しがるんだ!」


「ククク……お子様に大人の事情はわからんさ」


 スヴィークにはなにやら狙いがあるようです。彼がニタリと大きな口を吊り上げると、まわりの狼達はジリジリと三匹を取り囲みます。


「——お前たち、その子熊を捕まえろ! 果実を探す大事な手がかりだ。残りの二匹は……そうだな、今夜の食事にちょうどいい」


 スヴィークは配下の狼たちにそう命じました。彼には森の掟などまるで関係ないようです。


「ヴォン、逃げなさい!!」


 真っ先に動いたのはフルーでした。


 暑さで弱っているはずですが、それを感じさせない華麗な動きで狼たちを翻弄します。フルーは唸り声を上げながら、自慢の爪と牙で次々と狼たちを薙ぎ倒します。厳しい山脈で身につけた身のこなしは、若い狼たちを圧倒するのに十分でした。


「まったくどうして俺がこんな目に……! ヴォン、なにしてる! 早く行け!!」


 スカルポも負けじと狼たちに立ち向かいます。大きな翼を羽ばたかせながら鋭いクチバシとかぎ爪で上空から狼たちを攻撃し、ヴォンが逃げる時間を稼ぎます。


「で、でも……!」


 ヴォンは大切な仲間を置いて逃げることをためらっています。


「あなたになにかあったらリースが悲しむわ! さあ、行きなさい!」


「お前が捕まってしまったら誰が果実を見つけるんだ! 俺たちのことは心配するな!」


 二匹の言葉にヴォンは涙を浮かべながらも、決心したようにうなずきました。


「……必ず助けに来るから! 絶対だからね!」


 そう叫ぶと、ヴォンは狼たちと戦い続ける二匹に背を向け、全速力で森の中へと駆け出していきます。


「ええい、役立たずどもめ!! お前たちなにをしている! あの子熊を捕えろ! 絶対に逃すな!!」


 スヴィークが怒鳴りながら手下の狼たちに命令しますが、ヴォンの姿は生い茂った植物の中へと消えてしまいました。フルーとスカルポの活躍により、ヴォンだけはこの場から逃げることができたようです。しかし、数匹の狼がヴォンを追っていきます。


 フルーとスカルポはヴォンを追う狼を食い止めようとしますが、そのスキに後ろから狼たちが一斉に襲いかかりました。


 あまりの数の多さに、さすがのフルーも防ぎきれません。最後まで抵抗しますが、ついに彼女は狼たちに組み倒されてしまいます。


 スカルポもそんなフルーを助けようとしますが、飛びかかってきた狼たちによって地上へと引きづり落とされてしまいました。


「くそ……! やってくれたな、お前たち。——おい、こいつらをさっさと連れていけ!! だが、まだ食べるのはおあずけだ。あの子熊をおびきだすオトリにちょうどいい。果実さえ手に入れば、俺様に逆らえる者などいなくなる」


 取り押さえられたフルーとスカルポを見下すと、スヴィークはいやらしく笑います。


 細く吊り上がった彼の目は、なにかとてつもない野望を秘めているようでした。

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