第15話 いよいよトコフェスの始まりです
トコフェス初日。
もうすぐ夕暮れを迎える町には、着飾った市民たちが浮かれた様子でぽつぽつと現れ始めていた。
彼らは人間と厄獣の区別無く、明るく語らい合い、もうすぐ行われる町を挙げてのイベントを心待ちにしている。
そんな和やかな光景とは裏腹に、トコヨ市役所の庁舎には緊迫した空気が満ちていた。
トコヨ市役所の奥まった場所にある、生活安全課のオフィス。
そこに集まった職員たちは、彼らの前に立ち、ひっくり返した箱の上に片足を乗せたフタバに緊張の眼差しを向けていた。
「いいか、公僕ども! 今年も絶対に死人を出すな! 全員生きて帰るのを目的にしろ! 自分が死んでは市民を守ることなどできん! 分かったな!?」
「イエス、マム!」
声をそろえて職員たちはフタバに敬礼する。タマキもやや遅れて敬礼の姿勢を取ったが、普段ならそこで敬礼を取ろうともせず、睨まれるはずのシータの姿はこの場になかった。
「では、解散! 全員持ち場に行け!」
「はい!」
職員たちは勢いよく返事をし、それぞれの仕事へと消えていく。取り残される形になったタマキとココに同じくその場に残った安穏は、他の職員よりも幾分か落ち着いて――正確には、げんなりとした表情で最終確認を始めた。
「一時間後、日暮れと同時に迎え火が焚かれて、『客人』の皆様がトコヨ神社へと殺到する。一度トコヨ神社にやってきた『客人』は、名簿にある存在であれば自動的に首輪がついてラベル付けされるから――」
そんなやりとりを、事務所のすみっこでムラサキカガミの少年は、気まずい思いをしながら眺めていた。
数分間の最終調整の後、タマキは少年のもとにやってくると、彼に手を差し伸べた。
「待たせて悪かったな。そろそろ行こうか」
「う、うん……」
少年はまだ躊躇いを残した様子で、タマキの手に自分の手を重ねる。タマキはそんな少年の手を優しく握り込むと、彼の手を引いて歩き始めた。
「俺もトコフェスに参加するのは初めてだからな。うまく案内できるかは分からないんだが」
「うん……」
消え入りそうな声で答え、少年は居心地が悪そうに俯く。二人とすれ違うのは、慌ただしく動き回る職員たちばかりだ。
そんな場所で、自分たちだけが遊びに行こうとしているという罪悪感で、少年の気分は沈んでいく。
「坊や、どうかしたか? 気分でも悪いのか?」
「えっ、う、ううん……そうじゃなくて……。僕のせいで、タマキさんに迷惑をかけてるんじゃないかって思って……」
最後の方はほとんど聞こえないほどの小声で、少年は胸の内を告白する。タマキはほんの数秒、面食らった顔をした後に、ふっと穏やかに微笑んだ。
「子供がそんなこと考えなくてもいいんだよ。むしろ、初日しか一緒に回る時間が取れなかったのが申し訳ないぐらいだ」
「で、でも……!」
納得できず、少年は泣きそうな気分になりながら主張する。タマキは少年を安心させるような微笑みを浮かべたまま、そう言われた時のために用意していたであろう屁理屈を披露した。
「実は、君とトコフェスを回るのは仕事の一環なんだよ。一般人のふりをして見回りをして、トラブルがないか確認するのも、市役所職員の仕事だからね」
「そうなの……?」
「ああ。だから、坊やも俺たちの仕事に協力してくれないか? 市民に怪しまれないように、心の底からトコフェスを楽しんでほしいんだ」
嘘偽り無い表情で、タマキは少年に提案する。少年には、それが詭弁でしかないと分かっていた。
彼の姿形は幼い少年のものではあるが、その内面は見た目よりもずっとずる賢い大人びたものだ。
だから、タマキの言動がこちらに気を遣ってのものであり、自分とトコフェスを回るために、各所に頭を下げて調整をしたであろうことも、ちゃんと分かっている。
黙り込む少年の憂いを吹き飛ばすように、タマキは明るく声を張り上げた。
「オープニングではシータさんの晴れ姿が見られるらしいぞ! どんな風なのか楽しみだけど、不安の方が勝るのはどうしてだろうな……」
少年の気分を上向かせようと、わざとらしく明るい声で言うタマキに、少年はきゅっと繋いだ手に力を込めた。
「……ありがとう、タマキさん」
少年はほとんど囁くように言葉を発し、俯いていた顔を上げる。
いつの間にかすぐ目の前に迫っていた出口の向こう側には、騒がしくも明るいハレの日が待ち受けていた。
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