第10話 認知すると存在できます
「認知?」
今までも繰り返されてきた言葉を改めて告げられ、タマキとシータは戸惑いの目で少年を見る。少年はきゅっと自分の服を握りながら、恐る恐る話し始めた。
「……実は、僕の正体は、ヤト様の神社の鏡に宿った『
ぽつりぽつりと話す少年に、シータはこてんと首をかしげる。そんなシータに、隣に立つタマキは問いかけた。
「シータさん、そうなんですか?」
「……そんなことがあったような気がします。迷い込んだ暗い部屋で、鏡に映った自分と遊んだような」
曖昧ではあるが自分の主張を肯定され、少年はホッと胸をなでおろす。
「僕、シータさんと会って姿を手に入れてから、ずっと外の世界に憧れていたんです。吹けば消えてしまうぐらいの曖昧な存在だったけれど、今日タマキさんに認知されて、手を差し伸べてもらって、ようやく実体を手に入れたんです」
俯いたまま告白する少年に、タマキは確認の言葉をかける。
「つまり君は大穴ではなく、トコヨ市生まれの『
少年はこくっと頷き、タマキは自分の脳内を整理し始めた。
「シータさん、そんなことがありえるんですか? 大穴の向こう側ではなく、トコヨ市の中で『
『
「はい。実は、厄獣と『
彼が『
考え込むタマキに対し、本来部外者であるはずのキイコは、彼より先に事情を理解した。
「あー、なるほど。分かってきたぞ」
やれやれと言いながら、キイコはタマキとシータに向き合う。
「いいか、ガキども。そもそも何かを認知するってのは、その存在がそういうものだってレッテルを貼って確定させるのと同じ意味なんだよ」
「レッテル、ですか?」
戸惑いながらもタマキが聞き返すと、キイコはふんと鼻を鳴らした。
「特に、シータのような『舌禍』が、実体のない『
心当たりがあったタマキとシータは目を見合わせると、気まずそうにしている少年を見下ろした。
視線を向けられた少年は、観念した表情になると、深々と頭を下げて謝罪を始めた。
「いきなり父親扱いしてごめんなさい。ここで話を合わせて、あなたたちと僕が親子だってことにしてしまえば、ずっと実体を失わずに済むって思ったんです」
少年はぐすっと鼻を鳴らし、ほとんど泣きそうな顔で笑った。
「……僕、嬉しかった。シータさんのおかげで姿を手に入れて、タマキさんに手を差し伸べてもらって、外に出てこられて……僕は、認知されると力を発揮できる存在だから……」
無理をして笑いながら胸の内を告白する少年に、どう反応したしたらいいか分からずにタマキはおろおろとシータとキイコに目を向ける。
シータは、少年のことをじっと見下ろした後、淡々とタマキに告げた。
「タマキ後輩。やはり僕たちは責任は取るべきですよ」
「えっ」
「そうだな。責任は取ったほうがいい」
「えっ?」
キイコからも援護射撃を受け、タマキは頭が真っ白になって硬直する。そんなタマキにシータは平坦な声色で告げた。
「彼は、僕によって発生し、タマキ後輩の軽率な行動によって実体化したようなものです。今思えば、ヤト様が言っていたのはそういうことだったと推測します」
シータの指摘に、タマキはつい数時間前にヤトにかけられた言葉を思い出す。
『覚悟がないのなら手を差し伸べるべきではない。たとえ、それが無意識の行動だとしても』
あれは、無意識のこととはいえ、覚悟もなく新しい命を生み出してしまった自分への警句だったのだろう。
シータは、思い悩むタマキに向かって偉そうに胸を張った。
「安心してください。僕も責任を取ります。何しろ、彼に姿を与えたのは幼いころの僕ですから。つまり、僕も父親ということです」
堂々と父親宣言をしたシータに、タマキは自分一人で抱えていた重圧が少し軽くなったような気がした。
だが、それはそれとして、とタマキはシータに突っ込む。
「……極論が過ぎませんか? 二人で父親とか」
「むっ、頭が柔らかいと言ってください。タマキ後輩だけパパ活なんて羨ましいですし」
「ご、語弊がある言い方やめてくれませんか!?」
そんなやりとりをきっかけに、タマキとシータはわいわいと言い合いを始める。
置いてけぼりにされた形になった少年は、そんな二人を交互に見ておろおろとしていた。
やがてキイコは、タマキとシータの間に強引に割り込んだ。
「はいはい、てめぇら! 坊やが困ってんだろ!」
「あっ」
「すみません」
ようやく小競り合いを終わらせたタマキとシータは、緊張した面持ちの少年と向き合う。
タマキは数秒黙って自分の中の考えをまとめた後、少年の前に膝をついた。
「坊や、一つだけ聞かせてほしい。君は本当に、俺たちに存在を認知されて、実体を手に入れたいだけなんだな?」
少年の紫色のまなこを正面から見ながら、タマキは問いかける。少年はほんの少しだけためらった後、首を縦に振った。
「……うん。僕、実体がほしい。まだ消えたくない」
タマキはその答えを受け止めると、少年を安心させるように大きくうなずいた。
「分かった。なんとかできないか動いてみよう」
「そうですね。僕もやってみます」
あっさりと承諾したタマキとシータを見て、お願いをした側である少年は、逆に戸惑っていた。
「い、いいの……? 僕、二人の子供のふりをして、騙してたのに……」
自信がなさそうに言う少年の頭に、タマキはそっと手を置いた。
「もともと『
タマキの大きな手が、少年の頭を優しく撫でる。
少年は目を丸くしてしばらくされるがままになった後、やがて顔を俯かせてすすり泣き始めた。
涙を流しながら肩を震わせる少年を、タマキはそっと抱き上げ、彼の背中をぽんぽんと叩く。
少年の暖かな体温がじんわりと伝わり、彼が今、生きているのだと実感する。
自分たちが認知しなければ、この小さな命は消えてしまうのだ。その事実を再確認し、タマキはその責任の重さに彼を抱く手に力を籠める。
そんな感動的な光景をたった一言でぶち壊したのはシータだった。
「では、タマキ後輩、僕と籍を入れましょうか」
「はあ!?」
「違いましたか? 僕とタマキ後輩がこの子の父親になる話かと思っていましたが」
「そ、それはそれ、これはこれです! 大体、あなたと籍を入れる必要はないのでは!?」
「だめですよ、そんなに大声出したら。だっこしている坊やの耳がキーンってなってしまいます」
「うっ……」
ズレてはいるが正論を突き付けられ、タマキは言い返せなくなって黙り込む。
腕の中にいる少年は、シータの言う通り、タマキの声の大きさに負けて目を回しかけていた。
そんな彼らを少し離れて眺めながら、キイコは問いかける。
「でもよぉ、実際のところどうするつもりだ? 存在が消えないように認知するって言っても、はっきりとした方法なんて私は知らねえぞ? シータの言う通り、お前らが籍を入れて、そいつを養子にとるって手続きなら市役所でできるけどよ」
「うっ……」
少年を救うと決意しても具体案を持ち合わせていなかったタマキは、痛いところを突かれて小さく唸る。
これではヤトに「覚悟がない」と言われたことを、一切反省していないと言われても仕方がないありさまだ。
袋小路に陥るタマキの肩を、シータはぽんと叩いて親指をぐっと上に立てた。
「安心してください。僕に名案があります」
「え?」
嫌な予感がしつつも、タマキはシータの次の言葉を待つ。
シータは、タマキの腕の中を覗き込むと、ようやく耳鳴りが収まった様子の少年に提案した。
「少年さん、突然おばあちゃんができることに興味はありませんか?」
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