第11話 親としての実感が湧いています

 ヤトの神社から戻ってきた安穏に、シータとタマキは事のあらましを説明していた。


 自分の知らないうちに大きな決断が行われていたことを知り、安穏は頭を抱える。


「君たちさぁ、慌てて関係各所に行って帰ってきたら、すべてが決まってた時の僕の気持ち分かる!?」


「はい、分かります。『やったー』でしょうか?」


「迅速に事態が解決に向かうのはいいことですしね」


「違うよ!? 二人して何!?」


 いい年した痩せぎすのおっさんがぷんぷん怒る姿は、どこか情けなくて迫力が無い。


 その上、文句を言われている側のシータは、どれほど叱られても一切悪びれない性格をしており、隣で素直にお叱りを聞いているタマキも、自分が悪かったという自覚がないので困惑するばかりだ。


 その結果、安穏の怒りは一切、二人には響かず、空回りしていた。


 一方、当事者である少年は、そんな三人の様子を不安そうに伺っている。自分が原因で諍いが起きていると自覚しているのだろう。少年は、気まずそうに話に入ろうと何度も試みていたが、そのたびにココによって制止されていた。


「坊や、飴ちゃん食べる? お好み焼き味なんだけど」


「あ、ありがとうございます、いただきます」


「おっ! お礼が言えて偉いね~。大人でもお礼言えない人いるからねぇ」


 うりうりと頭をなで回され、少年はむずがゆそうにされるがままになる。


 その時、ふとシータは振り向いて言った。


「むっ、僕もお礼は言えます。飴がほしいです」


「いいよ。ほら、おいで」


「シータくん!!」


 説教の途中にマイペースに飴をもらいに行ってしまったシータに、安穏は叱責の言葉を飛ばす。だが、シータはそれを意にも介さずココのところに行ってしまい、残された安穏は大きくため息をつくしかなかった。


「もー……。ヤト様に確認したら、『お前たちの問題だから、お前たちが解決しろ』って言われたからいいけどさぁ」


 やれやれと首を振った後、安穏は改めてタマキに向き合った。


「それで? 君たちはどうやって事態を解決するつもり? おばあちゃんがどうとか言ってたよね?」


 真剣な面持ちの安穏に問いかけられ、タマキは彼の目を見ながら頷いた。


「はい。自分も明確には分かっていないのですが……、ミハネさんに祖母になってもらい、存在を認知してもらえれば、彼は実体を保てるようになるらしく」


「あーなるほど。ミハネ様は『舌禍』と『加護』の災厄を持ってるからね。そんな方に存在を認められれば解決はしそうだ。本能として子供が好きな種族だし、喜んで認知してくれるね、多分」


 安穏はあっさりと納得し、頷き返す。だが、すぐに視線を鋭くすると、タマキを険しい顔つきでにらみつけた。


「ところで、タマキくんは責任を持ってその行動に賛成してるんだよね?」


 責任。


 その言葉が意味するところはすぐに分かり、タマキは言葉を返す。


「それは、俺が彼の親になるということでしょうか」


「うん。書類上はきっとそうなるだろうしね」


 安穏は頷き、重々しく続けた。


「僕たち市役所職員は、困った市民のために問題を解決するのが使命だ。でも、だからこそ無責任に途中で放り出すような真似はしちゃダメだよね。救うと決意したなら、最後まで責任を持つ。それが、市役所職員としての義務だよ」


 上司として粛々と、安穏はタマキを諭す。タマキは緊張から顔をこわばらせながら、それを静かに傾聴した。


「突然こんなことになって戸惑うのは当然だよ。でも、この先君が親にならないとしても、あの少年が生きていけるだけの環境は整えてから手を離すこと。犬猫を拾うのとは訳が違うんだから。分かったね?」


「……はい、肝に銘じます」


 正直、あの少年を助けたいという思いは強く持っているが、自分が父親になるという覚悟ができているかは怪しいところだ。


 自分の父親は、生まれた時にはもういなかった。父親に育てられたことがないので、どうやって振る舞うのが父親として正しいのかも分からない。


 だけど、父親として慕われている以上は、その思いに応えてあげたい。自分は得られなかった父親からの愛情を、与えられるものなら与えてあげたい。


 静かに決意を固める彼に、シータはとことこと近寄ってきた。


「タマキ後輩、そろそろお母さんのところに行きましょう。運転は僕がしますので安心してください」


 きりっとした顔で宣言するシータに、タマキは渋い顔になる。


 この町にやってきた初日に、タマキは暴力的なまでのシータの運転の洗礼を浴びている。これから訪れる運命をはっきりと予期してしまったが、自分は運転免許を持っていないので、運転を代わるということもできない。


 タマキはおどおどと気まずそうにしている少年と手を繋ぐと、深刻な面持ちで彼に告げた。


「……坊や、シートベルトはしっかりするんだぞ」


「は、はい、分かりました……?」






 十数分後。


 案の定、厄対の公用車は、車道を猛スピードでかっ飛ばしていた。


 タマキと少年は後部座席でシートベルトを締めていたが、気を抜くと振動で座席から落ちてしまいそうだ。


「シ、シータさんっ、もっと安全運転を……!」


「大丈夫ですよ。これでも僕は無事故無違反です」


「それはトコヨ市に道交法がないからでは!?」


 爆走する公用車を見た他の車たちは、トラブルを起こしたくない、関わりたくない、と言わんばかりに次々に道を譲っていく。


 車はミハネの統治する南西区にさしかかり、窓の外には穏やかな町並みが流れていくのが見える。そのままシータの運転する車は、速やかに目的地に到着すると思われたが――


「ふむ、エンストですね。目的地は近いですし、一旦徒歩で向かってしまいましょうか」


 大して困っていなさそうな声色で、シータはぽんぽんと車を叩く。タマキは、すっかり目を回してしまった少年を車から引っ張り出して、優しく抱き上げた。


「……前々から思っていたのですが、こんな風に車を放置したら車上荒らしに遭いませんか?」


「大丈夫ですよ。厄対の車をわざわざ漁る命知らずは、この町にはいません。特に今は、厄対に『托卵』の僕がいると知られていますし」


「そんなものですか……?」


 どやっと偉そうに言うシータに、タマキは一応納得したという顔で相づちを打つ。


 そんなやりとりを聞いていた少年は、自分を腕の上に抱き上げながら歩き出したタマキに、恐る恐る尋ねてきた。


「あの、タマキさんたちって、そんなにすごい人たちなんですか……?」


 どうやら少し怖がられているらしい、とタマキは悟り、慌てて訂正する。


「別にすごくないよ。ちょっと物騒な仕事をしてるだけのただの地方公務員だ」


「はい。今度行われるトコフェスの運営も、僕たちが担当していますからね。ごくごく普通の市役所職員です」


「いえ、ごくごく普通ではないと思いますが」


「えっ」


 流れるように会話をするタマキとシータに、少年は首をかしげる。


「トコフェス……?」


「ああ、トコフェスというのは、トコヨ市を上げた大きなお祭りだよ。『客人まれびと』の歓待が一番の仕事なんだが……普通の地方のお祭りのように、屋台が出たり、体験コーナーがあったり、色々楽しいらしい」


「屋台の食べ物は美味しいです。お腹いっぱいに食べて、お母さんにおんぶされて帰るのは幸せでした。はい、これがチラシです」


 シータはポケットの中にしまっていた、ぐしゃぐしゃになったチラシを少年に手渡す。少年はそれを引っ張って伸ばしながら、目を輝かせてチラシを読み始めた。


「トコフェス……」


 ぽつりと呟かれたその言葉を聞き逃さなかったタマキは、数秒考えた後に、優しく提案した。


「坊や、君の存在をミハネさんに認知してもらったら、一緒にトコフェスに行かないか?」


「い、いいの……!?」


 少年は驚きで顔を上げ、タマキはシータに確認の視線を送る。


「シータさん、確かトコフェス中はローテーションでお休みがもらえるんでしたよね?」


「はい。そういうことであれば、僕のお役目の休憩も同じタイミングで取れるように調整してみます。何しろ、家族一緒にお祭りを回るのは楽しいので」


「家族……!」


 シータによって当然のように告げられた『家族』という言葉。


 その響きに少年は、目を輝かせて感激していた。


 少年のそんな様子を見ると、タマキは心が温かくなる思いがした。


 幸せになってほしい。不幸な目に遭わないでほしい。


 そんな単純な願いで胸が満たされ、タマキがこれが親から子供に向ける愛情か、と一人で納得していた。


 一方、シータは少年に目を向けて口を開き、少し固まった後に提案してきた。


「君の名前がないのは不便です。呼ぼうと思ったときに呼べません。到着したら、お母さんと一緒に考えることを提案します。何しろ、名前は実体を保つのに大切なものだとお母さんは言っていましたので」


 何気なく振られた話題に、少年はさらに明るい顔になる。タマキはそれをほほえましく思いながら、シータに同意した。


「そうですね。坊やもそれでいいか?」


「うん! 僕、名前がほしい!」


 満面の笑みで答える少年に、タマキとシータは自然と優しい表情になる。目的地へと歩みを進めながら、三人は穏やかに会話をしていた。


「どんな名前がいいでしょうか。タマキ後輩に案はありますか?」


「いえ、自分はこういうセンスには自信がなくて……」


「安心してください。僕も名前をつけるのは初体験です」


「……つまり、不安要素しかないということですね?」


「そうとも言えますね」


 二人の小気味いい会話に、少年はくすくすと笑う。


 そんなやりとりをしながら歩いていくと、前方に異様な建造物が現れた。


「さあ、着きましたよ。ここがウブメドリの巣です」


 シータは立ち止まり、その場所を指し示す。


 そこに広がっていたのは、平和な空気が流れる巨大な幼稚園だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る