第3話 巫女といっても色々あります
五分後、タマキはシータに手を引かれて、市役所の付近を歩いていた。
二人が歩く町並みは、いつも通り刺激的で平和なものだ。
数秒おきにどこかでクラクションが鳴らされ、喧嘩っ早いドライバーが窓を開け放って怒鳴り散らすのは当たり前。
対する歩行者も肝がすわりきっているので、車のクラクションを完全に無視して、まるでランウェイを歩くモデルのような堂々とした態度でチワワを散歩させながら車の前を横切っていく。
外の世界であれば警察の取り締まりがパンクするほどの交通治安の悪さだったが、そもそも文字通りの無法地帯であるトコヨ市に、譲り合いの精神など存在しないのだから無理もない。
そして、治安が悪いのは交通マナーだけではなく。
「おやおや、公僕くん〜?」
「おてて繋いでもらえないと歩けないんでちゅか~?」
なんとなくの流れで手を繋いだままの自分たちに、野次を飛ばしてくる品のない市民の存在も含めて、トコヨ市の日常だとタマキは認識している。だがそんな好奇の目が気にならないのかと言われれば、否だ。
タマキは、るんるん気分で自分の手を引っ張るシータに声をかけた。
「シータさん」
「何でしょう、タマキ後輩」
「そろそろ手を離してもらえないでしょうか。恥ずかしいです」
「え?」
シータは間抜けな声を上げて立ち止まり、心底不思議そうに尋ね返してきた。
「手を繋ぐのは恥ずかしいことなんですか?」
「あー……少なくとも同僚の成人男性二人が手を繋いで歩くのは、少し奇妙なものに見えるかと」
「そうだったんですね。それは失礼しました。さっきまでお母さんと手を繋いでいたのでつい癖で」
「お母さん……」
シータの母親といえば、ウブメドリのミハネだろう。
この町の有力者の一人であり、人間を全員我が子のように思っていることを除けば、比較的話が通じる相手だ。
タマキも一度、直接会話をしたことがあるが、たしかにあの時も手を繋いで歩かされた記憶がある。
「お母さん曰く、僕は手を繋いでいないとすぐにトラブルを起こすらしいので、一緒にいる時は絶対に手を繋ぐことになっているんです」
「その気持ちはよーく分かります」
ミハネの抱える心労がありありと理解でき、タマキは神妙な面持ちで深く頷く。シータはむすっと顔をしかめた。
「むっ。どういう意味ですか。僕はこれでも大人なので、トラブルを起こさずに生きることができます」
「でも、トラブルを起こす頻度は実際多いじゃないですか」
「むぅ……」
子供のように拗ねるシータに含み笑いをしてしまっているのをバレないように、タマキはさりげなく話題を変えながら歩き始めた。
「ところでさっきまで手を繋いでいたということは、午前中はミハネさんと出かけていたんですか?」
「はい。もうすぐトコフェスですので、『托卵』として最終調整を」
「最終調整?」
心当たりのない内容を話され、思わずタマキは聞き返す。シータはすぐに答えようとしたが、ぴたりと口の動きを止め、目を泳がせて考え込み始めた。
すぐにその理由を察したタマキは、慌ててシータを制止する。
「すみません、もし機密事項なら言わなくても……」
「いえ、市役所職員として運営側に回る以上、タマキ後輩も少しは関わってくることですので。……あ、おじさん。ケバブを2つください。一番辛いやつで」
シータはなんの前触れもなく立ち止まると、美味しそうな匂いを放つケバブ屋台に声をかけて注文する。そして、できあがったケバブのうちの一つを当たり前のようにタマキに手渡すと、それを食べながら話し始めた。
「簡単に言うと、僕のようなウブメドリに育てられて力を授かった『托卵』は、トコフェスで巫女のようなことをするんです」
「み、巫女!? 巫女ってあの神社の!?」
ケバブを勝手に注文されたという事実を突っ込む前に、さらなる爆弾発言を落とされ、タマキは大声で聞き返す。シータはキーンと片耳を押さえた後、冷静に言った。
「巫女と言っても女装をするわけではありません。儀式なので化粧はさせられますが」
「そ、そうですよね、びっくりした……」
「僕たちの役割は、『
詳しい理屈は分からないが、事情だけは飲み込むことができ、タマキは「なるほど」と頷く。
口下手なことが唯一の欠点だと自称しているシータという人間に、通訳などという仕事をさせていいのかという懸念が喉まで出かけたが、そこにはあえて気づかなかったことにした。
仮に自分がここで反対しても、変わるものではないだろうし、何よりシータのそういった性質はミハネが一番よく分かっているはずだ。大丈夫だからシータにやらせているのだろう。多分。
「なので、トコフェス開催期間中は、厄対のみんなとは別行動になることが多くなります。タマキ後輩も僕がいないと寂しくて不安かと思いますが、どうか泣かないでくださいね」
まるで幼い子供を宥めるような口調のシータに、タマキは内心、ほんの少しだけムッとする。彼がこちらを馬鹿にしているわけではないことは分かっていたが、寂しくて泣くと思われているのは不愉快だ。
タマキは、自分が不在になるせいできっと寂しい思いをさせてしまうと思い、申し訳なさそうにしているシータに、スパンと言い放った。
「いえ、別に寂しくありませんが」
「えっ」
自己評価が高すぎるシータは、予想外の返しをされたせいで、間抜けな顔をして固まった。
その表情がツボに入ってしまい、タマキは笑い出しそうになるのを咳払いで誤魔化した。
「んんっ、そろそろ戻りましょうか。休憩に付き合っていただいてありがとうございました」
「タマキ後輩? 嘘ですよね? 寂しいですよね? 僕がいないと嫌ですよね?」
まるで、過保護に育ててきた子供から突然親離れを宣言された保護者のように、シータはおろおろと狼狽しながら、タマキを追いかけていく。
「僕は優秀な先輩ですよ? 頼り甲斐があるはずですし頼ってもらってもいいんですよ? 聞いていますかタマキ後輩」
「はは、聞いてます聞いてます。頼りにもしてますよ」
「そうですか。では僕がいないと寂しいですね?」
「いえ全く」
「えっ?」
まるでバグを起こしたロボットのように固まってしまうシータを見て、タマキはとうとう我慢できずに噴き出して笑い始めた。
「ふふ、あっははは!」
「むっ……笑っているということは、僕を揶揄ったんですね? 酷いです。ショックを受けました」
「んふふっ、それについてはすみませんでした。俺はただ、寂しくて泣くほど子供じゃないと伝えたかったんです」
意思の疎通が苦手なシータのために、回りくどくない言い方ではっきりと伝えると、シータはぽんと手を叩いて納得した。
「なるほど。タマキ後輩は僕より年上ですし、子供がいてもおかしくないぐらい大人のおじさんということですね。僕はまだまだ若いので思い至りませんでした」
「は?」
爆弾発言をしたシータは、そうとは気づかずにすっきりした顔で歩いていく。
対するタマキはショックでその場に立ち尽くし、手にしていたケバブからいくつか中身が地面に落ちた。それを狙ったハトとカラスがけたたましい鳴き声とともに争い始める。
「お、おじさん……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます