魔法使い−3

 あたふたしているトリス様の様子を見ていると、ベスが少し呆れたような声音でトリス様に話しかけた。


「お母様、問題ありませんわ。私とエドがドリーを守りますわ」

「ベスはともかく、エドなら」

「お母様!」


 戦闘は俺よりベスの方が強いのだがな……。

 トリス様の冗談ではあろうが、心配の裏返しのような気もする。


「ベスは決めたら諦めませんからね。後継以外の貴族がダンジョンに行くのは推奨されてはいますが、女性では珍しいのですからね?」

「分かっておりますわ」


 リング王国では魔法使いが優遇されているように、ダンジョンへ入ることも推奨されている。

 最も魔法使いとは違って、ダンジョンに関してはほとんどの国が入ることを推奨しているようだ。


 ダンジョンから持ち帰る資源は重要で、特に食料に関してはダンジョンに依存している都市も多いのだと教わっている。

 アルバトロスに関してはダンジョンがなくとも食料は足りるが、ダンジョンから持ち帰られる資源がなければ、物価が高くなってしまうほどには影響力があるようだ。


「返事だけはいいのですから。私が許可を出さなければベスは屋敷を抜け出して、ギルドに勝手に登録してダンジョンに行っていたでしょ?」


 ベスは黙り込んで視線を彷徨わせている。咄嗟に言い訳が思いつかなかったのだろうか。

 ベスの様子からトリス様が言った通りの計画を立てていたようだ。ベスらしいと言えるが、貴族令嬢がやることではないだろう。


「抜け出されるよりも許可を出した方がまだましです。貴族としての勤めをし、エリザベス商会についてしっかりやっていればダンジョンに行っていても問題ありません」

「分かりましたわ」


 ダンジョンに行くなと言われなかったからか、ベスは硬い表情から安堵したように柔らかい表情に変わった。




 昨日はトリス様と話していたので錬金術を教えてもらえる人に会う暇がなかった。

 魔法の練習が終わったら会いに行く予定だ。


 エマ師匠とエレン師匠から、治癒魔法や攻撃魔法の基礎を習う。

 昨日までと違って魔力を残すようにと言われる。魔法使いは魔力が無くなったら魔法が使えないので、魔力は節約する必要があるようだ。


 魔法の練習が終わった後は協会を移動する。

 協会は広いので今まで来たことがない場所にまで来た。エマ師匠がここは一部屋が広いのだと教えてくれる。

 確かに扉と扉の間隔が広い。


「ジョー、起きていますか?」


 エマ師匠は昼近いのに起きているか確認している。錬金術をする人は昼夜逆転することが多いと以前に言っていたな。


「何じゃ?」


 出てきたのは髭を生やした男性で、俺より背が少し高い。白髪混じりだろうか灰色の髪と髭を編み込んで、バイキングのようだ。年齢が読み取りにくいが白髪混じりなので結構な歳なのかもしれない。


「エマか。どうしたんじゃ?」

「弟子を連れてきました。以前に錬金術を教えて欲しいとお願いしていた弟子です」

「ああ。以前聞いた話か。もう少し後じゃと思っておったぞ。それなら中に入って話そうじゃないか」


 魔法使いは俺たちを部屋の中に招き入れてくれた。

 部屋の中は俺とドリーが住んでいる部屋よりかなり広く、大きな机に何に使うか分からない道具が大量にあり、部屋の一角には炉のようなものまである。

 ここまで広いと思っていなかったので驚く。


「散らかっていてすまんな。ワシはジョゼフと言う。ジョーと呼んでくれ。錬金術は魔道具の方が得意だが、魔法薬も作れるぞ」

「エドワードと言います。エドと呼んでください」

「ドリーはドロシーっていうの」

「エドにドリーだな。よろしく」


 ベスとジョーは知り合いのようで、簡単に挨拶をしている。

 今日は挨拶をするだけのつもりだったが、ジョーが魔道具と魔法薬について簡単に教えてくれた。


 魔法薬は薬師が作る薬に魔力を一定量混ぜ合わせるとできるようだ。なので本格的に魔法薬を作るなら、薬師組合に所属できるほどの技術が必要だと言われた。


 魔道具に関しては魔力を混ぜるのと、俺たちが着ているポンチョのように模様を書き込むことで魔道具に変わるようだ。更に魔道具には二種類あって、魔法使いの魔力を使うものと、魔力を貯める石を取り付ける物だ。

 魔道具で消費する魔力は少量なので、魔法使いは魔力を貯める石なしで使うことがほとんどらしい。


「今日のところはこんなもんじゃな」

「ありがとうございます」


 錬金術に興味がなさそうなベスが心配だったが、シャンプーを作っていたのが良かったようで、ジョーの話をしっかり聞いているようだった。


「ジョー、三人はダンジョンに行くのだけれど、何かいい装備はない?」

「ダンジョンか。倉庫にあるものは好きに持って行っていいぞ」


 ジョーが倉庫と言いながら指差した場所には扉があった。大きな部屋とは別の部屋があるようだ。

 部屋の中はそう広くはないが、棚に大量の武器や防具が置かれていた。種類ごとに分けてはあるが、雑に放り込まれているのが分かる。


「凄い量だな」

「探すのも大変そうですわね」

「それならワシが選んでやろう」


 ジョーが体に合う防具を探し出してくれ、俺には更に剣と盾を選んでくれた。他にも短剣や採取道具をもらい、物を入れるための鞄をくれる。

 弓は持っているので遠慮しようとしたが、魔道具の弓かと聞かれた。


「ここに置いてあるのは全部魔道具じゃから持って行った方がいいぞ」

「魔道具だったのか」


 弓ももらっていくことにした。

 矢に関しては魔道具のものもあるが、消耗品なので普通の矢を使うことを勧められる。

 確かに毎回矢を作り直していては大変そうだ。


 ジョーにお金を払おうとすると、試作品で埃をかぶっていた物だからいらないと言われてしまった。

 確かに倉庫にはまだ大量にあって、今回はもらっておくことにする。


「武器と防具は丁度良いように直しておく。ところでダンジョンの地図は持っておるんか?」

「持ってないけど、地図なんてあるの?」

「ワシも聞いただけじゃが、ギルドに行けばもらえるらしいぞ」


 他にもギルドでダンジョンについて聞いておいた方が良さそうだ。

 ベスにどうするか尋ねるとギルドに一緒に行くというので、ギルドへ向かうことにする。

 ジョーにお礼を言って部屋を出る。


 協会の馬車に乗ってギルドに行くと、ライノがすぐに対応してくれ、個室へ案内された。


「今日はどうした?」

「ダンジョンに行く準備をしてるんだけど、ダンジョンの地図があるって聞いたんだけど」

「ああ、あるぞ」


 ライノは椅子から立ち上がると部屋を出ていった、すぐに地図を持って帰ってきた。

 地図は思ったより詳しく書き込まれており、採取場所まで書かれている。


「一応尋ねたいのですが、エリザベス様もダンジョンに向かうので?」

「もちろんですわ」


 ベスの返事を聞いたライノが俺たちから視線を外して遠い目をしている。

 ライノでもベスがダンジョンに向かうのは衝撃のようだ。


 ライノから武器防具はしっかり揃えたかと尋ねられたので、先ほどジョーから譲ってもらった装備があると伝える。


「それなら良いな。採取道具や鞄は?」

「それも、もらいました」

「そうか。後は……。エドは運が良い方か?」


 運……?

 俺の生い立ちを考えると運が良いとは言えない。俺とドリーは同じ境遇だが、ドリーはとても運が良い時がある。


「ドリーは運が良いかな?」

「相当運が良くないと見つからないが、ダンジョンでは宝箱を見つけることがある。宝箱の鍵を開けるために道具が必要だ」


 ライノは鍵を開けるための道具を出してきた。


「宝箱は滅多に見つからないので基本はお守り代わりだな。どうする?」

「それならお守りのつもりで買っておきます」


 ライノから言われた値段は思ったより安かった。

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