魔法使い−2

 魔法に指向をつけ始めて一週間たった。

 攻撃魔法を中心に覚えているが、治癒魔法もテレサさんとの訓練でできた傷を治すことで上手くなってきた。

 ベスも最初は治癒魔法を苦労していたが、エマ師匠から治癒魔法を勉強するときに使う書籍を借りてからは上達する速度がはやい。


 書籍は人体の構造について絵で描かれており、俺とドリーも一緒に見させてもらっている。

 前世では人体の構造が描かれた物はあったが、今世では初めて見た。人間の臓器や骨の位置は同じのようだ。


 俺とドリーは薬師的な視線で人体の構造を見ているが、ベスの場合急所はここにあるのかと、また違った視点で勉強しているようだ。

 エマ師匠もベスの理由に苦笑していたが、治癒魔法はかなり上達しているので効果はあるのだろう。


「三人とも魔法使いとして名乗るに十分な技量を手に入れました。最低でも三ヶ月は普通かかりますが、二ヶ月半で覚えられましたからかなり早いですね」

「エマ師匠とエレン師匠のおかげです」


 ベスも俺と同じようにエマ師匠とエレン師匠にお礼を言っている。

 ドリーも「エマししょー、エレンししょー」と言って二人に抱きついて感謝を伝えている。

 アルバトロスに来てからドリーは随分と表情や感情を表に出すようになった。良い変化に俺は嬉しくなる。


「ドリーは魔法使い!」

「私もですわ」


 ドリーは今度、ベスに抱きついて喜んでいる。魔法使いになれたのがよっぽど嬉しかったようだ。

 ドリーが落ち着いたところでエレン師匠が話し始めた。


「今後は攻撃魔法、治癒魔法、建築魔法、集団魔法、そして錬金術の基礎を教え、自分に合った魔法を極めていくことになります」


 エマ師匠とエレン師匠が基礎は教えてくれるようだが、得意分野以外の応用までは難しいようだ。


 三人ともが治療魔法と攻撃魔法は覚えるつもりなので、治癒魔法はエマ師匠が、攻撃魔法はエレン師匠が今後も教えてくれることになっている。

 俺とドリーは錬金術で魔法薬を作る予定だ。錬金術を教えてくれる師匠は後で紹介してくれるようだ。


「魔法使いになれたのですから、ダンジョンに行けますわ!」


 そういえばダンジョンに行くのは魔法を使えるようになってからだったな。

 以前は毎日のように行っていた狩猟も、エリザベス商会のことをしていたり、俺とドリーの勉強があったりと回数が減っていた。

 俺はベスと同じようにダンジョンに行きたいが、ドリーはどう思っているか聞いていない。というかトリス様がどんな反応をするのだろうか?


「ドリーもいく!」


 ドリーにダンジョンに行くか待っているかを尋ねる前に答えが出た。


「ドリー、ダンジョンは危ない場所だから無理しなくて良いんだよ?」

「ドリーも、にーちゃとベスといく!」


 俺の聞き方が悪かっただろうか? 置いていかれると思ってしまったのかもしれない。


「ドリー、置いて行きませんわ」

「ドリーもベスとダンジョンいく」

「ええ。私がドリーを守りますわ」

「ドリーがベスを守る!」

「それですと、エドの仕事が取られてしまいますわね」


 意地でも付いてくる気になってしまったドリーをベスが宥めてくれた。


「なら俺はベスとドリー、どちらも守るよ」

「お願いしますわ」

「うん!」


 ドリーの機嫌は治ったようだ。

 最近ドリーを可愛がっているトリス様がどのような反応をするか心配だが、俺やベスもダンジョンに行く許可を取る必要があるだろう。

 ベスに相談すると、今日はトリス様に時間があるかもしれないと言うので屋敷に向かうことにする。


「ドリー、よく来ました」

「お母さん!」


 ドリーはトリス様に抱きついた後、隣に座った。

 トリス様の可愛がり具合を見ると、ダンジョンにドリーを連れていくと言ったらどうなるか心配になる。


「お母様。魔法使いに相応しいだけの技量を手に入れましたわ」

「随分と短期間で習得しましたね。約束していたダンジョンについては行くことを許可します」


 ベスが喜んでいると、テレサさんが話に入ってきた。


「ベアトリス様。私も共にダンジョンへ入る許可をいただけますでしょうか」

「分かっていると思いますが、私にテレサがダンジョンに入るための許可を出す権限はありません」


 俺はテレサさんも一緒にダンジョンに入るのだと思っていた。トリス様にもダンジョンに入る許可を出す権限がないのは驚きだ。


「それでは私の判断でダンジョンへと向かいます」

「テレサ・フォン・アッダ。それは騎士として受けた任務の範囲を逸脱していると受け取られてしまいます。騎士をやめることになってしまいます」

「騎士を辞めることになっても構いません」

「テレサが騎士を辞めるなど、私は国王陛下になんとお伝えすればいいか分かりません」


 国王陛下?

 騎士には大きく分けて二種類いるのだと習った。辺境伯などが叙爵できる騎士と、国王陛下が叙爵する騎士の二つだ。

 二つに大きな差はないが、所属する軍が違うので命令系統が別になっている。


 俺はテレサさんは辺境伯の騎士だと思っていたが、国王陛下の騎士だったようだ。

 トリス様は国王陛下の騎士に命令できないのは当然だ。命令違反となれば騎士の身分を剥奪されるだけで済めば罰としては軽い物だろう。


「テレサ、私のために騎士を辞めるなんてダメですわ」

「騎士を辞めることになろうとも、護衛騎士として使命を全う致します」

「テレサ、気持ちは嬉しいですの。ですが私の我儘を聞いて鍛錬をつけてくれた、テレサが騎士を辞めることになるなんて嫌ですわ」

「辞めることになっても構いません。エリザベス様は騎士を目指していた頃の私にそっくりなのですから」


 ベスはテレサさんが騎士を辞めないようにと説得しているが、テレサさんも引く様子がない。


「私はテレサに似ているのかもしれません。ですが私の目標は騎士ではありませんわ。それでも似ているのなら、テレサがどれだけ必死に鍛錬をして騎士になったのかも分かります」

「エリザベス様」

「テレサが私のために騎士を辞めるなんて我慢できませんわ」


 ベスの説得にテレサさんが黙り込んだ。


「テレサ、私は死にに行くつもりはありません。鍛錬の続きとしてダンジョンに行くのです」

「エリザベス様……。分かりました。騎士としてお帰りをお待ちしております」


 ベスは何とかテレサさんの説得を成功させたようだ。

 トリス様も安堵したのか珍しく息を大きく吐き出している。


「ベス、死にに行くつもりはないと言いましたがダンジョンが危険なことはわかっていますね?」

「もちろんですわ」

「エドに止まれと言われたら止まるのですよ?」

「分かっていますわ。ドリーも一緒ですから慎重に行きますわ」


 ベスの話を聞いたトリス様は一瞬止まって、隣に座っていたドリーに顔を近づけている。


「ドリーもダンジョンに行くのですか?」

「うん!」

「ダンジョンは危ないですよ?」

「ドリーも魔法使い」

「そうですが……」


 先ほどと同じようにドリーが意地になってしまう前に、トリス様にダンジョンで無茶はしないことを説明する。それと置いていかれるのを嫌がりそうだと伝えると、トリス様も納得したようだ。


「エドと離れるのが問題ですか」

「はい。ダンジョンに何回か行った後にまた尋ねてみようと思います」

「そのほうが良さそうですね」


 トリス様はベスにはすぐに許可を出したが、ドリーがダンジョンに行くのは心配なのか、ダンジョンが嫌になったら一緒に待っていようなどと話している。


「ドリーはダンジョンいくのたのしみなの!」

 ドリーはトリス様の話が通じているのか、いないのか……。トリス様を見るとあたふたとしている。

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