魔法使い−1
協会の訓練場でいつものように集合したところで、エレン師匠から今日から違う方法で練習をすると言われた。
一ヶ月以上魔力を分ける練習をしていたので、魔力の制御はかなり安定している。
正直一ヶ月も同じ練習だったので飽きてきていた。
「これからは魔法に指向を付けます」
しこう?
言われた意味が分からず首を捻っているとエマ師匠が説明してくれた。
「指向は進め、止まれ。特定の場所に飛んで行けという方向と目的ですね」
今までは水の玉を出していただけだが、そこから更に魔法を動かすのか。
確かに今のままでは攻撃ができない。
「実は既に魔法へ浮くという指向がつけられています」
エマ師匠に言われて気づくが、なんで水が浮いているんだ? 水は重力がある場所では浮かぶものではない。
魔法だから浮かんでいるものだと思っていたが、理由を教えられると疑問に思えてくる。
「魔法が暴走すると指向自体が消えてしまうので、水の玉は落ちてきます。エドが最初に魔法を使って暴走した時、消すのが遅れてしまったのでエドは水を飲んでしまいました」
最初に魔法を使った時、溺れたような感覚があったのは覚えている。
なるほど。魔法は制御ができなくなると呼び出された水は残るが、指向がなくなるのか。
「水の場合は少し水を飲む程度で済みますが、土や火で暴走すると死ぬ可能性が高いです」
土で暴走したら上から土が降ってくることになるし、火で暴走しても同じように火が降ってくるのか。
しかも暴走すると意識が途切れる。気づいた時には死んでいそうだ。
魔法について教えないようにする理由がよく分かった。下手に何か使えば死ぬ可能性が高い。
なんとなくだが、魔法や指向について理解ができた。
ベスとドリーを確認すると、難しい顔で首を捻っている。
「理論的に話すとややこしいかもしれませんが、魔法は想像通りに動くと思えば良いです」
「想像通りですの?」
「そうです。言葉で説明するより、一度魔法で試してみましょう」
「分かりましたわ」
エマ師匠が少なめの魔力で水の玉を出すように指示してきた。
俺たちは水の玉を出すと浮かばせる。
「まずはできるだけ遠くに投げるつもりで飛ばしてください」
俺は返事をして水の玉を遠くに飛ばす。
すると遠くなるほど制御が効かなくなって行く。最終的には制御ができなくなって、水の玉は訓練場の地面へと落ちてしまった。
ベスとドリーを確認すると同じように水の玉が地面に落ちてしまったようだ。
「実際にやってみて分かったと思いますが、魔法は遠くなる程制御が難しくなり、最終的には制御できなくなります」
実践してみると投げるという指向や、距離が遠くなるほど魔法の制御が難しくなるのがよく分かった。
ベスやドリーも先ほどの難しい顔から、いつもの顔に戻って頷いている。
「魔法を制御できる距離を伸ばすには、使用する魔力が多いほど距離は伸びます」
「距離も伸ばせるんですね」
「個人の技量にもよりますが、魔力量を増やせば倍以上伸ばせる人もいます」
使用する魔力が多いほど距離が伸ばせるのは良いが、魔力を節約する必要がある場合には微妙かもしれない。
練習はして置いたほうが良さそうだが、使い所が難しそうだ。
「指向と合わせて覚えて置いて欲しいのが、魔法を変えたり、目的や方向を変えると魔力は徐々に減っていきます」
「水の玉を投げた時点で減っていたと言うことですか?」
「そうです。投げる程度では誤差の範囲ですが、錬金術では一定量の魔力が必要な作業があります」
俺とドリーは錬金術で魔法薬を作る可能性が高い。エマ師匠は魔力量を間違えないように注意してくれたようだ。
「魔力が減るといっても少量なのでそう気にする必要はありません。それに攻撃魔法では指向次第で威力が上がります」
「魔力が減るのに威力が上がるんですか?」
「水の玉は浮いているだけでは攻撃魔法になりませんが、相手に向かって投げて当てられれば攻撃魔法です。水の玉が当たっても痛くはないので、まずは違う魔法に変えるべきですね」
位置エネルギーと同じことが魔法でも起きているようだ。
どの程度投げる速度を上げられるかは分からないが、速度を上げ続ければ水の玉でも痛みを感じられそうだ。
しかし速度を上げるのに大量の魔力が必要な場合は、他の魔法に変えたほうが魔力効率が良いという話なのだろう。
「それでは魔法を変化させたり、指向を変えて色々と試してみてください」
エマ師匠に言われて魔法を試そうとしたところで止められた。
「言い忘れました。今日は魔力を残しておいてください」
「はい。何故残すのか聞いても良いですか?」
「テレサ卿との鍛錬が終わった後の傷を自力で治してもらいます」
テレサさんを確認すると笑顔だった。今日の鍛錬は大変そうだ……。
気を取り直して魔法の練習をしていく。
魔法を変化させ、指向を変える。
エレン師匠が止めたところで魔力を残して一旦魔法の練習は終わった。
「テレサ卿との鍛錬の前に魔法使いとしての心得を話します」
魔法使いの心得とは勉強とは違う感じだ。
「指向が安定して使えるようになれば、魔法使いとして名乗れるだけの技量を得ます。同時に魔法使いとしての責務を負うことになります」
責務とは中々重たい言葉だ。
「魔法使いの犯罪者が出た場合、魔法使いを無力化するのは協会所属の魔法使いです」
魔法使いを無力化するのか。
あれ? 魔法使いを無力化する方法ってあるのだろうか?
魔力が回復してしまう魔法使いは常に魔力を無くすことが無理だ。魔力の回復には睡眠と食事が必要だが、どちらも無くせば人間は死んでしまう。
「魔法使いが軽い罪で協力的であれば拘束するだけですが、重罪であった場合には討ち取る必要があります」
予想通りの答えに俺は絶句する。
「リング王国内であればそこまで心配することはありません。魔法を使える人は身元を調べられて協会に所属しています。国外から来る魔法使いについては、港側は協会が見張っており、魔法使いが入ってくれば身元を確認します」
エレンさんがベスを見ながら例外もあると苦い表情をしている。
そういえばベスに魔法を最初に教えた魔法使いは詐欺師みたいな人だと言われたな。
協会が調べるのも完璧ではないのか。
「協会が認知していないところで、魔法を覚えたりしていないのですか?」
「リング王国では聞いたことはありませんね。魔法使いを排除している国もあるので、秘密裏に教えたり、非常に稀ですが自力で魔法を覚える可能性はあります」
「魔法使いを排除している国があるんですか?」
「あります。魔法使いが殺戮を繰り返し、国というよりも国民が魔法使いを拒否してしまっています」
魔法使いにも凶悪な人もいるようだ。
リング王国では魔法使いが尊敬されているようだが、他国ではまた違うのか。
そんなリング王国でも魔法使いの心得を教えられているのだから、凶悪な魔法使いが出たことはあるのだろう。
「心得については以上です」
エレン師匠の話が終わったところで、テレサさんから近接の鍛錬を受けて傷だらけにされる。
息も絶え絶えになりながら、必死に治療魔法を施した。
俺とドリーは薬師の知識が役に立ったようで魔法をすぐに使えたが、ベスは薬師の知識がないので苦労している様子だ。
エマ師匠が助言をすると、時間はかかったがベスも治すことができたようだ。
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