エリザベス商会−6

 エリザベス商会が動き出し、バーバラさんがシャンプーとコンディショナーを作り始めた。

 おかげで俺とドリーは時間ができた。

 空き時間ができると、トリス様から貴族としての知識を教える人を紹介された。


 俺にはスチュアートさんという、メガロケロス家で以前執事をしていた高齢の男性から貴族の常識を教わることになった。

 ドリーは以前に屋敷の案内をしてくれた、アビゲイルという侍女から令嬢教育を受けている。


 空き時間に勉強を始めて三週間ほどがたった。

 今日も屋敷の一室でスチュアートさんからリング王国の地理について教わっていると、セオさんが部屋に入ってきた。

 俺はセオさんに挨拶をする。


「エドさん、水車が動き出したので見学に行きませんか?」

「十三地区は治安が悪いのに俺が行って良いんですか?」

「エマ様とエレン様のお陰で水車周りは安全になりました」

「そういえば少し前に、エマ師匠とエレン師匠に何かお願いしてましたね」

「ええ。お陰様で随分と楽になりました」


 一週間ほど前にセオさんが協会に来て、エマ師匠やエレン師匠と何か話していたのは知っている。

 エマ師匠とエレン師匠は、何人か魔法使いを連れて出かけていた。あれは十三地区へ行くためだったのか。


 しかしセオさんはエマ師匠とエレン師匠の話をしたあたりから、何故か嘘くさい笑顔を顔に貼り付けている。

 何かあったのだろうか?


「それと水車に向かう許可が出たのはエリザベス様もです」

「ベスも良いんですか?」

「ええ。ベアトリス様から許可が出ました。それと姉のテレサが兵士に変装させるのと、言っていました」


 流石にまだ兵士の格好で連れていくのは無理なようだ。

 そんなに急に治安が良くなるなら、辺境伯も十三地区の問題をすぐに解決しているだろう。


 ベスは許可が出ているなら行くと言うだろう。

 トリス様の許可が出ているなら俺が心配するようなことも無さそうなので、セオさんに行くと伝える。

 十三地区には明日向かうことになった。随分と急だが準備は以前からされていたようだ。


「馬車は協会のものを使いますので、協会集合となります」

「協会集合なんですか?」

「ええ。辺境伯の紋章がついた馬車は使えませんから」

「なるほど」


 辺境伯の紋章がついた馬車など、兵士が十三地区に入るより危ないと俺にもわかる。

 協会の馬車を使うのは、当然といえば当然か。




 次の日、協会で魔法の訓練をした後、馬車に乗って十三地区へと向かう。

 馬車の中ではテレサさんから不用意に離れないようにと注意された。ベスもテレサさんの注意に頷いているが、緊張しているのか表情が硬い。


 俺も緊張している自覚はあるので、ベスと話すことでお互いに緊張が解けないかと喋っていると、馬車の中から見ている風景が変わってきた。

 アルバトロスの街並みは石造りの家が多いのだが、ターブ村で生活していたような木で作られ、作りが甘い隙間風が多そうな家が並んでいる。

 十三地区に入ったのだと理解した。


 道は細くなっていき、馬車が一台通るのがやっとの道になってくる。

 外を眺めていると細い道から抜け出して、大きな広場となっているような場所を馬車が通っている。

 瓦礫が積み上がっていたりして、どこか違和感を感じる場所だった。


 馬車は更に進むと水の音がし始めた。どうやら川の近くまで来たようだ。

 馬車は少し進んだところで止まった。

 テレサさんが先に降り、一緒に来た兵士に指示を出しているのが見える。


「降りて構いません」


 馬車を降りるとそこには石造りの水車小屋があり、小屋の外に設置された水車が回っているのが見える。


 青い空に対岸の遠い大きな川。

 俺たちの居る岸側には水車小屋が等間隔に並んでいるのが見える。


「エドさんは水車の近くに来るのは初めてでしたか?」

「セオさん。アルバトロスに来た時に川側から水車は見ましたが凄いですね」

「ここまで多くの水車を揃えている都市は珍しいですよ」


 セオさんは俺と話した後に水車へと向かっていった。

 俺たちはテレサさんから離れず待っていると、セオさんが一人の少女を連れて戻ってきた。

 年頃は俺やベスと同じくらいだろうか。髪の色は灰色だが濃さがまだらなのか濃い部分と薄い部分が見える。


「彼女はアンです。バーバラのお弟子さんです」

「アンです。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」

「私はベスですわ。バーバラから色々と聞いているとは思いますが、無理をする必要はありませんわ」


 ベスは十三地区だからか本名を名乗らなかった。緊張している様子のアンさんに緊張する必要はないと微笑んでいる。

 アンさんが落ち着いた後に俺たちも名乗った。


「アンさん。今不自由してることはありませんか?」

「セオドアさんが準備をしてくださっているので今のところ問題はありません。私のことはアンで構いません」

「分かったよアン」


 確かに雇ってる側にかしこまられるのもやりにくそうだ。

 年齢が同じくらいに見えるので、ベスに話すように対等に話そうと意識する。


 次はアンとセオさんの二人が水車小屋での作業を説明してくれるようだ。

 水車小屋は見た目は大きいが、中に色々と物が置いてあって狭いとのことだったので、俺たちは順番に中を見学する。

 水車小屋の中は大きな桶が置いてあり、その中に大量の材料が投入されて混ぜられている。


 俺、ドリー、ベスが一日で作る分以上の量が一度で混ぜられているようだ。

 混ぜられたシャンプーやコンディショナーは樽に詰められて、十三地区から運び出されるのだとセオさんが教えてくれた。


「二基目の水車も近いうちに稼働予定です」

「もう二基目を稼働させるんですか?」

「はい。協会の魔法使いが非常に協力的でして」


 俺たちが順番に水車を見学した後、セオさんから増産について教えられた。

 すでに一基では足りないほどのシャンプーとコンディショナーの需要があるのだとセオさんが言う。

 少々配り過ぎたようだ。


 魔法使いが協力的なのもシャンプーとコンディショナーを渡せという要求なのだろう。


「エドさん、他に何か気になることはありませんか?」


 俺は水車小屋の中で樽を運んだりと力仕事をしていた冒険者が気になった。


「冒険者は問題なさそう?」

「今は短期の契約中ですね。作業が合わない場合もあるでしょうし、今後続けても問題がないようでしたら長期の契約に移行します」

「なるほど」


 護衛という目的はあるが、実際の作業内容は荷運びが多くなるだろう。

 駆け出しの冒険者であれば荷運びなどもしたかもしれないが、護衛ができるような経験豊富な人が荷運びを長期間やりたいかは謎ではある。

 だからセオさんも最初は短期の契約にしたのだと思う。


「アンは護衛の冒険者については問題ない?」

「はい。薬屋の常連に護衛をしていただいているので、安心しています」

「それなら良かった」


 アンに聞きたいことを聞いたところで、作業に戻ってもらった。


「思ったより順調に進んでいますので、今後は十三地区への炊き出しを考えています」

「炊き出しなんてできるんですか?」

「バーバラの知人を集めれば、炊き出しも可能ではないかという話になりました」

「安全が確保できるなら是非お願いしたいです」

「ええ。安全ですとも」


 セオさんは昨日と同じ嘘くさい笑顔を貼り付けている。

 エマ師匠とエレン師匠が十三地区で何かしたのか……? 二人の様子を確認するが笑顔で何も読み取れない。

 三人の様子を見るに何となく言いたくないのだと理解した。問題のないのなら炊き出しの話を進めてもらうことにする。

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