エリザベス商会−5
エリザベス商会は立ち上がったが特にやることは変わらない。
むしろ俺やドリーがやれることは限られている。セオさんから頼まれたシャンプーとコンディショナーの新しい香りの開発をしている。
商会とは関係ないが、裁縫師から服について意見は何度か聞かれた。
何故か夏用のドレスも作ることになったようだ。今から作って間に合うのだろうか?
エリザベス商会の立ち上げから二日。
セオさんから薬師組合で話がしたいと言われ、俺たちは魔法の練習をしてから組合へと向かう。
グレゴリーさんに出迎えられていつものように個室へと向かう。
部屋には初めてみる初老程度であろう女性とライノが居た。
グレゴリーさんの紹介で女性がバーバラさんであると分かった。
「薬屋をやっているバーバラだよ」
俺たちも順番に挨拶をしていく。ベスは挨拶の時に苗字を名乗らなかった。
バーバラさんは喋り方が若干ぶっきらぼうで愛想はなさそうに感じるが、俺とドリーに薬師のことを教えてくれたオジジのような優しい目をしており、面倒見が良さそうな雰囲気がある。
十三地区に近い場所に住んでいるようだし、丁寧に話すことがあまりないのかもしれない。
俺やドリーは無愛想な人にも慣れているが、ベスが心配で様子を伺うと気にした様子はない。
「一つ聞いても良いかい? グレゴリーから話は聞いているんだけれど、何故私が選ばれたか聞きたくてね。十三地区の付近には他にも薬師はいるじゃないかい」
「最初は弟子が多いことで目に止まりました」
「弟子? ……そういえば組合の書類には弟子全て書かれるんだったね。確かに私くらい弟子が多いのは他に聞いたことがないね」
弟子の多さから、十三地区の話となった事を説明する。
以降はバーバラさんも聞いた話のようで、頷いた後に話を止められた。
「分かったよ。グレゴリーがついてるとはいえ、まだ子供といえる年齢だからね。どの程度本気なのかが気になったのさ」
口は悪いが、俺とドリーを見る目が優しい。バーバラさんが心配をしてくれたのだと分かった。
「私の名前を使うのですから本気ですわ」
「あんたはエリザベスだったかい?」
……あれ?
バーバラさん、ベスが辺境伯の娘だって気づいてない? 挨拶の時にエリザベスとしか確かに名乗ってはいなかったけど……。
グレゴリーさんとセオさんの方を確認すると焦っているのが分かる。
「ん……? エリザベス?」
バーバラさんが違和感に気づいたようだ。
グレゴリーさんがバーバラさんに近づこうとしたところで、ベスが止めた。
「私はエリザベス・フォン・メガロケロスですわ」
「あ! え! し、失礼しました」
「家名を名乗らなかったのは正式な訪問ではないからですし、気にする必要はありませんわ」
バーバラさんはやはりベスが辺境伯の娘だと気づいていなかったようだ。
俺とドリーと同じように、ポンチョを着ているのが分かりにくかったのかもしれない。
この場の話し合いにベスがいることで、辺境伯が本気で取り組もうとしているのは分かってもらえただろう。
バーバラさんが恐縮した様子で謝るのをベスが止めている。
言葉遣いは愛想がないが、常識がないわけではないようだ。やはり十三地区の近くに住んでいるので、普段の言葉遣いが荒いだけなのかもしれない。
「バーバラさん、メガロケロス辺境伯が本気なのは分かったでしょう。最終確認ですが、今回の話を受けますか?」
「グレゴリー。十分に身をもってわからされたよ……。断る理由は元々なかったんだ。受けるよ」
最初に挨拶した時と比べて、バーバラさんは疲れた様子でグレゴリーさんに返事をしている。
水車については準備が整って、整備が終わってから稼働が始まる。
今はシャンプーとコンディショナーの作り方を伝えて、人力で量産する方針になった。
バーバラさんに俺とドリーが材料を用意して、実践時ながら作っていく。バーバラさんは作り方を書き込んでいる。
分量を測って混ぜるだけという簡単な作業なので、説明はすぐに終わった。
作ったのはあまり量がないので、バーバラさんに試しに使って欲しいと全て渡してしまう。
バーバラさんはシャンプーとコンディショナーを受け取った後、随分と簡単だと言った。
「あたしじゃなくても、弟子でもできそうだね」
「バーバラさんを選んだのは弟子の多さでもあります。作り方の秘密は守ってもらう必要がありますが、量を作って欲しいですね」
セオさんがバーバラさんに釘を刺しながら量が欲しいと伝えている。
結構な頻度でシャンプーとコンディショナーを作っていた。一ヶ月程度で最初に渡した分がなくなるとは思えない。新しい人に渡っているのだろう。
となると最初の分がなくなった時に大変なことになりそうだ。
俺とドリーが作る量では足りないのはわかりきっているので、バーバラさんと弟子に期待だ。
俺が今後増える需要をバーバラさんに説明すると、バーバラさんの顔が引き攣った。
「弟子と作ったって量は知れてるんじゃないかい?」
「他の薬師にも声はかけています」
セオさんは次の手も考えていたようだ。セオさんはグレゴリーさんと共に生産を頼めそうな薬師に声をかけているのだと教えてくれた。
セオさんの言葉にバーバラさんも安心した表情をしている。
「しかし、十三地区に関してはバーバラさんに頼るしかないでしょう」
「分かっているよ。そこは任せて欲しいね」
バーバラさんの力強い返事に俺は安心する。
セオさんがバーバラからライノに向き直った。
「ライノさん、お待たせして申し訳ありません」
「構いません。ある程度の話は聞いていましたが、詳しく事情をよく聞けましたから」
ライノが来た理由は水車まで同行する冒険者を選ぶためだったようで、ライノが冒険者の名前を伝えては、バーバラの反応を見て書類に何か書き込んでいる。
ライノが持ってきている書類はそう多くなく、先に良さそうな人を選別されているのだとは思う。
それでもバーバラからあまり良くない反応をされたりするので、選ぶのは大変そうだ。
「冒険者に打診をして、本人が依頼を受けるか考えるようなら、一度バーバラさんのところに向かわせる。最終判断はそちらでしてくれて構わない」
「分かったよ」
ライノが書類をまとめて帰ろうとしたところで、グレゴリーさんが引き留めた。
どうもグレゴリーさんとライノは知り合いのようだ。
グレゴリーさんがライノに一緒に相談役にならないかと誘っている。
確かにライノが商会に入ってくれるなら心強い。
「エドとドリーの商会だから入っても構わんが、私が居なくても十分な人材が揃っていないか?」
「ギルドとの連携も増えると予想している。ライノが相談役として在籍していれば手続きが早くなる」
「一理あるな」
セオさんからもライノにお願いしている。
俺とドリーもお願いをするとライノは頷いてくれた。
「ライノ。商会に入ったのならシャンプーとコンディショナーを持っていくと良い。私も試したが良いものだった。もっとも、私より妻の方が喜んでいたがな」
「それは良いな」
グレゴリーさんがシャンプーとコンディショナーをどこからか取り出して、ライノに渡している。
俺はシャンプーとコンディショナーが準備されていた事を知らなかった。グレゴリーさんは最初からライノを誘うつもりだったのかも知れない。
ライノが去ってから聞いたが、ライノは愛妻家として有名なのだという。
グレゴリーさんはライノを誘うというより、巻き込もうとしたのかも知れない。
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