エリザベス商会−4
十三地区について話した二日後。
ベスと協会で魔法の訓練をした後、ベスからトリス様が呼んでいると言われた。
呼び出されたのは昨日話した商会のことや十三地区ことだろう。
馬車に乗って屋敷へと向かう。
トリス様と合流すると、部屋にはセオさんがすでに来ていた。
挨拶をした後に俺たちは座る。
ドリーはトリス様の隣に座った。トリス様の隣がドリーの定位置となってきた。
「まずは商会の名前からですね。エリザベス商会と商会名にすることは許可します」
良かった。ベスも乗り気になっていたのでダメだった時が心配だった。
「一つ条件があります。セオドアの話す内容によっては名前を貸すだけはなく、ベスも運営に関わることが条件です」
セオさんが話す内容というのは十三地区と呼ばれる貧民街についてだろう。
ベスにも十三地区については昨日のうちに説明をしている。
ベスからも十三地区の問題については聞いていると言われ、支援することには賛成のようだった。
「セオドア、薬師からの返事は聞けましたか?」
「はい。薬師組合のグレゴリーと直接尋ねて参りました。薬師からは十三地区に住む子供が住みやすくなるのなら、手伝うと返事をいただきました」
セオさんだけではなく、グレゴリーさんも動いてくれたようだ。
セオさんは薬師から聞いたという十三地区の問題点を上げていった。
話を聞いた限り、働く場所がない、食事が満足に用意できないなどの貧困による問題が積み重なっているみたいだ。
他に大きな問題としては、十三地区にはヤクザやギャングのような反社会的勢力がいくつも存在しているようで、組織間の抗争などもあって治安が随分と悪いようだ。
「暴力的な組織は十三地区を取り壊せない理由の一つですね。十三地区を壊して追い出したところで、別の場所に移動されれば解決しません。かといって放置もできないので苦慮しています」
トリス様は長年のメガロケロス辺境伯が抱える問題だと教えてくれた。
アルバトロスは大きな都市なだけあって、治安を維持するのも大変のようだ。
十三地区への支援はどのように行うのだろうか?
エリザベス商会は人材を欲しがってはいるが、誰でも良いというわけではない。しかし十三地区の外から人を用意したのでは意味がない。
「トリス様、十三地区への支援はどのように行うのですか?」
「雇用として十三地区にある水車への護衛ですね」
「十三地区に水車があるのですか?」
「十三地区は一部が川に接しているので水車が複数存在します。管理者の安全が守れないので、数年ほど前から閉鎖されていますが」
閉鎖されている水車を使えるのなら他の作業を止めないで、シャンプーとコンディショナーを作れる。
しかし十三地区は水車を管理するのも難しいのか。
管理者は辺境伯が選ぶと以前に言われたが、それでも安全が守れないとは……。
管理者の安全が守れない理由を詳しく聞くと、反社会的勢力から賄賂を渡され便宜を図るようにと脅されるようだ。
賄賂もしくは便宜を拒否すれば脅され、最悪の場合は命がないとトリス様が教えてくれた。
「以前から水車付近の治安だけでも改善させようと考えていましたが、十三地区に兵士を入れればどのような状態になるか分からないと慎重にことを進めていました」
「兵士を入れられないような場所の水車が使えるんですか?」
「以前考えられて出来なかった方法があります。冒険者を使って治安維持をするのです。もっとも今回は表向き荷物の運搬や、力仕事で依頼をする予定ですが」
何故冒険者を使えなかったのか不思議でトリス様に尋ねてみる。
トリス様が言うには、十三地区出身の冒険者は多いが、同時に十三地区出身ということで、出身の地区に手出しをされるのを嫌う冒険者が多いらしい。
今回は薬師を挟むことで冒険者に依頼が可能になるようだ。
そうなると辺境伯と冒険者の間に入る薬師が心配になってくる。
かなり危ない立ち位置になってしまうのではないだろうか。トリス様に尋ねると頷かれた。
「水車までの護衛は冒険者に。薬屋の店舗は幸いなことに十三地区の外のようですから兵士を常駐させます」
グレゴリーさんが薬師の店は十三地区の近くにあると言っていたが、十三地区の中にあるとは言っていなかった。
それなら外側なので兵士を配置できるのか。
「それと今回は協会にも手伝ってもらう予定です」
協会が手伝うというのはどういうことかと不思議に思っていると、トリス様が俺とドリーが関わっていることと、シャンプーとコンディショナーのおかげで協力を得られそうなのだと言う。
「協会の魔法使いだと分かった状態で攻撃してくる人は居ませんからね」
魔法使いは魔法を使えない人に比べたら戦いにもなれているだろう。
それに魔法で治療もするので、薬師でダメなら最後に頼るのは魔法使いになる。普通は最後にすがる人を攻撃しようとは思わないと思いたい。
そう考えると、協会が関わるのなら安全性がかなり上がりそうだ。
「ここまで準備ができたのであれば、失敗する可能性は低いでしょう。仮に失敗したとしてもシャンプーとコンディショナーは別の場所で作れます」
辺境伯だけではなく、魔法協会、薬師組合、冒険者ギルドと、大きな組織を三つ動かせたと考えると早々失敗することはないように思える。
反社会的勢力だとしても普通手を出そうとは思わない組織力に思える。
「それに十三地区の水車が止まって困っているのは住人も同じでしょうからね」
確かに水車が使えないと粉挽など困ることも多そうだ。
普段は別の地区まで行ったりしているのだろうか? 水車が再び使えるようになれば十三地区の人にも喜ばれるかもしれない。
トリス様がベスの方を向いた。
「エリザベス」
「はい。お母様」
「エリザベス商会を立ち上げ、メガロケロス辺境伯の娘として勤めを果たしなさい」
「承知いたしましたわ」
改まったトリス様とベスのやり取りを見て、ここまで準備するのはベスのためなのかもしれないと思った。
ベスの噂をグレゴリーさんも知っていたし、噂を払拭するために商会は丁度良かったのかもしれない。
もっとも十三地区の問題が辺境伯を悩ませているのは本当だろうが、メガロケロスを治めている辺境伯なら力尽くでどうにか出来ないとは思えない。
多くの問題の一つ程度なのかもしれない。
「と言うことで、エドもベスをお願いしますね」
「えっと?」
突然トリス様に軽い感じで、お願いをされて戸惑う。
「ベスを止めることを期待しています」
「あ、はい。分かりました」
咄嗟にトリス様に返事をしたは良いが、俺にベスを止められるだろうか? 不安だ。
トリス様は俺に続けて、テレサさんや、エマ師匠、エレン師匠にお願いをしている。
三人には護衛としてお願いをしていた。当然だろう。
「一番優先することはシャンプーとコンディショナーを生産することです。十三地区については治安が改善しなくとも構いません。無理はしないことです」
トリス様から最後に注意を受けた。
確かに最優先すべきことはシャンプーとコンディショナーの生産だ。
十三地区の貧困問題は俺が気になってしまったことから始まったことで、優先すべきことではない。
「ベアトリス様、商会についてはお任せください」
「セオドア、任せました」
「はい」
商会の運営を任せるセオさんがとても頼りになる。
セオさんによって商会を開くための書類が用意され、俺たちは名前を書き込む。
そしてエリザベス商会は立ち上がった。
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