エリザベス商会−3
材料の話が一段落ついたところで、セオさんがグレゴリーさんに商会に名前を貸してくれないかと交渉している。
名前を貸すと言うのは相談役のような物だろうか?
「私がですか?」
「はい。お礼も兼ねていますが、ドリーさんが薬屋をやりたいと言っていて」
「それでしたら私でも相談に乗れそうですね」
俺の予想は当たっていたみたいだ。
田舎のターブ村とアルバトロスでは揃える薬が違うだろうし、アルバトロスで店を構えた場合、組合職員のグレゴリーさんが相談役というのは新規の店でも印象が変わりそうだ。
「ところで、商会の名前は決まっているのですか?」
「………」
グレゴリーさんの質問に答えることなく、セオさんは黙り込んだ。
そんなセオさんを見ていると視線が合った。
なんというか気まずそうな顔をしている。
どう考えてもベスの名前を商会名にしようとしたことだろう。
俺もセオさんの表情に釣られて気まずくなってきた。
「まだ仮なんですが、エリザベス商会と……」
「え!?」
「エリザベス様は許可を出しているのですが、ベアトリス様の許可がまだなので、仮ですよ。仮。」
セオさんは仮を何度も言ってまだ決まりじゃないことを必死に伝えている。
そうまだ仮なのだ……。
「エリザベス様が許可を出しているということは、ベアトリス様の許可が出たら仮が外れるのでは?」
「そうですね……」
「仮が取れた場合、相談役とはいえエリザベス商会に名前を連ねると?」
「はい」
「………」
今度はグレゴリーさんが黙り込んでしまった。
俺の思いつきが二人を絶句させてしまったようだ。流石に申し訳なくなる。
「元々辺境伯が後ろ盾の商会ですから、少し大袈裟になっただけですよ! ハハハ!」
セオさんは投げやりな感じで、乾いた笑い声を上げている。
セオさんとグレゴリーさんに、思いつきでベスの名前を商会名にしようと提案してしまったことを謝る。
二人は無言で見つめ合った後、気にする必要はないという。
「少し荷が重いだけです」
「そうですね。商人としては最適解とも言えますかが、少々荷が重いだけで問題はありません」
「すみません」
再び謝りつつも、セオさんが最適解と言ったのが気になった。
グレゴリーさんにエリザベス商会だと先に名前を伝えたら、グレゴリーさんは相談役にならなかったのではないだろうか?
先にグレゴリーさんを相談役にして、巻き込むつもりだった?
答えは聞かないと分からないが、セオさんだったら話す順番を間違えるとは思えない。
なんとなく予想はあっていそうだ。
「組合で選んでいる人材を更に厳しく選別しておきます」
「申し訳ないです」
「元々慎重に選んでいるので問題はありませんよ。一度現在の候補者の書類を見てみますか?」
「良いんですか?」
グレゴリーさんは承諾すると、書類を持ってくると部屋を出ていった。
少しするとグレゴリーさんは戻ってきた。手にはそこまでの数は無さそうな紙の束を持っている。
紙の少なさから、慎重に選んでいると言っていた意味がわかる。
紙には組合に所属している薬師だったり、薬師の弟子である薬師見習いの名前が載っている。
薬師見習いの数を入れれば思ったより人数は多そうだ。
「思ったより候補者がいるんですね」
「アルバトロスは輸出用の商品を作る薬師が多いので、普通の都市より薬師の数は多いですね。多いとは言っても緊急時には薬師の数が足りなくなったりもします」
緊急時とはどういう時かと尋ねると、疫病が流行った時などはアルバトロスで生産をして輸出することがあるのだとグレゴリーさんが言う。
アルバトロスは薬の生産拠点でもあるのか。
セオさんがアルバトロス産の薬は品質が高いと有名なのだと教えてくれた。
書類を見ながらグレゴリーさんの説明を聞いていると、他の薬師とは少し違った薬師を見つけた。
普通薬師は弟子を数人しか取らないのに、弟子の名前が十人以上の並んでいる。
俺がバーバラと書かれた書類で止まると、グレゴリーさんもそれに気づいたようだ。
「バーバラさんですか。薬師としては少々変わっていますが、面倒見が良くていい人ですよ」
「随分とお弟子さんが多いですが、弟子になってる人は自分の子供か親戚なんですか?」
「いえ、バーバラさんは十三地区と呼ばれる貧困者が多くいる貧民街近くで薬屋をやられている方で、十三地区から流れてきた子供を拾っては弟子にして育ています」
大家族なのかと思ったら子供を拾って弟子にしているとは……。
俺とドリーが何も知らずにターブ村を出て、どこかに流れ着いていたら貧民街などの場所で生活していただろう。
バーバラという薬師をオジジに重ね、弟子たちを俺とドリーに重ねてしまって、他人事とは思えなくなってしまった。
俺はバーバラという薬師に依頼をしたくなっているが、中立の立場とは言えない状態になってしまった。
グレゴリーさんとセオさんに意見をもらうべきだろう。
「グレゴリーさん、セオさん。俺はバーバラという薬師に頼みたいと考えているのです。俺とドリーの生まれを考えると他人事に思えなくなってしまって……」
グレゴリーさんとセオさんが顔を見合わせた。
セオさんがグレゴリーさんからバーバラという薬師の詳しい情報を聞いた後、セオさんが俺の方を向いた。
「エリザベス商会の名前を冠した商会が、貧民街の救済をするのは良いかもしれませんね」
「ベスの迷惑になりませんか?」
「むしろベアトリス様に喜ばれるかもしれません。メガロケロス辺境伯も貧民街である十三地区の対処に苦慮していると噂で聞いたことがあります」
グレゴリーさんが、十三地区はグレゴリーさんが生まれる四十五年以上前から貧民街で、無くそうと辺境伯が努力をしているようだが、消えることはないのだと教えてくれた。
どうやらセオさんの言った噂は本当の可能性が高そうだ。
グレゴリーさんとセオさんが、バーバラという薬師を中心に十三地区への支援ができないか考え始めた。
勝手に進めるのは良いが、バーバラという薬師が支援を嫌がらないかが心配だ。
グレゴリーさんに尋ねてみた。
「バーバラさんは十三地区の住民を心配して低価格で薬を処方しているようですし、支援を嫌がる可能性はかなり低いと思います」
「そんなことまでしているんですか」
「ええ。薬師は稼げる職業ではありますが、弟子が多いこともあって余裕はそこまで無いはずです。書類に入れたのも少しでも稼げる仕事を回したいと思ったからですし」
想像以上に十三地区という場所に関わっているようだ。
バーバラという薬師は十三地区の知り合いも多そうだし、警戒されることなく十三地区に入っていけそうだ。
セオさんも同様の考えだったのか、候補として残そうとグレゴリーさんに伝えている。
「バーバラさんを一番の候補として残しておきます」
「私がベアトリス様に報告をして、どう判断するか尋ねておきます」
シャンプーとコンディショナーを作る人材の話から、十三地区の貧困をどうにかする話に変わってしまったが、俺としては結果的に良かった気がする。
俺は今不自由なく暮らしているし、ベスと一緒に魔法の訓練をするだけでもらえているお金も結構な額だった。
自分とドリーの生活を守るようにはなれてきた。
次の段階として、魔法使いとして尊敬されるようなことをしたい。十三地区の支援は俺一人では難しいが、皆の力を借りれば実現できるかもしれない。
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