メガロケロス−6

 トリス様と会った翌日。

 ベスと魔法の練習をした後に協会から薬師組合へと向かう。

 組合に入るとグレゴリーさんが待っていて、そのまま個室へと案内された。

 お茶が出された後に、俺たちは挨拶をした。


「本日はどのようなご用でしょうか?」

「俺とドリーが考えたものを組合で作ってもらえないかとお願いしにきました」

「お二人が作られたものですか? 組合からの依頼となりますと作り方が一般的なもの以外は、製造方法が流出しまい模倣される可能性があります」


 グレゴリーさんは組合も努力はしているが、完全に技術の流出を止めるのは難しいと言う。

 昨日トリス様から聞いた通りで、メガロケロス辺境伯の力を借りるしか無さそうだ。


 俺はトリス様から受け取った手紙をグレゴリーさんに手渡す。

 グレゴリーさんは手紙を見ると、目を見開いて驚いている。グレゴリーさんはベスの方を向いた。


「エリザベス様、お話になられたのですか?」

「ええ。手紙はお母様からですわ」

「ベアトリス様から!?」


 グレゴリーさんが慌てて手紙を開いている。


 グレゴリーさんとベスの会話から、グレゴリーさんはベスがメガロケロス辺境伯の娘であることを知っていたようだ。

 グレゴリーさんは前回ベスにあまり喋りかけていなかったし、ベスが身分を隠していることも察していたのだろう。


 グレゴリーさんは手紙を読み終わったのか、視線をこちらに向けた。

 トリス様が俺とドリーを支援するのを理解したとグレゴリーさんが言う。


「信頼できる薬師に製作をお願いしましょう」

「ありがとうございます。でも薬ではないので、薬師でなくとも問題ないです」

「薬ではない?」


 グレゴリーさんが不思議そうに聞き返してきた。

 薬師組合に相談しにきて、薬ではないと返したのだから当然の反応かもしれない。


 俺は実際に持ってきたシャンプーとコンディショナーを見せながら、シャンプーは液体の石鹸だと説明する。

 グレゴリーさんは説明を聞いてすぐに納得した。


「なるほど。以前に大量に注文を頂いた素材は確かに石鹸も作れますね」

「大量に注文をすれば何を作っているのかは想像できてしまいますか」

「薬師組合の職員は大半が薬師ですから、何を作るか想像はできます。もっとも想像できたとしても、薬師は薬の作り方を秘匿しているので、何を作るのかと尋ねたりはいたしませんが」


 薬師は秘密主義で一族にしか技術を教えない。

 俺とドリーが、オジジに薬師の技術を教えてもらえたのはかなり珍しい。

 オジジが技術を教えてくれたのは、俺とドリーに同情してくれたのもあるだろうが、ドリーの才能を見出したのもあるだろう。


 グレゴリーさんがコンディショナーを指差して、こちらは何かと尋ねてきた。

 俺はアルカリ性のシャンプーと酸性のコンディショナーの違いを、成分を見分けられる魔道具を使って説明していく。


 アルカリ性と酸性という言葉が存在しないので難しいが、グレゴリーさんも魔道具を使ったことがあったようで、頷いているので理解しているようだ。

 更にシャンプーの後にコンディショナーを使うことで、中和しているのだと説明した。


「基本的な原理はこうです。他にも髪にいい成分を足してはいます」

「なるほど。理にかなっていますね」


 組合の職員は大半が薬師と言っていたし、グレゴリーさんも薬師なのだろう。すぐにシャンプーとコンディショナーの意味を理解した。

 そしてグレゴリーさんは薬師でなくとも、薬師見習いなどでも計量さえできれば作れそうだと言う。


「しかし、これは売れるでしょうね」

「そうなんですか?」

「ええ。貴族に関わる人は髪が長い人が多いですから」


 確かに協会や、メガロケロス辺境伯の屋敷で見かけた人たちは皆髪が長かった。

 一回で使う量も増えるだろうし、このまま使う人が増えていけば、俺とドリーで作れる量はすぐに超えてしまう。


 輸出も考えているとトリス様が言っていたし、想像以上の量を作ることになるのか。

 今更だが初期の資金はどうするのだろうか。


「ベス、そういえば初期の資金ってどうすれば良いのかな?」

「それは当家が出しますわ。欲しがっているのは私とお母様なのですから、資金を出すのは当然ですわ」


 グレゴリーさんが、資金はメガロケロス辺境伯が出すと、トリス様の手紙に書いてあると教えてくれた。

 グレゴリーさんがベスに尋ね始めた。


「エリザベス様、シャンプーとコンディショナーは継続して生産をするつもりでしょうか?」

「お母様が輸出品にも良さそうだと言っていましたわ」


 グレゴリーさんが素材に魔法使いが作る物を使っているので、確かに輸出に向いていますねと言った。

 グレゴリーさんは少し黙った後に、俺の方を向いて声をかけてくる。


「エドワード様が商会を立ち上げた方が良さそうですね」

「商会ですか? 薬屋ではなく?」

「石鹸は薬屋でも販売していますが、大半の人は雑貨店や専門店で買うようです」


 グレゴリーさんが、商品が石鹸に近いものなので貴族向けの専門店にした方がいいと言う。

 更にシャンプーとコンディショナーを継続生産することを考えると、工場も作った方がいいだろうともグレゴリーさんが教えてくれた。


 俺が想像していた以上に規模が大きくなっていく。

 規模が大きくなるにつれて、手に負えるかが不安になってくる。

 この後にでもトリス様に相談した方が良さそうだ。


「それと商会であれば、薬屋を開業したくなった場合でも手続きが簡単です」

「そんな利点があるんですか」


 今は魔法使いになるのが目標だが、オジジから教わった薬師としての技術も使っていきたい。

 規模が大きくて不安になるが、トリス様に相談して解決策を探ってみよう。


 問題点が増えてきたので持ち帰ることにする。


「グレゴリーさん、商会についてトリス様に相談してこようと思います」

「そうですね。エドワード様だけで商会を運営するのは無理があるでしょうから、相談された方がよろしいですね」


 グレゴリーさんはシャンプーとコンディショナーの制作を頼むのに問題がない、薬師や薬師見習いを探しておくと請け負ってくれた。

 俺はグレゴリーさんにお礼を言って薬師組合を出る。


 メガロケロス辺境伯の屋敷に行ってトリス様に会えるか確認をしにいくことにする。

 屋敷に行って確認すると、今なら会って話せるとのことで部屋に向かう。


 トリス様に挨拶をした後、自然とドリーが隣に座った。

 ドリーのことは気にせず、組合で話たことをトリス様に説明する。


「商会を設立ですか。理に適っていますね」

「トリス様、規模が想像以上に大きくなってしまって、商会を運営できるか不安があるのですが……」

「確かにエド一人でどうにかできる規模ではありませんね」


 トリス様は俺から視線を移して、ベスの後ろに控えていたテレサさんの方を見た。


「テレサの弟が商売をしていましたね?」

「はい。三男の弟がアルバトロスで店をしております」

「テレサの弟に、エドが立ち上げる商会を手伝えないか尋ねられませんか?」

「弟に確認をいたしておきます」


 テレサさんの弟は商売をしているのか。

 ベスの騎士をしているテレサさんの弟というだけで、信用できそうだ。


 トリス様に相談すると、すぐに解決策が見つかって安心する。

 短いが話が終わったので邪魔にならないよう退室しようとすると、トリス様がベス用に頼んだ服を見たと言う。


「気に入ったので私も頼んでおきました。エドは服屋を開けそうな才能がありますね」

「ありがとうございます」


 前世の知識から思い出したものなので、才能があるわけではないが、説明もできないのでお礼を言っておく。

 トリス様に時間をとってくれたお礼を言って退出しようとすると、ドリーがトリス様と話したがったのでしばらく部屋にお邪魔した。

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