アルバトロス−3

 ベスとは顔を合わせるだけで魔法の訓練などはしなかった。

 ベスが貴族だと予想できるので、俺やドリーの身元を調べる必要があるのかもしれない。

 身元が怪しいだけにベスと一緒に魔法を覚えるのは難しいかもしれない。


 ベスが帰った後に汗だくで砂埃ですっかり汚れてしまったことに気づく。

 どうしようかと思っていると、エマさんが協会の大浴場に入ろうと勧めてきた。

 勧めてくると言うことは、協会にはお風呂まであるのか。


「男女別ですから、ドリーは私と一緒に入りましょうか」

「にーちゃ」


 ドリーが不安そうに俺を見てきた。

 ドリーはエマさんに随分と懐いているように見えたが、まだ不安のようだ。

 どうしようかと迷っていると、一度入って無理なようなら部屋のお風呂を使えばいいとエマさんが言う。


 部屋にまでお風呂が付いているのかと驚いていると、研究用に水回りが用意されているのだとエマさんが教えてくれた。

 水を溜めて沸かすのが大変なので、基本は部屋で風呂に入る事はないとも言う。

 何故エマさんが大浴場を進めてきたのか理解した。


「ドリー、一度試してみないか?」

「うん……」


 エマさんだけではなく、エレンさんも一緒に入ってくれると言うので二人にドリーを預ける。

 大浴場は男女で分かれており、入り口は近いのだと一緒に向かう。

 入り口の近くでドリーの予備の服を渡して別れる。


 俺とケネスおじさんは男性用の大浴場に入る。

 脱衣所で服を脱ぐと大浴場へと向かう。

 大浴場は想像以上に立派な作りになっている。十人単位で風呂に入れるほど広さがありそうだ。更には蒸し風呂のようなものまである。


「これは立派だな」

「うん」


 協会は想像以上にお金を持っている組織のようだ。

 俺とケネスおじさんは、用意された石鹸で旅で汚れた体を奇麗に洗って風呂に入る。

 旅の疲れが抜けていく感じがして、眠りそうになる程気持ちがいい。ドリーより先に出て待っていた方がいいだろうと早めに上がる。


 脱衣所で着替えながら洗濯や服の替えなどが欲しいと思い始める。

 服を作るための布を買えないか、後で相談した方が良さそうだ。

 脱衣所から出てドリーが出てくるのを待つことにする。


 結構待っていて出てこないので、先に出てしまったかと不安になっていると、ドリーが出てきて抱きついてきた。


「にーちゃ! たのしかった!」

「それは良かった」


 続けて出てきた、エマさんとエレンさんにドリーの事をお礼を言う。

 二人からドリーはいい子にしていたと教えてもらう。

 楽しそうなドリーの様子なら誰かと一緒なら大浴場に入れそうだ。


 エマさんが部屋へと案内してくれた。

 俺は部屋が想像以上に広くて驚く。

 お風呂があるのは聞いていたが、台所のようなものまである。俺とドリーだけで住むには広すぎるほどだ。


「広いですね」

「これでも研究用の材料を置くと狭いのだけどね。人によってはもっと広い場所を借りているの」

「これ以上に広い部屋があるんですか」

「炉が付いている部屋もあるわ」


 協会内部の部屋で炉まで付いているとは……。

 エマさんがベッドを移動させようと、もう一部屋に向かおうとする。

 まだ部屋は借りなので、また移動する可能性もある。それに俺とドリーなら一つのベッドで寝れそうだ。


 エマさんに部屋が移動する事を考えると、ベッドは一つで十分だと伝える。

 エマさんとエレンさんが顔を見合わせてから、エレンさんから部屋を移動する可能性は低いと言われる。

 ベスとはもう会う事はないと思っていた。違うのだろうか?


「エレンさん、ベスは貴族ですよね? 俺とドリーは一緒に魔法を覚えるには怪しすぎませんか?」

「エドは理解しているのですね。確かに怪しくはあるのだけど、あれだけエリザベス様が楽しそうなのは初めて見ました」

「いつもは違うのですか?」


 普段は失礼な態度は取らないが、やる気はないのだとエレンさんが言う。

 環境を変えればやる気を出してくれるかと、ベスの家から協会で魔法を覚えるようにして工夫しているとも教えてくれる。


「以前は意地になっていたのか、力を極めてから魔法を覚えると言って話を聞いてもらえませんでした」

「力……? 何にしろ極めてからって、実質覚える気がないってことじゃ?」

「その通りでしょう。今日の様子を見るに、一緒に魔法を覚える可能性が高いと思っておいて欲しいです」


 ベスは最初から嫌な態度を取ることは無かったし、楽しそうに笑っていたが、いつもは違うのか。

 しかしベスは想像以上に脳筋な感じがする……。


「分かりました」

「では早速ベッドを移動させましょう」

「はい」


 俺たちはもう一部屋のへと移動する。

 もう一部屋の構造は先ほどの部屋と対になっているようで、構造はほぼ同じだ。


 ベッドが大きいのでどうやって移動させるのかと思っていると、エマさんが杖を取り出した。

 杖は手から肘までの長さと似ており、三十センチより少し大きい程度だろうか?

 エマさんが杖をベッドに向けると、ベッドが浮き始めた。


「「すごい!」」

「この程度ならすぐにできるようになるわ。エド、部屋の扉を開けておいて」


 俺は慌てて扉を開けて邪魔にならない位置に移動する。

 エマさんがベッドを部屋から出した。

 次は俺たちが使う予定の部屋を開けて、ベッドを運び込んでもらう。


 ベッドが部屋に運び込まれた。

 椅子が足りないと、椅子も追加で持ってきて家具の移動は終わった。


「二人とも他に足りてない物はある?」

「ドリー、杖が欲しい!」

「そうね。魔法を覚えるのに必要だから準備しておくわ」


 魔法を覚えるのに杖が必要なのか。

 俺も杖は欲しいと思っていたので用意して貰えるのは嬉しい。


 エマさんが他に何かないかと聞いてくる。

 俺は大浴場の脱衣所で服が足りないと思ったことを思い出した。

 洗濯をする必要もあるが、布を買える場所を知りたい。


「エマさん、服が足りないのですが布を買えませんか?」

「確かに二人の服は用意する必要がありますが、布ですか?」

「俺とドリーの服は俺が作ってるんです」

「エドが?」


 エマさんが服を見たいと、俺に立って回って欲しいと言ってきた。

 俺はエマさんの言う通りに椅子から立ち上がって、その場でゆっくりと回る。

 俺が回り終わると、服を作るのが上手いとエマさんに褒められた。


 エマさんが服はすぐに作れないだろうから、古着で良いものを探しましょうと言う。

 そうか。アルバトロスだと古着屋があるのか。

 ターブ村だと古着なんて無かったので作るしか無かったが、アルバトロスなら買えば良いのか


「普段着も必要ですが協会の制服も準備しておきましょう」

「協会の制服ですか?」

「ええ。受付のフロイドが着ていた服です。協会の制服は貴族相手でも十分な格がありますから」


 貴族を相手にする時の服か。

 確かにベスと会うことが続くのなら必要そうだ。

 しかし貴族に会うための服は高くなりそうでもある。


 エマさんに値段を恐る恐る尋ねると、協会の制服は無料で作ることが可能だと言う。

 俺が制服まで無料なのかと驚いていると、夏と冬両方の制服を作ろうとエマさんが言った。


「今は夏ですけど、冬用まで必要なんですか?」

「制服は作るのに時間がかかりますからね。先に注文をしておきます」


 制服を作るのは業者を呼ぶ必要があると、呼べる日を確認しておくとエマさんが請け負ってくれた。

 続いてエマさんが何かを思い出したようで、少し待っていて欲しいと部屋を出て行った。


 戻ってきたエマさんは手に大きな一巻きの布を持っていた。

 布を机に置いて、布は好きに使っていいと俺に言ってきた。

 エマさんが持ってきた布は、変わった模様がついている。


「エマ、これは魔道具じゃないの?」

「そうなのだけど、失敗作なのよ」

「失敗? 大丈夫なの?」

「失敗と言っても体に悪い効果はないわ。筋肉痛程度なら治す効果はあるわ」


 ただの布では無かったのかと、エレンさんとエマさんの会話に驚く。

 筋肉痛を治すだけでも凄いと思うのだが、エマさんは切り傷やもっと大きな傷を治すことを前提に考えていたと話している。


 俺は布を貰うのを断ろうとしたが、使い道がないからとエマさんが言うので貰うことになった。

 服の洗濯方法を聞いてないことを思い出して、服の洗濯方法を聞いた。

 夕食を食べた後は、もう遅いからと部屋で解散することになった。

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