アルバトロス−2
俺がエマさんが師匠にならないのを残念に思っていると、ドリーがエマさんを見上げているのが視界に入った。
ドリーの事を考えると、できればエマさんが師匠であって欲しい。
「エマさんが師匠になるのは無理なんですか?」
「そうですね……事情を話しましょう」
「いいんですか?」
「ええ、二人とも無関係とは言い切れませんから」
エマさんが話してくれたのは、魔法を教えるための人選に失敗した話だった。
協会も師匠を選ぶのに参加しており、今も随分と揉めているらしい。
才能のある子供についた魔法使いは経歴が嘘で固められており、協会も相手側も気づかなかったようだ。
話を聞いた限りは本当に魔法使いなのだろうかという感じだ。
子供は完全に魔法を覚える気を無くして、協会は魔法を暴走させる危険もある。なんとか魔法を覚えさせようとしているのだとエマさんが話してくれた。
そういえば魔法は下手に使えば死ぬのだった。
「近距離で戦うことが好きなようですから、暴走する可能性は低いですが……。それでも危険はあります」
「戦うことが好きなんですか?」
「ええ。女の子なのですがかなり鍛えています」
近距離で戦うことが好きだと言うから男だと思ったら、女の子なのか。
「女の子なんですか」
「そうです。ダンジョンや狩りに行きたいと言ってはいるようですね。一人では無理だと許可が出てないようですが」
ダンジョンか。
実は俺も少しダンジョンに行ってみたい。
ドリーも戦えるが、流石に二人でダンジョンに行くのは難しいかと思っていた。人数が増えればダンジョンに行くのも可能かもしれない。
「俺もダンジョンには興味があるんです」
「そうですか」
俺がダンジョンに興味があるというと、エマさんが困ったような表情をした。
エマさんの表情を見たからかケネスおじさんが会話に加わって、俺とドリーが猟師としての能力があって戦える事を説明してくれる。
「エドとドリーには冒険者ギルドで、お金を稼がせるつもりだった」
「二人ともそこまで戦えるのですか」
「そうだ。どちらかと言うと採取の方が得意だが、魔物でなければ余裕で倒せる。協会が無料で住めて食事も無料で出るなら、無理に稼ぐ必要は無くなったが」
俺も猟師のような事をしつつ、薬師として稼ごうとは思っていた。しかし無料で食事と住居があるなら、確かに急いでお金を稼ぐ必要は無い。
でもダンジョンは行ってみたいのだよな。
フロイドさんとエマさんが話し合っている。
答えは出ないようだが、一度会ってみたらどうかという話にまとまったようだ。
「エド、どうします?」
「会ってみたいです」
「分かりました。この後、協会に来る予定なので話してみましょう」
フロイドさんから、仮で部屋を用意して貰った。
仮なのは師匠の部屋の近くが良いだろうと、今はエマさんの部屋が近い場所になっている。
俺とドリーは鍵のような物を渡されて、協会に入るための魔道具だと説明された。
「魔道具ですか?」
「鍵の形をしているけど、鍵ではないんだ。近づけば勝手に鍵が開くから」
近づくだけで開くとは便利だな。
しかし、魔法以外にも魔道具なんて物もあるのか。
鍵の魔道具に紐を通して、首から下げられるようにフロイドさんがしてくれた。
ケネスおじさんも来客用の通行証をフロイドさんが渡している。
フロイドさんと別れ、エマさんの案内で協会の奥に進む。
協会の建物は奥の方が広く、廊下が長く続いている。
魔法を使う時の訓練場だと言う場所までエマさんが案内してくれた。
訓練場にはエマさんとどこか似ている女性が立っている。
エマさんと似たような赤みがかった茶髪だが、髪が長く癖が少なそうに見える。
エマさんが事情を説明した後に、俺たちを紹介してくれた。
「私はエレン・フォン・グリソム。エレンと呼んで」
「エドワードと言います。エドと呼んでください」
「ドリーはドロシーっていうの」
名字がある人に初めて会った。
ケネスおじさんも自己紹介をして、俺とドリーに貴族なので失礼がないようにと小声で言ってきた。
名字がある人は貴族という事か。
「貴族と言っても騎士の妻で娘なだけ。気にする必要はありません」
ケネスおじさんの小声は聞こえていたようだ。
エレンさんが騎士は貴族といっても一番下に当たり、一代限りになることもあるため平民とそう変わらないと教えてくれる。
「リング王国の貴族はフォンの後に苗字が付きます、魔法使いは貴族を相手にすることが多いので覚えておくと良いです」
「貴族を相手にすることが多いんですか?」
「ええ。リング王国では魔法使いを優遇していることもあって、魔法使いは貴族の出身が多いです」
魔法使いが貴族になるわけではなく、出身が多いいということは何か条件があれば魔法使いは生まれやすいのか?
「魔法使いになる条件があるんですか?」
「魔法使い同士が結婚すると高確率で魔法使いが生まれるのです」
魔法使い同士か。なるほど。
エマさんは苗字がなかったが、エレンさんと従姉妹なら貴族の血筋なのだろう。
魔法使いは遺伝しやすいのか。
逆に俺とドリーのように両親が魔法使いでないのに、魔法使いが生まれるのは珍しいのかもしれない。
エレンさんと喋っているとフロイドさんが訓練場に入ってきた。
会う許可が出たので、このままお連れすると言う。
しばらくしてフロイドさんに変わって訓練場に入ってきたのは、騎士のような格好をした女性と、奇麗な服だが動きやすそうな服を着た女の子だ。
女の子は一四歳の俺と同じくらいの年齢に見える。長い髪は赤みが強い金髪だろうか、ピンクにも見える。髪質に癖があるのか少し巻いている。
エレンさんがしっかりと礼をして対応し始めた。貴族のエレンさんが丁寧な対応をしているので、相手は貴族だと予想できる。
俺が聞こえない位置で話し合いが進んでいく。
話が終わったのか、女の子が俺たちの方に近づいてきた。
「
「エドワードと言います。皆からはエドと呼ばれています」
「ドリーは、ドロシーなの」
「エドにドリーですわね。
ベスは名字を名乗らなかった。
愛称で呼ぶようにと言っている、あえて貴族として対応しないという事だろうか?
気を遣ってくれているのかもしれない。
覚えるのが嫌になっていると言っていた、怒っているのかと思ったがそうでもないようだ。
騎士のような格好をした女性とエレンさんの話し合いが終わったようだ。
「私はテレサ・フォン・アッダ。テレサと呼んでくれて構わない。様などはつけなくて良い。エリザベス様と一緒に魔法を覚えてくれると言うのは本当だろうか?」
貴族として名乗られているのに、流石に敬称をなしは難しい。
俺はテレサさんと呼ぶことにした。
テレサさんに俺とドリーが名乗る。
俺はターブ村から出てきた事情を話して、ある程度お金が稼ぎたい事を伝えた。
テレサさんは魔法使いを追い出すのかと驚きつつも納得はしてくれた。
「二人がどのような技能を持っているかみたい。すまないが手合わせをしてくれるか?」
テレサさんからお願いされた。
貴族であろうベスと一緒に行動するのだから当然だろう。
しかし俺は多少近接での戦闘もできるが、ドリーは小さいこともあって難しい。
俺がドリーを見ていると、テレサさんが攻撃を打ち込むつもりはないので安心して欲しいと言う。
それならばと俺とドリーはテレサさんに相手をしてもらう。
「猟師の技能は私には分からないが、遠距離での攻撃が安定している。接近戦も形になってはいるし、年齢からすると十分だ」
「あ、ありがとうございました」
テレサさんは攻撃を打ち込んでいないのに、俺は上手いこと攻撃を流されて息が切れている。
俺が地面に座り込んで息を整えているとドリーの手合わせが始まった。
俺と違ってドリーは簡単に打ち込んで終わりだった。
俺とドリーの手合わせが終わると、見ているだけだったベスが前に出てきた。
「テレサ、私も相手して欲しいですわ」
「見せておいた方がよろしいですね」
髪を雑にまとめたベスが稽古を始めた。
木剣を振るうベスは俺と比べ物にならないほど強いのが分かる。
才能があるのかもしれないが、それ以上に努力しているのだろう。
テレサさんに転ばされても立ち向かっていく。
「凄いな」
「すごい!」
俺はドリーとベスの稽古を見続ける。
稽古が終わったところで、ベスがこちらを振り向いた。
俺とドリーを見て不思議そうに首を傾げている気がした。
ドリーが凄い凄いと、ベスに近づいて行った。
俺もドリーの後に続いてベスに凄かったと伝える。
ベスは何故か目を見開いて驚いた表情に一瞬変わった気がする。すぐに笑顔になって嬉しそうにしている。
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