034 ドライブ

 当日はJR三ノ宮駅に集合した。そこからレンタカー屋へ歩いて行き、車を借りた。運転は久しぶり。しかも、都会なんて走ったことがない。僕はコーヒーを飲んで気合いを入れた。


「瑠偉くん、チョコ食べるー?」


 助手席の櫻井さんがゴソゴソと袋を取り出した。


「はい、食べます」

「あーん」


 当然のように食べさせてこようとする櫻井さん。僕もそれに何でもないようなフリをして口を開けた。後部座席では大城さんと澄さんが騒いでいた。


「どうしよう! ぶちまけてもたぁ!」

「ぼく、拾うんで……大城さんは動かないで下さい……」


 どうやらお菓子の袋を開けようとして盛大に散らかしたらしい。どのみちカーナビを設定したいし、と僕は路肩に寄せた。


「えっと……有料道路使えば三十分くらいですか」


 櫻井さんが言った。


「金気にせんでええしそっち使おう。はよ着いてはよ遊びたい」


 後ろを振り向き、片付け終わったのを確認して、僕は車を走らせた。慎重に三宮の街中を抜け、新神戸の方へ。そこを通り抜けると神戸市北区。こちらまで来るとのどかな風景が広がっていた。


「あっ……見えてきましたね」


 駐車してそのままフルーツフラワーパークの中に入った。まずはリンゴ狩りをするため、フルーツガーデンへ。バケツやナイフを借りていざリンゴ探しだ。


「瑠偉くーん。たわん。取って」

「もう、櫻井さん! 岡山弁使わないで下さいよ!」


 この後バーベキューもあるし、そんなには食べられない。せいぜい一個……と思っていたら、大城さんは二個食べていた。追加料金を払えば持ち帰りもできたので、一キロほど購入した。

 バーベキュー場には肉と野菜、それに米のセットも売っていたので十分な量を買った。


「僕焼きますね」


 職業柄と言ってしまっていいのか。肉を焼くのはすっかり得意になっていた。夏のバーベキューも楽しかったが、秋も涼しくていい。せっせと焼いていると、先輩たちがどんどん箸を伸ばしてきて、僕の分がなくなった。


「まだ一枚も食べてないんですけど!」


 大城さんが立ち上がって言った。


「ごめんごめん。追加買ってくるわぁ!」


 なんとか肉にありつけた。終わる頃になって、櫻井さんが言った。


「遊園地行こうなぁ! ジェットコースター乗りたい!」


 澄さんがすかさず言った。


「ぼく……絶叫系苦手なんで……」


 大城さんが澄さんの肩に腕を回した。


「えー! 折角やねんから乗ろうなぁ! ここのん子供向けやから大丈夫やって!」

「だったら……まあ……」


 僕たちはおとぎの国なる遊園地の中に入った。確かに規模は小さく、小学生未満でも身長があれば乗れるようだった。乗り物券を買ってジェットコースターに並んだ。僕はすっかりなめきっていたわけだが。


「う……うわぁぁぁ!」


 右に左に激しく揺さぶられ。情けない声が出てしまった。先輩たちのことを気にする余裕さえ無かった。フラフラになりながら階段を降り、ふと隣を見ると澄さんも青い顔をしていた。


「無理……無理……」


 ところが、櫻井さんと大城さんの勢いは止まらなかった。大城さんが叫んだ。


「次、船揺れるやつな!」

「おっ、ええなぁ!」


 僕と澄さんは無言で拒否の意を示した。櫻井さんが頭をかいて言った。


「あっ……二人は休憩しとくかぁ?」

「瑠偉くん……座ろう……」

「はい……」


 ベンチに座って青空を眺めた。秋晴れだ。


「何でお金払って気分悪くならないといけないんだろう……」


 澄さんは相当こたえていたみたいだ。


「あの二人は本当に元気ですよね」

「なんか……似てるよね……」

「ですよねぇ」

「なかなか本心出さないとこも……似てるかな……」


 僕は首を傾げた。


「本心、ですか?」

「うん……大城さんのこと、ぼくでもよく知らないことが多いんだよね……櫻井さんもそう……」

「大城さんって澄さんには心開いてると思ってました」

「そうでもないよ……まあ、付き合ってるわけじゃないし、別にいいんだけど……」


 甲高い悲鳴が聞こえてきた。大城さんだということはすぐわかった。


「櫻井さんも、本当は色々抱えてるんだろうね……歌詞、読んだら想像つくでしょ……高校生の時から書いてたって言ってた……」

「ああ……」


 僕は「戦士」の歌い出しを思い出した。


 ――戦う場所なら自分で決める


 櫻井さんは、何かと戦っているのだ。今もきっと。


「瑠偉くん! 澄ちゃん! お待たせ!」


 櫻井さんに肩を叩かれた。大城さんが言った。


「最後さぁ、四人で観覧車乗ろう? あれやったらそんなにこわくないやん? なぁなぁ!」


 澄さんがゆっくりと立ち上がった。


「はぁ……いいですよ、それくらいなら」

「やったぁ!」


 ぎゅうぎゅう詰めのゴンドラはぐらりと揺れた。澄さんが必死に下を見ないようにしているのがよくわかった。頂上まできて、大城さんが言った。


「なぁ、写真撮ろうなぁ! はい、寄って寄って!」


 笑顔を咲かす大城さん、櫻井さん、真顔の澄さんに引きつった表情の僕。それでも、この四人で撮ったのは初めてだったから。僕はその写真のデータを受け取ってすぐにスマホのホーム画面に設定した。

 帰りの車内はとても静かだった。ふと隣を見ると、櫻井さんはすっかり眠りこけていた。僕は思わず笑みをこぼしてしまった。櫻井さんの寝顔は子供みたいで可愛いのだ。

 皆と別れて自分の部屋に帰ってから、僕はベッドの上でしばらく写真を見つめていた。このメンバーで一緒にいられるのは……もう半年を切っていた。

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