033 瘦せ我慢
新しいライブイベントに参加することが決まった翌日。四限終わりにボックスに行くと、澄さんがノートパソコンをテーブルの上に広げていた。大城さんと櫻井さんも椅子に座っていた。
「お疲れさまです」
櫻井さんが言った。
「去年のメンバーで録音した音源あんねん。流そか」
澄さんがマウスをクリックした。そして、僕は初めて櫻井さんの歌声を聴いたのだ。
「櫻井さん……上手っ! 櫻井さんが歌えばよくないですか?」
「俺は弾きながらやと歌えへんねんて。それに、瑠偉くん代わりに楽器弾かれへんやろ?」
「まあ、そうですけど」
櫻井さんが紙を四枚渡してきた。歌詞らしい。
「……なんや、物騒な内容ですね」
「甘めのやつもあるで? ほら、次のん」
曲タイトルが「恋人」というものが流れてきた。僕は同時に歌詞を目で追った。最初はともかく、中盤でひっかかりがあり、サビはこれだった。
――ハロー、セブンスター
「タバコの歌やないですか!」
「セッターは俺の恋人やもん」
まあ、櫻井さんらしいか。歌詞にある通り、タバコは裏切らないし突き放さない。全ての曲を聴き終わり、澄さんが言った。
「瑠偉くんにデータ送るね……歌詞は櫻井さんバージョンと少し変えてるらしいから、そこだけ気を付けて……」
「はい、ありがとうございます」
大城さんが立ち上がり、カレンダーに印をつけた。
「決戦はクリスマス・イブ! 櫻井さんと澄ちゃんにはあと一曲作ってもろて、五曲でライブするで!」
作曲をするから、と櫻井さんは澄さんの部屋に行くことになり、僕はイヤホンで櫻井さんの歌声を聴きながら歌詞を覚えることにした。大城さんは、メトロノームを流しながら基礎練習にとりかかった。
――それにしても、でーれー歌詞じゃのう。
曲のタイトルだけでも、「恋人」の他は「戦士」「青年」「衝動」と強い単語が並んでいた。何度か繰り返し聴いて、歌詞を見ながら口ずさみ、頭に叩き込む作業を始めた。
「よし、終わり!」
大城さんが叫んだので、僕はイヤホンを外した。
「瑠偉くん、ご飯食べに行く?」
「ええっすよ」
連れて行かれたのは、また「あかね」だった。凄い量のラーメン屋だ。大城さんはそれをぺろりと平らげて、やっぱり甘いものを欲しがった。喫茶店で、大城さんがパフェを食べているのを見ながら、僕は言った。
「なんか、櫻井さんの歌詞、意外でした。今の櫻井さんと全然繋がらないっていうか……」
澄さんも言っていた通り、激しく攻撃的だったのだ。
「まあ、あたしも最初見た時はびっくりしたけど。納得できる部分も……なくはないかな」
「大城さんは、何か知ってるんですか? 櫻井さんの昔のこととか……」
「あの人なぁ。プライド高いから。後輩のあたしらには絶対言わへんねやろうけど、何となくは察してるよ。医者の息子やって話は聞いた?」
「はい」
「多分、そこら辺なんちゃうかな。想像やし、ちゃんとしたことは知らんけど」
僕は下唇を噛んだ。大城さんにも伝えていないということは、僕になんて教えてくれるはずがないだろう。
「瑠偉くんは……知りたいん? 櫻井さんのこと」
「別に、ええっす」
「痩せ我慢に聞こえるなぁ。やっぱり好きなんやろ。櫻井さんのこと」
大城さんは真っ直ぐに僕を見つめてきた。僕は目を伏せた。
「香水、つけとうんやろ」
「あっ、はい……」
「ただの後輩に香水なんて渡さへんって。気に入られとうと思うよ」
「でも……無駄に期待して、がっかりしたくないです」
ふうっ、と大城さんはため息をついた。
「まあ……みんなで仲良くできたらあたしはそれでええんやけどさ。櫻井さんが卒業してもた時、瑠偉くんには後悔してほしくないな」
「後悔、ですか……」
こんな風に、誰かのことで心をかき乱されているのは人生で初めてだった。だから、わからないのだ、自分でも。
「せや! またみんなで遊びに行こうな。思い出たくさん作ろう」
僕は櫻井さんとの会話を思い出した。
「あの……車乗ってどっか行きます? 僕運転するんで」
「ええなぁ! っていうか瑠偉くん運転できたんや」
「まあ、田舎者なんで」
「カッコええやん。どこ行こかぁ?」
大城さんはスマホを取り出した。僕もそれを覗き込んだ。せっかくだったら何かのイベントがあるところがいい。次々と観光情報を見て行った。
「瑠偉くん、ここは? リンゴ狩りやっとうって!」
そこは、フルーツフラワーパークというところだった。入園料、駐車料金無料。遊園地もあるらしい。
「あたし、小さい頃行って以来やぁ! バーベキューもできるしここにしよ!」
「また肉ですか?」
「あたしの肉欲をなめてもらったら困るな」
「どっちの意味ですかそれ……」
「どっちも!」
大城さんの行動は早かった。すぐに櫻井さんと澄さんに連絡して、次の週末行くことに決まった。
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