032 次

 祭りの後。大学は一気にひっそりとしてしまったように感じた。近付いてくる秋の気配も相まって、僕は抜け殻のようだった。

 それを埋めるために、大学図書館へ行った。できるだけ遠くに連れて行ってもらえるものがいい。僕はSFの長編シリーズに手をつけた。

 ボックスに寄らず、部屋に帰ってベッドで読書をする日々が続いた。けれど、あの香水は毎日つけるようにしていた。

 さすがに心配されるかな、とボックスに行ったのは十月に入ってからだった。大城さんと澄さんがお菓子を食べていた。


「瑠偉くん久しぶりやなぁ! 忙しかったん?」

「ええ、ちょっと」


 大城さんが僕の手に包みを握らせてきた。


「何ですかこれ?」

「モンロワールのリーフメモリー! 可愛いし美味しいで」


 椅子に座って包みを開けると、小さな葉っぱの形をしたチョコレートがいくつも入っていた。


「いただきます」


 大城さんが言った。


「櫻井さんに連絡しとこ。あの人なぁ、瑠偉くん来ぉへんかった間もずっも瑠偉くんの話しててなぁ。寂しがっとったで?」

「……そうですか」


 どうせ僕はセックスができる都合の良い後輩だから。やりたかったら他の人を誘えばいいのに。


「えー? 櫻井さん来られへんねんて。すれ違いやなぁ」


 ほら。僕でなくても相手をする人は居るのだ。僕は話題を変えた。


「これからの活動、どうするんですか?」


 大城さんは腕を組んで首をひねった。


「どうしようかなぁ。澄ちゃん、去年の今頃何しとったっけ?」

「去年はずっと作曲させられてたじゃないですか……」

「ああ、そっか!」


 僕は澄さんに尋ねた。


「澄さん、作曲もできるんですか?」

「一応ね……櫻井さんが歌詞書いてボーカルして……青木さんがギター弾いて四曲作ったよ……」

「へぇ……凄いですね」


 大城さんがスマホをいじりだした。


「学生向けのイベント色々あるし、どっかに応募してみよか。目星つけとくわ」

「お願いします」


 それから、僕と櫻井さんがボックスに二人っきりになってしまったのは、一週間後のことだった。


「瑠偉くんお疲れさん! 会いたかったぁ!」


 櫻井さんはタバコを持っていない方の手をひらひらさせた。


「お疲れさまです。櫻井さん元気そうっすね」

「俺はいつでも元気やで。コーヒー飲むか?」

「はい」


 櫻井さんが冷蔵庫から缶コーヒーを出してくれた。早く大城さんか澄さんが来てくれないかな、と思っていると、ドアがノックされた。櫻井さんが出た。


「おう、藤田くん!」

「こんにちは。梨多ちゃんは……」

「今おらへんねん。どうしたん?」

「そうですか。出直しましょうかね」

「用件やったら聞いとくで?」


 櫻井さんが藤田さんを招き入れた。


「実は、こんな企画を立ててまして……」


 藤田さんは、文字が印刷された用紙を一枚見せてくれた。「オリジナル曲限定学生ライブ案」と書かれていた。


「まあ、題名の通りです。梨多ちゃんから、オリジナル曲を作っていたというのは聞いていたので、ユービックさんどうかなぁと思って。実力なら文化祭でバッチリ示してもらいましたし」


 よく読むと、ライブがあるのは十二月二十四日、クリスマス・イブ。あと二ヶ月ちょっとだ。櫻井さんが言った。


「おう、やるやる! 大城ちゃんも何かのイベント出たい言うて探しとってん。丁度ええわ!」

「わかりました。申し訳ないですが、参加費はかかりましてね……まあ、読んでもらえればいいかと。また梨多ちゃんから確定の返事を頂ければ」


 藤田さんが去った後、入れ替わりに澄さんがやってきた。


「今、軽音部の部長さん来てました……?」

「せやねん澄ちゃん。これ見て! 参加するで!」


 澄さんは用紙をまじまじと眺めた。


「じゃあ、櫻井さんのアレ演奏するってことですか……」

「そのつもりやで!」

「アレ、瑠偉くんに歌わせるにはアグレッシブすぎません……?」

「せやかて、今から何曲も作れへんやろ? 多少は歌詞変えるわ」

「まあ、確かにそうなんですよね……瑠偉くんには既存の曲を覚えてもらう時間も必要ですし、新しいのは作れて一曲ですかね……」


 どんどん話が進んでいく。確かにもう一度、ステージには立ちたいと思っていたが、今度はオリジナル曲だなんて。


「大城さんには言ったんですか……?」

「まだやけど、賛成してくれるやろ。呼ぼかぁ」


 しばらくして、大城さんが入ってきた。


「すんませーん! 図書館行ってましたぁ! で、ライブの話ですか?」


 櫻井さんが大城さんに用紙を見せた。


「おおっ……神戸ウィンダムですやん! あそこ借りるんや!」


 どうやらライブハウスの名前らしい。僕はスマホで検索した。


「うわっ……大きいっすね」


 櫻井さんが解説してくれた。


「プロも使うとこやで。利用料けっこうするはずや。藤田くん、今回のイベントは気合い入れとうみたいやね」


 澄さんが言った。


「野外のステージとは……また違って、楽しいと思う……」


 次の目標が決まった。それは、櫻井さんを避けられなくなるということ。けれど、何食わぬ顔をしていればいい。音楽にだけ集中していれば。

 明日、既にある四曲のデータと歌詞を澄さんが持ってきてくれることになったので、とりあえずその日は帰宅した。

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