031 夜明け

 演奏を終えた僕たちはボックスに集まった。杉本さんと青木さんも来てくれた。ここに六人が入るとけっこう窮屈だ。僕と澄さんは床に座り、先輩たちが話すのを眺めていた。

 

「わー! ほんまに緊張しましたー!」


 大城さんが青木さんの腕にしがみついた。青木さんは大城さんの頭を撫でて言った。


「梨多ちゃんほんまに上手くなったなぁ。ええ笑顔やったよ」


 杉本さんがでっぷりと出たお腹をさすって言った。


「みんな、良かったでぇ。会場も盛り上がっとった。瑠偉くんの歌最高やな」


 僕は恥ずかしくて目を伏せた。櫻井さんがパンパンと手を叩いた。


「店予約してんねん! 打ち上げやぁ!」


 連れて行かれたのは、小さなフレンチの店だった。六人で貸し切りだ。皆がワインで乾杯する中、僕はリンゴジュース。ワインはまだ飲んだことがないから、どうなるか全くわからなかったのだ。

 年長者の四人は、僕の知らない話題で盛り上がっていたので、澄さんに声をかけた。


「僕……どうでした?」

「うん……吹っ切れてたね……気持ち良かったでしょう……」

「はい、とても。また、ステージに上がってみたいです」

「ふふっ……瑠偉くんこっちの世界に引き込んで良かった……」


 料理が終わって、そろそろ解散なのかな、と思いかけた時、ふっと店の照明が消えた。


「……えっ?」


 流れてきたのは、ハッピーバースデーの曲。店員さんが、ロウソクのついた大きなホールケーキを持ってきてくれた。いつの間にか僕の背後には櫻井さんが居て、ぎゅっとしがみつかれた。


「瑠偉くん、誕生日おめでとう!」

「あっ、あっ……ありがとうございます!」


 ステージの事で頭がいっぱいで、自分の誕生日だということをすっかり忘れていた。でも、準備してくれていたのだ。この優しい先輩たちは。僕はロウソクの火を吹き消した。


「ほんまに……ほんまに嬉しいです……!」


 こらえきれなくて、鼻をスンとすすった。櫻井さんが僕の髪をわしゃわしゃと撫でた。


「ああもう、泣かんでも」


 すると、大城さんがわっと声をあげた。


「瑠偉くぅん! うちに入ってきてくれて、ありがとうなぁ、うわぁぁぁ!」

「あー、こっちも泣いた」


 ケーキを食べて、その後も少し話し込んでいたらあっという間に夜の十時だった。杉本さんと青木さんはもう一軒行くのだと去って行った。大城さんは澄さんにべったり。まあ、予想通りだ。


「瑠偉くん」

「はい」


 櫻井さんに声をかけられた。


「うち泊まっていかへん? その……渡したいもんあるし」

「あっ、はい……」


 期待していいということだろう。僕は黙って櫻井さんについてマンションまで行った。


「まあ、ゆっくりコーヒーでも飲んどいて!」


 椅子に座り、コーヒーを飲みながら櫻井さんを待った。ケーキだけでも物凄く嬉しかったのに、この先があるなんて。


「お待たせ。これ、プレゼント」


 櫻井さんが紙袋を渡してくれた。その中には長方形の箱。包み紙を取り、取り出すと、液体の入ったガラスの瓶が入っていた。


「香水ですか……?」

「うん。気に入らんかったら返してくれたらええで」


 僕は手首につけてみた。これは……柑橘系の香りだ。清潔感があってクセもない。


「どうかなぁ……あまり大人っぽすぎるんも合わんと思ったから、それにしたんやけど」

「好きです、これ。毎日つけます」

「ほんまぁ?」

「あっ……でもバイトの日はダメですかね、飲食やし。それ以外の日なら」


 ベランダに出てタバコを吸った。僕は櫻井さんの髪に触れた。


「誕生日なんで……甘やかして下さいよ」


 お酒も入っていないのに、大胆なことを言ってしまった。ステージの興奮が冷めていないのだろうか。


「ええよ。まあ、誕生日やなくても甘えてええんやけどな。瑠偉くん年下なんやし」


 タバコを消し、ぎゅっと抱きしめ合った。香水の香りはそのままでいたかった。


「もう、寝室行きたいです」

「うん。今晩はたくさん尽くしたる」


 僕の身体は櫻井さんに触れられる度に敏感になっていて、感じる場所も増えてきた。ギターを弾いていたその細い指で、なぞられ、つままれ。はしたない声が漏れてしまった。

 僕の好きなやり方で繋がって、激しくこすり合わせた。櫻井さんは、お酒が入っていたのもあったのか、終わるとぐったりしてしまった。


「櫻井さん。服着な、風邪引きますよ」

「んん……毛布くるまっとったら大丈夫……」


 櫻井さんは僕の腕に頬をすりつけ、そのまま眠ってしまった。しばらくして、タバコが吸いたくなった僕は、ベッドを抜け出してベランダに行った。

 もう、僕の誕生日は終わってしまった。十九歳の始まり。とても幸せな一日だったけれど。


 ――夜が明けにゃあええのに。


 永遠に櫻井さんと閉じこもって過ごしたい。そんなの叶わない。仮に時間が止まってくれたとしても、櫻井さんはそんなの望まないだろう。

 僕は、櫻井さんと距離を取ることに決めた。

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