030 文化祭
文化祭の日がやってきた。ずらりと食品の屋台が並び、あちこちから楽器の音が聞こえてきていた。わかりやすい待ち合わせ場所といえばやはり喫煙所だ。既に櫻井さんが居た。
「おはようございます、櫻井さん」
「おう、瑠偉くん。賑やかやろ?」
「はい、なんかわくわくしてきました!」
学外からも多数の来場者が来ているようで、年配の人たちもいたし、家族連れも見かけた。何か食べよう、と見て回ると、同級生の姿が見えたので、そこの綿あめを櫻井さんに買ってもらった。
「瑠偉くん似合うなぁ。髪と一緒でフワッフワやもん」
そう言って髪に手を伸ばされた。もう肘をぶつけたり足を踏んだりなんてしない。僕は櫻井さんの気が済むまで自由にさせていた。
腹持ちのいいものをいくつか買って、経済学部の近くのベンチで櫻井さんと分け合って食べた。普段この辺りには来ない。櫻井さんが文化祭のパンフレットを見ながら言った。
「この近くでプラネタリウムやっとうって。観に行く?」
「行ってみましょうか」
僕たちは経済学部の棟に入った。看板を見て一つの教室に入った。その中に大きなドームが置いてあり、そこで行われているようだった。
「わぁっ……」
映し出されている星座は何だろう。理科の授業を真面目に受けておけば良かった。ドーム内にはオルゴールの曲がかかっていて、幻想的だった。
しばらくそこで過ごして、一日目を終えた。翌日もまた、喫煙所で集合して、腹ごしらえだ。
「毎日出店は変わっとうはずやで。何があるかなぁ」
焼きそばを買ったのだが、これが失敗だった。麺がゴムみたいだった。学生の出し物だ、こんなこともある。我慢して食べて、ハズレはないであろうフランクフルトを買った。
そして、中ステへ。藤田さんのバンドが出演することをきちんと把握していたのだ。
「う、うわぁ……」
まだ開始前だというのに、ベンチは満席だった。僕と櫻井さんは後ろの方に突っ立っていることにした。
「中ステは注目されとうからなぁ。ふらっと立ち寄りやすいし」
藤田さんは、今度は洋楽のコピーバンドをやった。CMか何かで聴いたことのある曲で、僕は自然と身体を揺らしていた。
ステージに立つ藤田さんは自信に満ち溢れているように見えて。力強い歌声は僕を鼓舞しているかのような錯覚に陥らせてくれて。
「僕も……僕もやります。あんな風に」
「うん。瑠偉くんやったら大丈夫や」
その日は興奮を落ち着けるために早めにベッドに入り、あえてグレーキャットの曲は聴かずに眠った。
集合時間に遅れては元も子もない。一時間前には舞台袖に着いていた。すると、二人の男性が顔を見せた。
「よう、櫻井」
「杉本! お前また太ったなぁ!」
青木さんの顔は合宿の写真で知っていた。メガネの人だ。そして、恰幅の良いのが杉本さんか。
「勤め人はストレスたまんねん。梨多ちゃん久しぶり」
「お久しぶりですぅ! 杉本さんも青木さんも元気そうで」
青木さんが僕に話しかけてきた。
「君がボーカルの瑠偉くんやんな? 櫻井さんから話は聞いとうで」
「はい。西川瑠偉です」
「頑張ってなぁ。しっかり観とうから」
二人は出ていき、あとは時間が来るのを待つのみとなった。観客がどれくらい集まっているのかは見ないようにした。緊張しないように、緊張しないように。そう思えば思うほど、汗をかいてきた。
「ユービックさんお願いします!」
誘導係の人の声がかかった。大城さんと澄さんは颯爽と機材を持ってステージに上がったが、僕は足が動かなかった。
「あっ……」
すると、櫻井さんがちょんと僕の肩をつついた。振り向くと……キスをされた。
「景気づけ」
櫻井さんに手を引かれ、僕はようやく一歩、踏み出すことができた。スタンドマイクのところまで行き、背筋を伸ばして会場を見渡した。
――やっちゃる。
打ち合わせ通りの大城さんのスティックの音。タン、タン、タンタンタン。
僕は吠えた。音のうねりに合わせ。リズムを感じながら。間奏で櫻井さんを見ると、真剣な顔つきでギターをかき鳴らしていた。一曲目の遠雷が終わり、大城さんのMCだ。
「こんにちはー! 公認軽音サークルユービックのルイ・ウエストリバーです! 全部で三曲お送りします! 楽しんでいって下さい!」
次はフォーマルハウト。一番不安なサビの高音は、今まで歌ったどの時よりもすうっと出た。
最後のサクラナミキの時は、僕はほとんど酔っていた。ひりつく空気に。胸に響く轟音に。歌いきり、櫻井さんの方に目を向けると、その前から櫻井さんも僕を見ていたのだろう。バッチリ目が合った。
――ああ、やっぱり好きじゃなぁ。
櫻井さんと出会ったことで、僕の運命は動き出した。様々なことを教えてくれた。僕はまだ、この人と居たい。一緒に音楽を奏で、触れ合って、笑い合っていたい。
「ありがとうございましたー!」
大城さんが締めの挨拶をした。盛大な拍手が僕たちを包んだ。僕は、一つ、やり遂げることができたのだ。
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