028 封じる

 お盆休みはバイトが忙しかった。入って四ヶ月目。僕は戦力になれているようで、労いの言葉ももらった。

 澄さんの誕生日にはメッセージだけは送った。問題はプレゼントだ。他の二人はどうするのだろう、と思い、まずは大城さんに電話した。


「あたし? 服買ったで!」

「服……あっ、それ以上はもう」

「地雷系似合いそうやろ? ワンピースとニーハイと靴買ったで!」


 全く参考にならなかった。次は櫻井さんだ。


「ああ……去年は確か、青木くんと一緒にエフェクターあげたなぁ」

「エフェクター?」

「ギターの音変えるやつ。今年は俺と瑠偉くん合同で何かあげるか?」

「そうしましょうか」


 僕と櫻井さんは、昼過ぎに三宮で待ち合わせた。約束より十分早く着いたのだが、櫻井さんは既に居て、イルカの柄のシャツを着ていた。


「……どこで買うんですかそういうのん」

「古着が多いかなぁ。これはフリマで買った」

「へぇ……」


 センター街を歩きながら、僕は言った。


「やっぱり機材が喜ばれますかね?」

「どうやろ。去年はリクエスト聞いとってん。今回何も聞いてへんしなぁ……」


 とりあえず島村楽器へ行った。ボタンやダイヤルがついた機材は、やっぱり何が何なのかよくわからなかった。櫻井さんはヘッドホンを見ていた。


「やっぱりもうちょいええの欲しいなぁ……」

「もう、澄さんの買い物っすよ?」


 決まらなかったので、ドトールで一服しながら仕切り直しだ。


「澄さんって何が好きなんですかね?」

「音楽やなぁ……俺よりずっと詳しいし、下手なもん選ばれへんなぁ」

「部屋はぐっちゃぐちゃでようわかりませんでしたし……」

「せや、あの子ピアスあけたったんや」

「ピアス?」


 どうやら、ピアッサーと呼ばれる器具で、櫻井さんが澄さんにあけていたらしい。いつも髪に隠れていたし、意識もしていなかったので、澄さんがピアスをしていたことを知らなかった。


「合宿の時見たけど、ファーストピアスのままやったし、買ったってもええかもしれん」

「それにしましょう!」


 僕と櫻井さんが選んだのは、澄さんのイメージに合う黒い石のものだった。ブラックスピネル。八月の誕生石でもある。

 それから、まるで当然かのように僕たちはスーパーに行った。


「今晩何がええ?」

「揚げ物食べたいです」

「ええなぁ。スライサーあるからポテチも作ろう」


 櫻井さんがキッチンに立ち、僕はその横にひっついて揚げるのを眺めた。


「ほい。熱いから気ぃつけや」


 僕はポテトチップスを食べさせてもらった。


「んー! 揚げたて美味いっすね!」

「どんどんいくでぇ」


 こんなことをしていると、まるで同棲中みたいだ。けど、僕たちは違う。ただの先輩と後輩。たまにセックスをするだけ。それだけの関係なのだ。


「瑠偉くんはピアスあけへんの?」


 櫻井さんが聞いてきた。


「ええ……こわいっす。櫻井さんはいくつあいてるんですか?」

「五個ずつ、全部で十個」

「それ全部自分であけたんですか?」

「せやでぇ。ハマってしもてな……」


 途中から、櫻井さんはビールを取り出した。


「はぁ……合うわぁ……」

「飲める人はええっすね」

「瑠偉くんまた挑戦してみたら?」

「やめときます。吐くん嫌なんで」


 胃の中にパンパンに揚げ物を詰め込み、ベランダで一服だ。


「櫻井さん、美味しかったです。父親の唐揚げより好きかもしれないです」

「へぇ、お父さん料理するんや?」

「中華料理屋なんすよ。地元民しか来ないような小さい店ですけど」

「初めて聞いた」


 ソファに座ると、櫻井さんが僕の手をさすってきた。


「もっと瑠偉くんの話聞きたいなぁ。高校までの瑠偉くんってどんな感じやったん?」

「別に……普通ですよ。田舎なんで、遊びに行くとこあんまりなくて。小さい時は友達と山入って遊んでましたけど、いつの間にか読書とゲームしかしなくなってましたね」


 そんなことより、気になるのは櫻井さんだ。医者の息子に生まれて、どうやって今のようになったんだろう。それに……お金で釣って関係を持つようになった経緯も知りたい。


「櫻井さんの小さい頃って……」

「瑠偉くんって車運転できるん?」

「えっと、はい。車ないと何もできないんで。誕生日きてすぐ教習所行きました」

「ほな車借りてどっか行く? 俺は運転できひんけど」


 遠出の申し出。それ自体は嬉しいのだが。


「まあ……車代、櫻井さんが出してくれるんやったら」

「出す出す! ドライブ行こうなぁ。あっ、せやったら四人の方がええか」

「そうっすね。また計画立てましょうか」


 櫻井さんは、僕の頬にすうっと指を這わせてきた。


「そろそろシャワー浴びる?」

「はい……」


 その日は何も聞き出すことができなかった。しかし、帰ってから、別に知らなくてもいいことだと思い直した。知ってしまえば、きっと歯止めが効かなくなる。この想いは、封じ込めておかねばならないのに。

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