027 気持ち
涼しい風に髪を揺らされ目が覚めた。櫻井さんは行き倒れたかのように畳の上にうつ伏せになっており、大城さんがその背中に足をのせてイビキをかいていて、澄さんが端の方で布団にくるまっているという状況だった。
タバコが吸いたくなった僕は、合宿所を出たところの灰皿まで行って一服した。スマホを見ると朝七時。あの三人はまだまだ起きてこないだろう。
パズルゲームをして暇を潰していると、一時間くらいして澄さんがもそもそ動いた。
「ん……瑠偉くん……おはよ……」
「おはようございます」
「ああ……今日川行くのに……二人起こそうか……」
「はい」
大城さんを澄さんに任せて、僕は櫻井さんを揺らした。
「櫻井さん、櫻井さん」
なかなか起きないので、頬を思いっきりつねった。
「い……痛ぁ……」
「起きて下さいよ」
「もう少し優しくできんか……」
「無理です」
朝食を食べて、それからは水着の上に服を着て出発だ。さすがに大城さんには最後に一人で着替えてもらった。
着いた川は流れがゆるやかで、遊ぶのには丁度いい深さでもあった。水着になって、川の水をかけ合って遊んだ。櫻井さんは僕ばかり攻撃してきた。
「おりゃっ! おりゃっ!」
「もう!」
すると、大城さんと澄さんも僕にかけてきた。
「なんで僕ばっかり!」
大城さんが笑って言った。
「だって的がデカいんやもん!」
やられてばかりではいられない。僕は反抗した。櫻井さんなら別にいいだろう、と背中を押したら盛大にコケさせてしまった。
「だ、大丈夫っすか!」
「瑠偉くん酷い」
それでオチがついたので、川べりに座って休憩。今度は上流へ行って釣りをした。僕はさっぱりだったのだが、澄さんが六匹も川魚を釣り上げ、それを塩焼きにしてもらって食べた。
部屋に戻り、少しダラダラした後、バーベキューの準備だ。食材は管理人さんが準備してくれていたが、切るのは自分たちでやらねばならない。櫻井さんが頼もしく自分の胸を叩いた。
「俺が野菜全部切ったる。任せときぃ!」
肉は安物だろう。こんがり焼くと固かった。しかし、外でやっているという特別感と、何よりこの四人で食べているという充実感で、とても美味しく思えた。
大城さんが、焼けた具材をせっせと僕の皿に移してくれて、野菜もしっかり頂いた。大城さんは澄さんの皿にシイタケを乗せて言った。
「一個ぐらい食べやぁ」
「……だから苦手だって、去年も言ったじゃないですか」
そして、澄さんはシイタケを大城さんに突き返した。櫻井さんが横からひょいとそのシイタケをつまんだ。
「ほな俺が食べるぅ」
僕は櫻井さんに尋ねた。
「櫻井さんって嫌いな食べ物あります?」
「んー、強いて言うとパクチー」
大城さんが言った。
「タイ料理会来てくれませんでしたねぇ」
「あんなん地獄や……」
先輩たちはビールも飲んでいた。今夜のスタジオ練習はおそらく無しだろう。
風呂に入った後、部屋でまた飲み会だ。僕は面白くない。アルコールがいける体質だったらどんなに良かっただろう。
澄さんは途中で横になり、寝息を立て始めた。大城さんもへにゃんと布団の上に突っ伏した。残ったのは僕と櫻井さんだけ。
「二人、寝ましたね」
「俺もそろそろ酒やめとこ」
「タバコ吸いに行きません?」
「そうしよか」
美しい夜空が広がっていた。久しく見ていなかった光景だ。実家にいた頃は、これが当たり前だと思っていた。
「瑠偉くん……楽しめた?」
櫻井さんが僕の顔を覗き込んできた。
「お酒飲めへんのが悔しいんですけど……それ以外は。ここ来てよかったです」
「そうかぁ。そない思ってくれてたんやったらよかった」
そして、部屋のドアを開けようとしたのだが。
「……やってますね」
「やっとうな」
明らかにそういう声が聞こえてきた。
「まあ……あの二人気にせぇへんと思うけど……他のとこで暇潰そか……」
「そうですね……」
櫻井さんはスタジオに足を向けた。しかし、ギターを部屋に置きっぱなしなのにどうしようというのだろう。
「櫻井さん、ここ来てもすることなくないですか?」
「あるよ」
「えっ」
軽く押され、背中が壁につき、肩をぐっと掴まれた。酔っぱらいのくせに、凄い力だ。
「櫻井さんっ……」
何をする気かわかってしまったわけだが、抗う理由もなくて。
「んっ……」
僕は少し背を曲げて、立ったままキスをした。
「でも……ゴムどうするんすか……」
「ポケットに一個入っとう」
「最初からその気でした……?」
「いや? チャンスあったら使おかなぁって思ってただけ」
ここは昨日、皆で音を合わせた場所。それを思うと、高ぶってしまう自分がいた。結局は僕も毒されているのだ、櫻井さんに。
「まだ夜は長いんや……ゆっくりしよか……」
「はい……」
スタジオにはカーペットが敷かれているとはいえ、固い。終わるとすっかり膝が痛くなっていた。
部屋に戻ると、大城さんと澄さんは、きちんと服を着て寄り添って眠っていて。それが羨ましくなった僕は、櫻井さんに持ちかけた。
「腕枕しますよ」
「ほんま?」
櫻井さんはすぐに眠ってしまった。規則正しく呼吸する音を聞いていると、少しぐらいは漏らしたくなって。
「……好きです」
柔らかな金髪を撫で、僕も眠った。
そうして、夏合宿は終わった。
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