026 合宿
夏合宿の日がやってきた。
ボーカルの僕は着替えだけでいいが、先輩たちは大荷物だった。バスに乗り、長野へ。行くのはこれが初めてだ。
昼過ぎに、見渡す限り緑色の高原が広がる場所に到着した。こういう風景を見ると実家を思い出す。
合宿所はボロ……年季の入った建物で、フロントで大城さんが鍵を受け取り部屋へ向かった。
「えっ……四人一緒の部屋ですか?」
大城さんがヘラヘラと笑った。
「せやで? 大部屋の方が安いもん」
肉体関係が混線している四人だ。あまりよろしくないと思うのだが。大城さんがガサゴソと自分の荷物をあさりはじめた。
「汗かいたし着替えようっと」
そして、大城さんは着ていたTシャツをあっさりと脱いだ。ピンク色のレースのついた下着がバッチリ見えてしまった。櫻井さんがのんきに言った。
「大城ちゃんのブラ可愛いなぁ」
「でしょー?」
澄さんは早速コンセントにスマホの充電器を繋げていて、我関せずといった感じ。女性の下着姿にいちいち反応している僕の方がおかしいのかという感覚になってきた。
昼食はざる蕎麦だった。それを食べて高原に繰り出した。大城さんは何か荷物を持ち出しており、それを振り回しながら叫んだ。
「大自然やぁー!」
櫻井さんも澄さんもどこか浮かれていた。都会育ちの人たちだから当然か。僕は大城さんに尋ねた。
「それ、何ですか?」
「バドミントン! 二人ずつになってやろうやぁ」
僕は櫻井さんと組んだ。小柄な身体のどこにそんな力があるのか、大城さんの一撃は鋭かった。ドラムをしているから手首がしなやかなのかもしれない。
「櫻井さん!」
「おう!」
僕は櫻井さんと息を合わせた。狙うのは澄さんだ。
「はぁ、はぁ、ぼく、もう無理です……」
露骨にやりすぎたかもしれない。澄さんはその場にへたりこんだ。大城さんがニタリと口角を上げた。
「一人でも相手になりますよぉ!」
「言ったな、大城ちゃん!」
大城さんとやり合って、一休みした後、辺りを散策することにした。僕にとっては、何の変哲もない木々が生い茂る道だが、他の三人にとってはそうではないらしい。櫻井さんが言った。
「やっぱり自然はええなぁ……」
僕はこう答えた。
「うちの実家行ったらなんぼでも緑ありますけどね……」
「瑠偉くんの実家かぁ。行ってみたいなぁ」
夕方に部屋に戻り、畳に寝転がってのんびりした。クーラーをつけなくても、爽やかな風が窓から入り込んできて、ついうとうとした。
「瑠偉くん。ごはんやで」
櫻井さんに起こされた。くわぁ、とあくびをして食堂に行った。今晩はカレーだった。食べながら、僕は大城さんに聞いた。
「この後スタジオですか?」
「せやね。折角使い放題やし。三曲ぶっ続けで合わせてみよか?」
曲順は櫻井さんが決めていた。「遠雷」「フォーマルハウト」「サクラナミキ」だ。全ての歌詞はもう覚えていたので、手ぶらでスタジオに入った。
まずは三曲通してやってみた後、大城さんがMCのタイミングについて悩み始めた。
「最初にバーって紹介してから曲入ったらええですかね?」
櫻井さんが言った。
「いや、まずはガツンと音鳴らそう。遠雷の後にやろう。そっから適当に弾いて……」
澄さんが口を添えた。
「ぼくも合わせます。それからフォーマルハウトのイントロ入りましょう」
今度はMC込みでやってみた。何回聞いても「ルイ・ウエストリバー」はどうかと思うのだが、僕以外は気に入ってしまっているのでどうしようもない。
大城さんが一番不安だというサクラナミキを何度かやって、風呂に入ることにした。地元の銭湯以来の大浴場だ。
「わー!」
櫻井さんが泳ぎだした。
「マナー違反ですよ……」
澄さんは呆れ顔。櫻井さん何歳だ。大学六年目だから……誕生日が来ていなければ二十三歳か。そういえば、僕は大城さん以外の誕生日を知らない。泳いでいる櫻井さんには後で聞くことにして、澄さんに振ってみた。
「澄さんって誕生日いつなんですか?」
「八月十二日だよ……」
「もうすぐじゃないですか!」
「まあ、その日は実家に帰ってるけど……」
プレゼントは今度会った時に渡そう。そう決めた。身体を洗い、泳ぎ疲れて浴槽のへりに座っていた櫻井さんに聞いた。
「櫻井さんの誕生日いつですか?」
「ん? 三月七日やで。うお座」
澄さんが言った。
「星座占い合ってますね……」
「へぇ、そうなん?」
「まあ、あんなの遊びですけど……」
櫻井さんを祝えるのは卒業ギリギリになる。最初で最後になるのだろうな、と思った。
部屋に戻ると、まだ大城さんは戻ってきていなかった。櫻井さんが一旦出ていき、たんまりとビールを持って床に並べ始めた。
「さぁ、飲も飲も!」
僕は文句を言った。
「ソフトドリンクないじゃないですか」
「あ、忘れてた。コーラでも持ってくるわ」
「僕、自分で行くんでいいです。冷蔵庫開けたらええんですよね?」
「せやでー!」
今この合宿所を借りているのは僕たちだけらしい。食堂の冷蔵庫からコーラと、念の為に先輩たちのミネラルウォーターを出して戻った。僕抜きで宴会は始まっていた。
「もう! 僕が来るまで待っとって下さいよ!」
櫻井さんは自分の毛先をくるくるといじりながら言った。
「ごめんごめん。大城ちゃんが、喉渇いたぁ! って口つけてもて」
僕だけノンアルコール。澄さんは淡々としていたが、櫻井さんと大城さんは僕の知らない話題で大盛りあがりで、最後にはやっぱり大城さんがわんわん泣いた。
移動や練習で疲れていた僕は、まだはしゃいでいる櫻井さんをよそに、布団の中に入った。
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