025 海

 夏休みが始まった。合宿でお金も使うし、僕はバイトを増やした。けれど、せっかくの十八の夏を労働にばかり費やすのは勿体ない。ある夜、事を終えた僕は、ベッドの上で櫻井さんに聞いてみた。


「なんか、夏らしいことしたいんですよ。神戸でええとこないですか?」

「せやなぁ……海行くか? 須磨の海」

「海!」


 大城さんと澄さんも誘い、僕たちは須磨海水浴場に来た。


「晴れたー!」


 僕は天に腕を突き出した。ギラギラと照りつける太陽。潮の香り。波の音。これぞ夏だ。大城さんが言った。


「はな、着替えてこよか。浮き輪も借りたいし……そこの前で集合な」


 男子ロッカーで僕は買ったばかりの水着を披露した。爽やかな青だ。澄さんは、やっぱりというか何というか、モノクロの控えめなデザイン。櫻井さんは……ヒョウ柄だった。


「櫻井さん水着も派手ですねぇ」

「似合うからええやろ」


 そして、男三人で大城さんを待ったのだが、けっこう時間がかかった。心配になって連絡をしてみようか、という話が出た頃、大城さんが走ってきた。


「ごめんごめん! 日焼け止め塗ってたら遅くなったぁ!」


 大城さんの水着は黒一色のビキニ。走る度に、たゆんたゆんと胸が大きく揺れていた。むっちりとした太もももあらわになっており、視線をそらすのに僕は必死だった。

 浮き輪を借りて、早速海に飛び込んだ。ぷかぷかと浮かんでいるだけで気持ちいい。櫻井さんがふよりと寄ってきた。今日の櫻井さんの髪は高い位置で結い上げられていた。


「瑠偉くん泳ぐん得意?」

「それなりには」

「あのブイのとこまで競争しようやぁ」

「ええっすよ」


 一旦浮き輪を置いて、せーのでスタートだ。本気で泳ぐのなんて中学生以来だが、僕の方が手足が長い。きっと有利。しかし、櫻井さんは速かった。差をつけられ負けてしまった。


「負けたぁ!」

「よっしゃ、今日は何でも言うこと聞いてもらおかな」

「えー? 後で罰ゲーム設定するのんずるいですよぉ」


 戻ってくると、大城さんと澄さんは並んで座っていた。澄さんがこぼした。


「バテた……」


 櫻井さんが言った。


「ほな俺、瑠偉くんと冷たいもん買ってくるわ」

「お願いします……」


 僕たちはかき氷を買った。氷はみるみるうちに溶けていき、すっかり液体になった赤いものをすすった。

 それから、澄さんはずっと待機。僕は少しでも長く海に入っていたくて、櫻井さんと大城さんにそれに付き合ってもらった。

 昼食は海の家で。僕以外はビールを注文した。櫻井さんが一気に半分くらい飲んでぷはぁと息を吐いた。


「あー! 海で飲むビール最高!」


 僕はお酒に弱いことが判明してしまったので羨ましかった。でも、焼きそばとコーラも美味しい。大城さんが言った。


「澄ちゃん辛そうやしもう帰りましょか」

「済みません……野外で遊ぶの、慣れてなくて……」


 櫻井さんがわしゃわしゃと澄さんの頭を撫でた。


「ええねん、ええねん。十分楽しめたでぇ」


 電車に乗って、途中の駅で大城さんが降りて。澄さんとも坂道の下で別れて、櫻井さんと二人になった。


「瑠偉くん、今日はそっちの部屋行きたいなぁ」

「ええ……狭いっすよ?」

「何でも言うこと聞く日やん?」

「あっ、ずるぅ……」


 こんなことになるなんて思っていなかったから、部屋は荒れていた。澄さんの部屋よりはマシだとは思うが。


「へぇ……カッコええ部屋やね」

「ありがとうございます。そういえば、ここに人呼ぶん、櫻井さんが初めてですよ」


 僕はソファにぐしゃぐしゃに置いてしまっていた服を片付けて櫻井さんに座ってもらった。僕もその隣に腰掛けた。自然と肩がくっついた。


「夕飯まで時間ありますね。どうしましょうか」

「まあ、一つしかないやん?」


 ついばまれるような、遊びっぽいキス。こういうのも嫌いじゃない。僕はその先を期待した。


「櫻井さん……」

「今日は自分でしとうとこ見せてもらおかなぁ」

「えっ」

「泳ぎで負けたやん」

「そうですけど……」


 結局、僕はベッドにあがることになった。櫻井さんはソファにもたれかかり、すっかりくつろいでいた。


「俺がええって言うまで出したらあかんで」

「そんなぁ……」


 自分だけ脱いでいるというのがたまらなく恥ずかしい。櫻井さんはねっとりとした視線を向けてきて、僕は目を瞑って動かした。


「んっ……」

「あはっ、可愛い」


 一人の時よりはるかに早く達しそうになった。


「櫻井さんっ、もう……」

「えー? まだあかんよ」

「うう……」


 いつまで経っても許してくれず、ついには暴発してしまった。


「あぅっ……うっ……」

「ごめんごめん、いじめすぎたなぁ。拭いたるわ」


 床を片付けてもらって、僕は櫻井さんをベッドに引っ張り込んだ。


「仕返しします」

「へぇ、やってみぃ?」


 ――勝てへんのぅ。この人には。


 年齢の差もあるし、経験の差はもっとあるし。僕が櫻井さんに追いつけることなど永遠にない。そして、来年になれば離れ離れになるのだ。

 それまでの刹那。僕は楽しんでやろうと決めたのだ。

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