024 バンド名
前期試験が近付いてきた。
文学部の僕は、語学以外の必修科目はレポートがほとんどだ。下書きはスマホで、仕上げは大学のパソコンルームでやって締切より余裕を持って提出した。
そして、中ステ審査に出す音源の提出期限も迫っていた。テスト期間が終わり、その翌日にスタジオで録音することになった。
「うう……緊張します」
今回予約を取ったのは一番いいAスタジオ。大きな鏡があり、自分たちの姿がよく見えるようになっていた。セッティングを終えた櫻井さんがポンと僕の肩を叩いた。
「まあ、瑠偉くんはいつも通りやったらええ。自分の気持ちええように歌い」
「はい……!」
録音は三回。その中で、最もいい出来のものを採用する、ということになっていた。大城さんがスティックを構えた。僕たちは視線を交わした。
――櫻井さんの言った通りじゃ。気負う必要ねぇ。
それでも、きちんとドラムの音を聴いて、リズム感を大事にしながら、僕は歌いきった。
「うん……いいんじゃないかな」
ボックスに戻り、皆で音源を聴き終わると澄さんが言った。大城さんが悩み始めた。
「二回目の方がバシッと合っとう気はするけど、瑠偉くんの声がしっかり伸びとうんは三回目かな。どうする?」
櫻井さんが言った。
「三回目やな。俺も弾いててこの時が一番瑠偉くんカッコええと思った」
大城さんは頷いた。
「ほな、三回目でいきますね。澄ちゃん編集とかよろしくなぁ」
「はい」
審査結果は七月三十日に出るらしい。それまでは祈りながら待つしかない。櫻井さんが言った。
「瑠偉くん、今日ご飯作ったろか? お疲れさんいうことで」
「あっ、じゃあ……」
大城さんと澄さんをボックスに残して、僕たちはスーパーに向かった。
「暑いしなぁ。そうめんにしよか」
「ええっすね。僕、卵乗せて欲しいです」
「お安い御用」
櫻井さんと何度も身体を重ねる度、想いは胸の奥深くに沈んでいった。伝えることなどもうないだろう。今、この瞬間、気持ちよければそれでいい。
「瑠偉くん……巧くなったなぁ……」
僕はあらゆることを覚えた。櫻井さんの好きなやり方もわかってきたし、僕がリードすることさえあった。
「櫻井さん……もっと見せて下さいよ……」
「んっ……」
悦楽に顔を歪める櫻井さんはとても可愛らしくて。別の時間に他の誰かとしていても構わない。今はこの僕が独占しているから。そう思いながら指を這わせた。
音源は、締切前日に提出したらしい。ボックスに行くと、大城さんと澄さんがいて、そのことを報告された。
「でな、瑠偉くん、バンド名決めなあかんの忘れててさぁ。澄ちゃんと考えてんけど」
「何にしたんですか?」
「ルイ・ウエストリバー」
「えっ」
「やから、ルイ・ウエストリバー」
「……何じゃそれ」
澄さんを見ると、真顔でスマホをいじっていた。僕は抗議した。
「ダサいっすよそれ! 西川を英語読みにしだただけですやん!」
「えーダサい? ええと思ってんけど」
「澄さんも止めて下さいよ!」
「ヴァン・ヘイレンとかマリリン・マンソンみたいなものだと思えば……」
「例えられてもわからんのですけど!」
何でこんな大事なことを当人抜きで決めてしまったんだ、この人たちは。
「僕も今から考えるんで変えましょう!」
「あれ、提出したら変えられへんねん」
「えー! 嫌ですよ! それで名乗らなあかんのでしょう!」
櫻井さんがやってきたので僕はまくしたてた。
「バンド名、めちゃくちゃダサいんですけど! 嫌なんですけど! 普通僕の意見聞きませんか?」
「え、何になったん?」
大城さんが右腕を突き出した。
「ルイ・ウエストリバー!」
櫻井さんも僕に同調してくれると思いきや、大城さんの右手にタッチした。
「ええやん! 大城ちゃんさすがのセンスや!」
「でしょ?」
「はぁ……」
もう遅いみたいだし、僕はこれ以上のことは諦めた。澄さんが言った。
「MCは……大城さんがやったらいいんじゃないですか……サークル長だし……」
「うん、やるやる。自信持って言うで! ルイ・ウエストリバー!」
そして、発表当日。サークル長である大城さんのスマホに連絡が入ることになっていた。四人がボックスに揃い、今か今かとその時を待っていた。
「……来た!」
ずらりと並んだ十組のサークル名とバンド名。その中に、「ルイ・ウエストリバー」は……あった。
「やったぁ!」
僕たちは、テーブルを挟んでハイタッチした。大城さんは声を上げた。
「これから忙しなるでぇ! あとの二曲も仕上げて、構成考えて、練習して!」
ステージの日程は、後日決まるとのことだった。中ステには軽音以外にブラスバンドやダンス、コントも出演するそうで、それらとの兼ね合いで調整されるらしい。
ついに僕は大勢の人の前で歌う。それをしてもいい、と許されたのだ。審査に通った。それだけで、僕の胸には自信が満ち溢れてきた。
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