022 割り切り
泣いてしまえばスッキリした。櫻井さんが僕を利用したように、僕も遊んでやればいい。そして、澄さんの部屋に行った翌日に櫻井さんに連絡した。
「おう、瑠偉くんお疲れぇ」
四限終わり、大学の喫煙所で待ち合わせていた。それぞれ一服してからスーパーへ向かった。
「櫻井さん、今日も和食食べたいです!
みそ汁は必須で!」
「どうしようかなぁ。なめこいけるか?」
「ぬるぬるしたものはあんまり……」
「ほなシンプルに豆腐とワカメにしよか」
今夜はシャケの塩焼きがメインだった。家ではカップ麺だし学食でも麺類か丼物ばかりだし、魚を食べられるというのはやっぱりいい。
「今日のんもめっちゃ美味しいです!」
「ありがとうなぁ。瑠偉くんええ顔して食うてくれるから、作るん楽しいわぁ」
僕は食欲と性欲を満たしにきただけ。そう考えれば楽になれる気がした。
「そうだ……澄さんの部屋に行ったんですけど。それで大城さんの趣味知っちゃって」
「ああ、アレな! 澄ちゃん綺麗やからなぁ。いっぺん写真見せてもろたけどよう似合ってたわ」
僕は思い切って尋ねてみた。
「櫻井さんはあるんですか、そういう、趣味みたいな」
「んー、俺は基本相手に合わせとうからなぁ。瑠偉くん何かリクエストあるんやったら大体のことは応えるけど」
「いえ……そういうのはまだ、よくわかんないです。けど、今日は僕が動いていいですか」
櫻井さんの口元がニイッと歪んだ。
「ええで。好きなようにしてみぃ」
「……はい」
ベランダでタバコを吸った。空気は湿っぽかった。確実に季節は移り変わっているのだ。
「櫻井さん……」
タバコに火がついたままキスをした。
「今日の瑠偉くん、積極的やなぁ」
「嫌ですか?」
「ううん。ウブやった子が育っていくん見るのもおもろいよ」
やはり、この人にとってはただの娯楽なのだ。セックスなんて。それなら僕も追究するまで。
「シャワー浴びましょか」
「おう」
僕は思うがままに櫻井さんに触れた。さすがに経験では勝てないのか、櫻井さんは余裕そうだったけど。
わからないなりに、櫻井さんに尽くしてみた。僕がされたことを思い出しながら。甘い吐息が櫻井さんから漏れて、僕は安堵した。僕でも彼を感じさせることができるのだ。
クーラーはつけていなかった。終わった時には二人とも汗をかいていて、もう一度シャワーを浴びた。
服を着て、ベランダで一服していると、櫻井さんが聞いてきた。
「瑠偉くんって、歌と本と。あと何が好き?」
「映画も観ますよ。澄さんとも観に行きました」
「へぇ……ずいぶん澄ちゃんと仲良くなったんやね。あの子も丸くなったなぁ」
リビングに戻って、ソファで話の続きをした。
「澄ちゃんなぁ。軽音部におったんよ。一ヶ月くらい」
「あっ、そうなんですね?」
「そこで色々疲れてしもたらしくて。少人数のサークル入りたいから、ってうち来たんや」
「何があったんですかね?」
「まあ、その辺気になるんやったら本人に聞き。俺から話すことでもないと思うから」
櫻井さんは冷蔵庫からビールとコーラを取ってきた。僕はコーラを受け取ってフタを開けた。
「大城さんは……杉本さんでしたっけ。当時のサークル長に勧誘されたておっしゃってましたけど」
「そうそう。入ってきた時は黒髪でなぁ。清楚な感じやってんけど……派手髪にしたい言うて、俺が赤がええんちゃう? って言ったらほんまにしよって」
「なんか、当時の大城さんが想像できないですね」
疲れた身体にコーラの甘みが染み渡った。僕は質問を続けた。
「櫻井さんはどうして入ったんですか?」
「ああ、軽音部追い出されたんは言うたやろ」
「はい」
「そしたら、その噂が当時のサークル長に届いてな。どっちや、って声かけられて」
「どっち?」
「パートのことかと思ってギターやって言うてんけど、違うかったみたいで。正直に言うたら、ネコ探しとったんや! って喜ばれて」
「……はぁ」
歴代のサークル長にろくな人はいなかったらしい。その伝統が脈々と続いてしまっているということなのだろうか。
「倉石さんっていうんやけどな。その人、卒業してすぐに会社立ち上げたから、俺そこに呼ばれとうねん」
以前大城さんから聞いたことのある話だった。
「でも、二年待たせてるんですよね?」
「せやねん。今回こそほんまに卒業せんと席無いで、とは言われとうから、ちゃんとするわぁ」
コーラを飲み切って帰ることにした。
「ほな、またな瑠偉くん」
「はい。ごちそうさまでした」
――これでええんじゃ。
上手く会話できたし、櫻井さんを悦ばせることもできた。このままの関係を続けていって、卒業すればさよなら。その間に別の誰かを好きになることができれば、それでもいい。
空を見上げると、曇っていて星も月も見えなかった。僕は早足で部屋に帰り、服も着替えずベッドに入った。まだ残る櫻井さんの感触にひたりながら、幸せな眠りにつきたかった。
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