020 ラーメン

 語学の中間テストがあるので、僕はボックスに行かずに図書館で勉強することにした。部屋だとついだらけてベッドに入ったりスマホを見たりしてしまうだろうから。

 大学の図書館は広い。自習用の一人席が沢山あって、キッチリと仕切りで区切られているから集中できた。

 喫煙所がある芝生広場までは遠いので、ちょっと一服、するのは気が引けた。僕は我慢して問題集を解き続けた。

 そろそろ帰ろうかと荷物をまとめようとした時、肩を叩かれた。振り向くと、大城さんだった。


「瑠偉くん。勉強しとったんや」

「はい。大城さんも?」

「あたしは簿記。瑠偉くんは……英語?」

「ええ。もう帰るとこです」

「ほな一緒にご飯食べへん?」

「ぜひ!」


 図書館を出て、僕は大城さんに尋ねた。


「簿記って、経理するんに使うやつですよね?」

「せやで。資格は大学のうちに取っといた方がええと思ってな。三級は取ったんよ。次二級」

「へぇ……凄いですね」


 大城さんは三回生。そろそろ就活を意識しているのだろう。とすると、櫻井さんのことが気になってきた。


「櫻井さんって、就活どうするんですかねぇ。ずっとあの金髪みたいですけど」

「ああ、なんやユービックの先輩が立ち上げた会社に行くん決まってるみたいやで? まあ、二年待ってもらっとうわけやけど!」


 それならばあの髪型も納得だ。


「せや。瑠偉くん、あかねのラーメン食べたことある?」

「いえ、ないですけど」

「ほな行こう! めっちゃ美味しいから!」


 そうして、大城さんに「あかね」に連れて行ってもらった。可愛らしい店名から、あっさり系を想像していたのだが……違った。


「うわぁ……」


 うず高く積まれたモヤシとキャベツ。厚切りのチャーシュー。僕は大城さんに言われて少なめを頼んだのだが、それでも凄いボリュームだ。大城さんはというと野菜を追加していた。


「これ……どうやって食べたらええんですか?」

「んー? まあ作法はないけど。麺引きずり出してみぃ」


 野菜の下から麺を箸で掴んだ。濃いスープがよく染みていて、ガツンとくる味だ。バランスよく食べ進めたつもりだったのだが、最後は野菜ばかり残った。大城さんの食べるペースは早く、スープもほとんど飲みきってしまっていた。


「うう……満腹っす……」

「まだ時間あるなぁ。タバコ吸いたいしお茶でもする?」

「まあ、コーヒーくらいなら入ります」


 僕たちが入ったのは昔ながらの喫茶店だった。灰皿は大きなガラス製のもので、祖父が使っていたものを思い出した。


「チョコパフェかな……イチゴパフェかな……」

「大城さんまだ食べるんですか?」

「甘いもん欲しくなってんもん。決めた、チョコ」


 大城さんはいつもラフな格好をしているので、体型がわかりにくいのだが、そんなに太ってはいないはずだ。食べたものは、あの胸にいくのだろうか……。

 二人でもくもくと煙を出し、注文の品が来るのを待った。大城さんが言った。


「瑠偉くん、大学慣れた?」

「はい。もうすぐ二ヶ月ですし。一人暮らしも何とかなってます」

「困ったことあったら言ってな。まあ、一人暮らしのことやったら櫻井さんに聞けばええか」

「まあ……そうなんですけど」


 大城さんがずいっと身を乗り出した。


「で? あれから櫻井さんとはどうなん?」

「二回目……しました」

「わー、男同士ってどんな感じなんやろ。あたしにも竿ついとったらよかってんけど」


 よりにもよって大城さんがそんな単語を出した時にアイスコーヒーとチョコパフェがきた。


「……大城さんは恥じらいないんですか」

「あるて! 失礼な!」

「そうは思えないんですけど」


 そして、大城さんは生クリームを長いスプーンですくって食べた。


「んー、美味しい。瑠偉くん一口いる?」

「遠慮しときます」


 僕はストローでアイスコーヒーを一口含んだ。


「まあ、あれやで。あたしもあのサークル入るまでは関心なかってんで」

「そうなんですか?」

「ほら、杉本さんの話したやろ。あの人とええ感じになって、ラブホ行ったんが最初やったなぁ」


 この前の会話を僕は思い出した。


「それから……青木さんって人ともしたんですっけ」

「うん。別の人はどんな感じなんやろうなって気になって」

「そういう発想になるのが凄いと思いますけど」

「櫻井さんにも、気持ちええことはなんぼでもやったらええねん! って背中押されて」

「うわぁ」


 今の大城さんはどうやら櫻井さんの悪影響の結果らしい。


「でも……した人のこと、好きにならないんですか?」

「えっ? 好きやで? みーんな好き」

「その……独占したいとか、思わないんですか」

「あっ、それはないなぁ。縛るんも縛られるん嫌やもん」


 そして、大城さんは決定的なことを言ってきた。


「んー? 櫻井さんのこと独占したくなったん?」

「うっ……」


 僕は灰皿に視線を落とした。


「えっ……ほんまか。ほんまなんか」

「うう……」


 大城さんは僕の頭をポンポンと軽く撫でた。


「うん……別の人にしとき。この世には男も女もなんぼでもおるんやから」

「そうですよね……」


 僕よりはるかに櫻井さんとの付き合いが長い大城さんが言うのだ。大人しくそうした方が自分のためだと何度も心の中で言い聞かせた。

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