018 意識

 意識している、と気付いて、それなら隠しておくまでだと心を決めて。僕はボックスに向かった。

 先輩たちは勢揃いしていて、今日も何かのおやつをつまんでいた。大城さんが言った。


「瑠偉くんお疲れ! ゼリー持ってきてん。瑠偉くん最後やったからぶどうしか残ってへんけど」

「頂きます」


 僕は椅子に座った。そういえば、四人の時は櫻井さんの隣、ということで定着してしまっていた。何でもないような顔をしてゼリーのフタを開けた。


「んっ、美味しいっす」

「やろ? やっぱり今の時期冷たいもんやね」


 五月の中旬。朝はまだひんやりとすることもあるが、日中はじりじりと太陽が照りつけていて、もう初夏だと言い切ってしまってもいいだろう。櫻井さんが言った。


「大城ちゃん、瑠偉くんにあの話しよか」

「せやね! あんなぁ瑠偉くん、八月にうちのサークル恒例の夏合宿するんよ。長野。スケジュール聞いとこうと思って」


 合宿。僕は身を乗り出した。


「行きたいです! いつでもええですよ!」


 澄さんが言った。


「帰省とかしないの……僕はするからお盆は避けてもらうけど……」

「あっ、帰省」


 すっかりそのことが頭から抜け落ちていた。両親からは特に連絡もないし、特に帰りたいとも思っていなかったのだ。


「交通費かかるし……僕は合宿優先します」


 大城さんがポンと手を叩いた。


「ほな、八月の始めの方にしよか。毎年借りてる、スタジオついとう合宿所があるねん。二泊三日な」


 櫻井さんが自分のスマホを僕に見せてくれた。


「これ、去年の写真。このメガネが卒業した青木くん」


 そこには、バーベキューをする四人の姿が写っていた。澄さんはこの時はまだ黒髪だ。櫻井さんと大城さんはほとんど変わらない。


「バーベキューできるんですか?」

「せやで! 瑠偉くんよう食うし肉たっぷり準備してもらおなぁ」


 まかないでいい肉を食べさせてもらっている僕だが、外で食べるものはまた格別だろう。一気に合宿が楽しみになってきた。櫻井さんはスマホをズボンのポケットに入れて言った。


「なぁ、瑠偉くん今晩暇?」

「暇ですけど」

「夕飯食いに来ぉへん? 何か作ったるわ」

「ええんですか?」


 というわけで、僕は櫻井さんとスーパーに向かった。僕のマンションとは大学を挟んで反対側にあるというのもあって、初めて来るところだった。


「わぁ……広いっすね」

「品揃えええよ。何にしよ。昨日は何食べた?」

「カップ麺です」

「その前は?」

「カップ麺」

「カップ麺ばっかりかいな!」

「夕飯は基本そうですけど……」


 櫻井さんはふうっとため息をついた。


「絶対野菜足りてへんな。メインは魚にしよ。ガッツリ和食作ったる」

「へぇ……作れるんすか?」

「なめてもろたら困るなぁ。一人暮らし六年目や。それくらいできるで」


 櫻井さんは慣れた様子で売り場を回った。食材も色々吟味しているようだったが、僕は表示を見ないとホウレンソウなんだかチンゲンサイなんだかがわからない。それくらい自炊には興味がないのだ。

 櫻井さんが料理をしている間、僕はソファでスマホのパズルゲームをして暇を潰していた。それに熱中していたら、いつの間にかダイニングテーブルにたんまりと料理が並べられていた。


「わぁっ……!」


 ブリの照り焼き。ヒジキの煮物。ホウレンソウのみそ汁につやつやしたお米。


「ヒジキは作り置き。炊きすぎたからなぁ、丁度良かったわ」

「いただきます!」


 僕はまずブリに箸をつけた。甘辛いタレが絡んで、ふっくらとしていて、味も食感もとても良かった。


「櫻井さんって見かけによらず料理上手いんですね! めっちゃ美味しいです!」

「なんや余計な言葉ついとうけど褒められたから許したろ」


 お米とみそ汁はおかわりした。その後の一服が最高だ。


「……それで、瑠偉くん、今日はそのまま帰る? 俺はどっちでもええけど」

「もう少し……います」


 シャワーを一緒に浴びることになった。櫻井さんは長い金髪をくるくるとヘアクリップでまとめた。あらわになったうなじが色っぽい。


「ふふっ……今度は緊張してへんなぁ」

「ちょっとは、してます」


 僕は櫻井さんに従った。泡をつけて。そっと撫でて。敏感なところへ。


「んっ……」

「あっ……痛かったですか?」

「ううん……続けて……」


 ベッドに入ってからはずっと、櫻井さんのペース。僕は受け身のままだった。もどかしいけど、勇気が出なくて。終わって手を握られたのが恥ずかしくて、僕から離してしまった。


「櫻井さんって……今まで何人としたんですか」


 悲しくなるのはわかっていて、そんなことを聞いてしまった。


「えー? 瑠偉くん自分が吸ったタバコの本数覚えとう?」

「覚えてないですけど……」

「それと一緒。もう忘れたなぁ」


 帰り道で僕は下唇を噛んだ。僕にとって特別なことでも、櫻井さんには日々の喫煙と変わらないのだ。

 僕は、好きになってはいけない人を、好きになってしまった。

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