015 映画

 初めてサクラナミキを合わせた翌日。僕はまた、四限終わりにボックスへ行った。澄さんが椅子に座っていて、スマホで何かを熱心に観ており、僕がやってきたことに気付いていないようだった。


「澄さん……お疲れさまです」

「わっ……瑠偉くん。来てたの」


 僕は澄さんの隣の椅子に腰かけた。


「何を観てたんですか?」

「映画のトレーラー……今公開されてるやつ……」


 澄さんはスマホの画面を見せてくれた。


「あっ! ハイネの新作じゃないですか!」

「瑠偉くん……知ってるの……」

「シリーズ全部観てます!」


 それは、「異能捜査官ハイネ」というアニメ作品だった。七つの異能を持つ主人公が怪事件を解決する、アクションあり恋愛ありのエンタメだ。


「澄さんもハイネ好きなんですか?」

「うん……」

「えっ、一緒に観に行きましょうよ。僕も気になってたんです」


 澄さんはスマホを操作した。


「この近くでは……ハーバーでやってるね……」

「あっ、僕ハーバーランド行ったことないんですよね」

「ぼくもあまり行かない……次の休みに行こうか……」

「ぜひ!」


 僕たちは土曜日の朝にJR神戸駅で待ち合わせた。現れた澄さんは、服装はいつもの黒っぽい感じだったが、珍しく髪を後ろで一つに束ねていた。


「髪型違うんですね」

「変な寝癖ついちゃって……それだけだよ」


 映画館まで向かう道すがら、僕は澄さんに聞いてみた。


「銀髪ってキープするの大変じゃないですか?」

「大変だね……でも……似合うから」

「うんうん、めっちゃ似合います」


 チケットは澄さんが予約してくれていた。コーラとポップコーンを買って、真ん中より少し後ろの席についた。まだ公開されたばかりということもあってか、盛況だ。

 映画が終わり、僕と澄さんはフードコートで昼食をとった。


「今回のアクションも良かったですね!」

「うん……派手だった……橋が爆破されるところは最高だったね……」


 食べながら、映画の感想を話し続けた。こんなに身近に趣味が合う人が居たなんて。やはり、僕はあのサークルに来るべくして来たのかもしれない。


「瑠偉くん、この後どうする……モザイクの方行ってみる……」

「モザイク?」

「海辺の方だよ……」

「行ってみたいです!」


 渡り廊下を抜けて、飲食店のある通りを過ぎると、見えてきたのは、よく神戸の風景として紹介される、ポートタワーだった。


「わあっ! 本物!」

「下、降りようか……」

「はい!」


 よく晴れていて気持ちの良い海風が吹いていた。僕と澄さんは海ギリギリまで歩を進めた。澄さんが言った。


「夜景はもっと綺麗だよ……」

「僕、デートで行ってみたいです。そういえば澄さん。澄さんのデートの定義って何ですか?」

「何……いきなり……」

「僕は付き合ってる人と行くのがデートだっていう考えなんですけど」

「まあ……ぼくもそうかも……」


 いつか誰かと付き合うことができたなら。夜にここに来て、手とか繋いだりなんかしちゃって。

 じっと海を見ていると、大きな船がこちらに近付いてきた。


「へぇ、ここから船に乗れるんですね?」

「コンチェルトだね……ぼくも梨多ちゃ……大城さんと乗ったことあるよ」


 澄さんが言い間違えたのを僕は聞き逃さなかった。


「……澄さんって大城さんとは付き合わないんですか?」

「ん……お互い縛られるの嫌だからね……今の関係が楽でいいよ……」


 そういうものなのだろうか。僕には経験値というものが無さすぎてよくわからない。


「僕は大学生のうちに誰かと付き合いたいですね」

「ちょうど言い寄られてるじゃない……」

「えっ、櫻井さんですか?」

「まあ……やめた方がいいよ……あの人も遊び人だから……」


 以前から気になっていたことを思い切って尋ねてみた。


「澄さんは今でも櫻井さんと、その……」

「ああ、今年の一月だっけな……櫻井さんの留年決まって……その時呼び出されて以来してないよ……」


 澄さんは真っ直ぐに海を見ながらこう言った。


「あの人おっぱいついてないしね……」

「おっぱい」


 こんなに爽やかな青空と海に囲まれて何を言い出すんだこの人は。


「その点……大城さんはおっきいのついてるから……」

「生々しい話はもう結構です遠慮しときます」


 止めないと胸の細かいサイズまで口走りそうだ。まだそんな話をする時間でも雰囲気でもない。僕は話題を変えた。


「澄さん、服見に行きませんか? お店たくさん入ってるんでしょう?」

「まあ、僕はこだわりないから……瑠偉くんに付き合うよ……」


 もうすぐ、初めてのバイト代が入ることになっていた。それで余裕ができるから、気は早いが夏物を増やしたくなったのだ。


「澄さん! このTシャツ、青と緑どっちがいいと思います?」

「青かな……瑠偉くんはそっちのイメージ」


 澄さんはけっこうビシバシと意見を言ってくれた。たんまり買い物をして、財布はすっかり寂しくなったが、僕のクローゼットは賑やかになった。

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