014 バウムクーヘン
連休明けの講義は酷く眠かった。ちらほらと欠席している奴らもいるようだった。僕だって休みたかったが、サボり癖がつくとよくない。休憩時間に缶コーヒーをガブ飲みして乗り切った。
久しぶりにボックスに行くと、先輩たちはもう揃っていた。
「瑠偉くーん! 会いたかったぁ!」
櫻井さんが抱きついてこようとするのをヒラリとかわした。
「皆さんお疲れさまです」
大城さんと澄さんは口をもごもご動かしていた。何を食べているんだろう。んっ、と口の中のものを飲み込んだ大城さんが言った。
「瑠偉くん、ユーハイムのバウムクーヘン持ってきたでぇ。切ってあるから食べや」
「ありがとうございます!」
僕は椅子に座り、バウムクーヘンをいただいた。横から櫻井さんがゴチャゴチャ言い出した。
「瑠偉くん、大城ちゃんとカラオケ行ったんやて? ゴールデンウィークはバイトや言うてたから俺遠慮してたのに」
「櫻井さんと密室に二人きりになるのはちょっと」
食べ終えた澄さんが言った。
「そろそろ……合わせてみないですか……サクラナミキ……」
大城さんがポンと手を叩いた。
「せやね。細かいとこはまだええんよ。この四人で呼吸揃えていかなあかんから、とにかくやってみよか」
そして、楽器や機材を持ってぞろぞろとスタジオに向かった。今度はBスタジオというところが空いており、そこは少し広さに余裕があった。
さて、僕はこれまで、お菓子を食べたりバイトをしたりしていただけではない。合間にグレーキャットの曲を聴き込んでいた。サクラナミキならもう歌詞は覚えたのだ。
もう一度聴く時間の余裕はありそうだったので、僕はイヤホンをつけてスマホで再生した。その間に澄さんがマイクをセットしてくれていた。
準備を終え、大城さんがスティックを構えて叫んだ。
「ほな、いくでー!」
やはり生の楽器の演奏で歌うのは爽快だ。カラオケなんかと比べ物にならない。今回は周りを見る余裕があったので、先輩たちと時折目を合わせた。
ただ、僕でもわかる大城さんのミスなどがあり。澄さんも何やら櫻井さんに指摘していたので、何度か通してやることになった。
一時間はあっという間に過ぎ、会計をしてから、僕たち四人はファミレスに向かった。
「あかん……難しいわぁ……」
大城さんはテーブルに頭を突っ伏していた。その隣の澄さんは全くその様子を気にすることなく注文用のタブレットを操作しながら言った。
「櫻井さんは……ミックスグリルですよね……」
「せやね! あとライスとスープな!」
「大城さんは……明太子ドリアですか……」
「あー、今日は違う気分。チーズハンバーグにして」
「瑠偉くんは……」
「見せてもらっていいですか?」
「うん……」
僕は画面をタップした。季節のフェアに初夏の冷麺があった。それをカートに入れて澄さんに渡し、訪ねた。
「澄さんは何にするんですか?」
「ぼくはいつもオムライスって決めてる……あとドリンクバー四人分ですよね……」
澄さんがタブレットを元の位置に戻して立ち上がったので、僕もついていくことにした。
「澄さん、飲み物でしょ」
「うん……二個ずつ持とうか……」
澄さんは迷わずにオレンジジュースとコーラ、ウーロン茶を入れた。僕はぶどうジュースにした。
「澄さん、どれが誰のですか?」
「オレンジがぼく、コーラが櫻井さん、ウーロン茶が大城さん……コーラ持って……」
「はい」
席に戻るまでの間に僕は言った。
「凄いですね澄さん。皆さんの好み覚えてるなんて」
「去年ずっとつるんでたから……もう一人、卒業した
僕はコーラを櫻井さんの前に置いた。
「瑠偉くん、ありがとうなぁ」
大城さんが、今度は束ねていた髪をほどいてぐしゃぐしゃとかいていた。
「あかん! あたし、七月までにできる気がせぇへん!」
櫻井さんが声をかけた。
「大丈夫やて。リズムキープはできとうから、あとは後半やろ。大城ちゃんやったらできる」
僕も口を添えた。
「あと二ヶ月もあるんですよ、大城さん。絶対何とかなりますって」
「せやんなぁ……あたしがこんなんやったらあかんよなぁ……うん、頑張る」
配膳用ロボットがやってきたので、澄さんと一緒に料理を取った。テレビでは見たことがあったが、実物は初めてだった。正直興奮してしまったのだが、田舎者丸出しになるのは嫌だったので、まるで慣れているかのようにボタンを押してロボットを下がらせた。
食事をしながら、僕は先ほど聞いたばかりの青木さんという人について尋ねてみた。
「青木さんってどんな方だったんですか?」
櫻井さんが答えてくれた。
「青木くんなぁ。あの子も何でもできる子やったよ。サークル長もしてくれたし」
「へぇ……就職されたんですか?」
「せやで。東京行ってしもたんよ。大城ちゃんはあれから会ってないん?」
「全然。連絡も来ませんわ」
悪い予感がした。
「あの……大城さん、その青木さんって人とも……」
「うん、寝てたな!」
やっぱり。僕の中での神戸の女性のイメージが確実に壊れ去っていっていた。
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