013 判定
ゴールデンウィークはバイトに精を出すことにした。帰省するには交通費がかかるし、まだ早いだろう。それならば少しでも多く稼ぎたい。
深夜の二時に営業を終え、片付けを終えて食べる焼肉丼は格別だった。帰宅して風呂に入って寝ると三時を過ぎるため、起きるのは昼前、という生活スタイルにはなってしまったが、まだ若いし多少の無理はきくはずだ。
最終日だけは、翌日の講義に響くと思い休ませてもらった。空いた時間を休養に使ってもよかったのだが、ふと思いついて大城さんに電話をかけてみた。
「はぁい、瑠偉くん。どうしたん?」
「あっ、大城さん。もし今日暇だったら、カラオケでも行きませんか。練習したいんですけど一人も寂しいんで」
「ええよ! ほな三宮行こかぁ」
僕と大城さんはJR三ノ宮駅の西口で待ち合わせた。大城さんは涼し気な水色のワンピース姿だった。こういう格好を見るのは初めてだ。
「大城さん、めっちゃ可愛いですね」
「やろ? 今日は別にドラム練習せぇへんからさ」
「ああ、それでいつもラフな格好されてたんですね」
「うん。せや、折角やったら楽器屋行ってからにしよ! 瑠偉くん行ったことないやろ?」
「じゃあ、ぜひ!」
センター街まで行き、ビルの五階までエスカレーターで上がった。島村楽器というところだった。
「わぁっ……めっちゃ楽器置いてる……」
「ブラブラしよかぁ」
ずらりと並んだギター。安いものは一万円代で手に入るのだと知った。しかし、見た目だけではどう違うのかが全くわからなかった。
キーボードや管楽器、それに何に使うのかよくわからない機材もあったが、全てが音楽に関わるものであることは間違いない。
「ドラム用品はここらへん」
「へぇ……叩くやつってこんなに種類あるんですね!」
「スティックな」
大城さんは細かく区切られた棚からスティックを一本取り出した。
「あたしが使っとんはこれ。買っといてもええな。消耗品やねん。チップ……先の方が割れるんよ」
大城さんが会計を済ませている間、僕は書籍のコーナーにいた。音楽雑誌や教則本がずらり。よくわからない用語ばかりで、外国に来たみたいだ。
「大城さん、まだわからないことばっかりですけど、ここに来ると何だかわくわくします」
「せやろ? 連れてきて良かった」
そして、本来の目的であるカラオケに向かった。大城さんは山盛りポテトを注文し、それをつまみながら僕が歌うのを見てくれていた。
「うんうん、やっぱり瑠偉くんは上手いなぁ!」
「いや、藤田さんの方が上手かったです。僕、もっと練習します」
コーヒーを取ってきて休憩だ。僕は大城さんに尋ねた。
「なんであのサークルに入ったんですか?」
「ああ、当時のサークル長に勧誘されたんよ。初心者でもええ、何でも教えたる! って言われてなぁ」
「へぇ、そうだったんですか」
「ベッドの中でも色々教わったわけやけど」
「ぶっ」
コーヒーを口に含んでいなくてよかった。
「……その人とは別れたってことですか?」
「へっ? 最初から付き合ってへんで?」
「ええ……」
このサークルの貞操観念は一体どうなっているのだろう。神戸ではこれが普通なのだろうか。
「まさか櫻井さんともやってないでしょうね」
「ああ、ないない。あの人男しか興味ないもん」
「まあ……僕めちゃくちゃ狙われてるわけなんですけど」
「売ったらええやん。上手いらしいで。知らんけど」
僕は深くため息をついた。
「僕は……ちゃんと好きな人としたいです」
「ふぅん。岡山では好きな子おったん?」
「いや、特には。仲いい子はいましたけど、好きとまでは」
「ほなどうやって性欲発散させてたん?」
「そんなん言いませんよ!」
コーヒーを一口飲み、少しの間思いを巡らせた。僕は本当に恋愛とは縁遠い人生を送ってきた。告白されたことなんてなかったし、誰かとそういう雰囲気になりかけたことすらなかった。大城さんが言った。
「田舎なんて他にやることないからやりまくってるもんやとばっかり」
「偏見酷すぎません?」
まあ……やってる奴らはやってたんだろうな。うん。僕がそういう対象に選ばれなかっただけで。
「瑠偉くん、そろそろごはん行こか。何食べたい? 奢るで」
「いいんですか? ほな何かお洒落なもん食べたいです!」
「お洒落なぁ……こっから神戸駅行くのも面倒やし、パスタとかでええ?」
「はい!」
僕は大城さんに連れられ、パスタの店に入った。僕はジェノベーゼなるものを注文した。何かはわかっていなかった。言ってみたくなっただけである。
「わっ……めっちゃ緑色」
「瑠偉くん知らんと頼んだん? バジルやで」
けっこうニンニクの香りが強くて、独特の風味だったが、けっこう美味しかった。
「瑠偉くん、誘ってくれてありがとうなぁ。またデートしよう」
「神戸の人って二人で遊んだらデート判定なんですか? 櫻井さんにもそう言われたんですけど」
「ええ? まあそら人によると思うけど……少なくともあたしはそうやなぁ……」
「付き合ってなくても?」
「うん。瑠偉くんの中では付き合ってるんがデート判定?」
「そうですねぇ」
改めて自分の考えを整理させられた気がした。大城さんは笑った。
「いつか、できるとええなぁ、瑠偉くんの中でのデート」
「……はい!」
わざわざ神戸に来たのだ。この四年間で、恋人と呼べる人と遊びに行けたら。僕はその日を待ち遠しく思った。
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