009 臨場感

 新歓ライブ当日。僕は四限が終わるとすぐに図書館前に向かった。ここは待ち合わせ場所の定番になっているらしく、大勢の人がいたが、遠くからでも鮮やかな赤髪のポニーテールがすぐにわかった。


「大城さん、お待たせしました」

「ほな行こかぁ!」


 ライブハウスの入口で僕は学生証を提示した。中には既に沢山の客が詰めかけており、大城さんは会う人会う人に笑顔で挨拶をしていた。


「大城さん、顔広いんですね」

「軽音関係の人たちとは積極的に交流しとうよ。全体見えた方がええな。真ん中らへんにしよか」


 ステージの上には何本かのスタンドマイク、ドラム。よくわからないが、機材もいくつか置いてあった。今は準備中ということなのだろう、洋楽がかかっていた。大城さんが言った。


「新歓は気合い入れとうからな。上手いバンドばっかり厳選されて出てるはずやで。あたしの言ってた藤田くんはトリみたいやね」

「へぇ……そうなんですか」


 すると、メガネをかけた黒髪の男性が大城さんの肩を叩いた。


「梨多ちゃん、来てくれたんや」

「おっ、噂をすれば! 藤田くん、こっちが新入生の瑠偉くん。ボーカルさせたいんやけど、まだ乗り気やなくてなぁ。それでここ連れてきた」

「軽音部部長の藤田です。今日は来てくれてありがとうなぁ」

「西川瑠偉です。よろしくお願いします」


 藤田さんが手を差し出してきたので僕は握手した。それから、藤田さんが大城さんに尋ねた。


「で、この子歌上手いんや?」

「そりゃもう!」

「うちに引き込んでもええの?」

「あかんよぉ、瑠偉くん次第ではあるけどさぁ。もうそっちは十分新入生集まっとうんやろ?」

「今はニ十人くらいやで」

「うわー、やっぱり部の力は違うなぁ……」

「ほな、準備あるからこれで」


 藤田さんが去った後、僕は大城さんに聞いた。


「軽音部って全部で何人くらい居るんですか?」

「百は軽く超えるで。部内の審査があって、その中からこういうライブに出るバンド決める形式らしいわ」

「へぇ……」


 音楽が徐々に小さくなり、照明が落とされた。ステージには藤田さんが立ち、先ほどの気さくな感じで挨拶をした。僕は大城さんに言った。


「藤田さんって優しそうな人ですね」

「せやねぇ。温厚な子やわ。部長任されたんも納得やな」


 その後、女性ばかり五人が登場した。僕も知っているガールズバンドのコピーだという。前の方に陣取っているのは部の人たちなのだろうか。彼女らの名前を呼んでいた。


「なんか……アイドルみたいですね、大城さん」

「あの子らは知っとうわ。上手いで」


 ステージは、爽やかに弾けた。難しい早口の歌詞を難なく歌い上げるボーカル。ピタリと呼吸の合った演奏。隣の大城さんは笑顔で肩を揺らしていた。

 次から次へとバンドが登場していった。邦楽のロックが多かった。洋楽はわからなかったのだが、会場内を突き抜けるシャウトが心地よくて、僕は息を飲んだ。


「あはっ、瑠偉くんずっと棒立ちやなぁ。乗らへんの?」

「なんか……圧倒されて」


 それしか言えなかった。音楽ならスマホを通して聴いていた。受験の時は聞き流していた。僕にとってはそれくらいの存在だった。それが少しずつ、変わろうとしている。


「あっ、藤田くんやで」

「……えっ?」


 ステージに現れた藤田さんはメガネを外していた。最初こそ人懐っこそうな笑顔を見せていたものの、ギターがイントロを奏でると一気に顔つきが締まった。

 グレーキャットだ。

 この曲は「フォーマルハウト」。グレーキャットの中でもサビがかなり高音で歌い辛いもの。しかし、藤田さんは軽やかに駆け抜けていった。

 時折バンドメンバーに目を向けては、不敵に口元を歪める姿は、どこか蠱惑的で。もっと、近くで見たい。僕は一歩を踏み出していた。

 曲は「遠雷」に移った。僕は先頭の集団に混ざり、頭を振った。藤田さんがするタイミングに合わせて拳を上げた。そんな風に身体を動かす気恥ずかしさなんて忘れてしまうことにした。ここにいるのは皆、「音」で結びついた人たちなのだから。


「これにて軽音部新歓ライブは終了です。ご来場の皆さま、ありがとうございました」


 そう締めくくった藤田さんは、元の親しみやすそうな雰囲気に戻っていた。

 トントン、と後ろから肩を叩かれた。大城さんだった。


「瑠偉くんどないやったー? って、聞かなんでもわかっとうけど」

「めっちゃ楽しかったです!」

「あはっ、良かったなぁ」

「僕もやりたいです、ボーカル!」

「おっ、ほんまに?」


 そして、大城さんと居酒屋に移動した僕は、ある程度整理できた感情をまくしたてた。


「僕も、僕もあんな風にやりたいです! 聴いてる人揺さぶってみたいです! 巻き込んでやりたいです!」

「瑠偉くん、ちょお落ち着き……」

「藤田さんに比べたら上手くないかもしれへんけど、ああやってえぐってみたいです!」

「はいはい、座りや」

「あっ……」


 僕は立ち上がってしまっていた。居酒屋のカウンター席で。


「済みません……」

「まあ、やる気になってくれたんはええんよ。でも、どうする? あたしは困るけど、藤田くんのこと好きになったんやったら部に行ってもええんやで? 決めるんは瑠偉くんや」


 座ってウーロン茶を一口飲み、僕は大きく息を吐いた。


「……どうしましょう」

「まあ……うちのメリットとしては、少人数やから手厚いよ。藤田くんは部内政治もせなあかんから、直接どうこう教われる機会は少ないかもしれへん。人間関係もややこしいかもやしな」

「デメリットは……」

「視野が狭なるかもしれへん。あたしらだけで教えてあげられることは限られとうから。まあ、その分瑠偉くんだけのスタイルを作るんは全力でサポートするで」


 僕はポリポリと頭をかいた。僕が抜ければまたメンバー探しをしないといけないというのに、大城さんは僕の意見を尊重しようとしてくれている。


「……決めました。僕、大城さんたちに身ぃ預けます」

「ほんまにええの?」

「大城さん……強引な人やと思ってたけど、僕のこと考えてくれてるし。それに、あそこで声かけられたんは運命やったんかもしれへんし」

「よっしゃ。男に二言はないな? 女もないけどな。あたしらが瑠偉くんをステージに連れて行く!」

「よろしくお願いします!」


 そして、本当の意味で僕は「ユービック」のメンバーになったのだ。

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