第11話

「この盛岡八幡宮その物を擬人化したVTuber……」

「そうなると神様的な感じになるのかな……萌絵ちゃん、ここの祭神様って誰がいたっけ?」

「お祀りされているのは八幡大神様と春日大神様、そして白山大神様の三柱だったはずですね。ですが、遠野君が言っているのはこの盛岡八幡宮自体を擬人化した物なので、その三柱すらも交えたVTuberを作ろうという事になりますね」

「その神様達すらも……」



 久慈さんが驚く中で俺は頷く。



「設定としては結構スケールがでかいし、非公式でそんな事をして良いかと言えばよくないんだと思う。だいぶ罰当たりな感じではあるしな。けど、俺はここに親近感みたいなのを少し感じた。だから、やるならここをモチーフにしたVTuberの魂をやりたい」

「遠野君はこの盛岡八幡宮が気に入ったんだね」

「まあな。神社仏閣は元々嫌いじゃないし、やりたいという気持ちが湧いたんなら俺はその気持ちに従いたい。たとえ一年しかやらないとしてもな」

「そっか。それならこの盛岡八幡宮を私達のVTuberの第一号にしようか。でも、どんなデザインが良いかな……」



 久慈さんが考え始めていると葛巻さんが恐る恐る手を上げた。



「十二支の名前が刻まれた参道や神社もあるので十二支イメージの何かは入れても良いんじゃないかと思います」

「あ、それならミニキャラが回毎に変わって出てくるとかでいいんじゃないか? 最初はねずみで最後の猪まで来たらまたねずみに変わる感じで。その分、差分を用意する久慈さんが大変にはなるけど……」

「それは大丈夫だよ。あ、それと猫も用意したいな。それは日本の十二支じゃないよっていうツッコミがくるのを狙ってさ」

「なるほど……たしかにそれも良いですね」



 みんなからどんどんアイデアが出始め、それを見ながら安心していた時だった。



「どうやらあなた方の考えは良い方へ進んでいるようですね」

「ええ、なんとか……って、え?」



 後ろにはいつの間にか狩衣姿の男性が立っていた。その人はモデルや俳優と言われても納得出来る程に整った顔立ちや体格をしていて、サラサラとした短い銀色の髪は夕日を反射し、見ている相手を安心させるような穏やかで優しい雰囲気を漂わせていた。しかし、四人は男性の存在には気づいていないようだった。



「あ、あの……貴方は?」

「ここによく来ている地元の人間ですよ。本日も日課でここを散策しに来たのですが、何やら面白そうな事を話していらしたのでつい話しかけてしまいました」

「そうだったんですね」

「私にはそのぶいちゅーばーというのはよくわかりません。ですが、あなた方が色々な事を考えながらこの地をより良い物にしようとしているのはわかります。そのまま突き進んで良いと私は思いますよ」

「そう……ですか」



 不思議だった。この人がそういう何かに詳しい人なのかもわからないどころかそもそも今出会った人の言葉を信じるべきでもないとわかっていてもその言葉は乾いた大地に水が浸透していくように俺の心に染み込んでいき、そうなんだろうと納得させてしまうほどだった。


 見た目的には二十代後半か三十代前半といった感じで若く見えるが、それだけこの人がこれまでの人生の中で色々な経験を積み、知識を採り入れていったんだろうなと素直に思う事が出来た。


 そんな事を考えていると、その人は俺を見ながら優しい笑みを浮かべた。



「では、私はこれで失礼します。あなた方の活動がより良い物になるように祈っていますよ」

「はい、ありがとうございます」

「どういたしまして。あと、個人的な意見ではありますが、名前をつける際は盛岡や八幡を入れてつけても良いと思いますよ。前者であればこの地に住まう人達以外でもわかりやすいですし、後者であれば何を元にして考えたものか説明をしやすいですから」

「そうですね。そうさせてもらいます」

「はい、では」



 そう言うとその人はそのまま宮古さん達の横をすり抜けて歩き去っていった。そしてその姿が見えなくなった瞬間、宮古さん達が俺に視線を向けた。



「遠野君、私達だけで話してしまってすみません。退屈でしたよね?」

「いや、そんな事ないよ。さっき地元の人と話してたし」

「あれ、そうなの?」

「誰かと話してるようには見えなかったけどな……」

「そうですね。話しているならその声が聞こえるはずですし……」

「え? いや、普通に話してたぞ?」



 けれど、四人は不思議そうにするだけだった。その姿を見て俺はさっきの人は一体誰だったのかと疑問に思ったが、これもまた不思議な出会いだったという結論に落ち着けて良いんだろうと思い、それ以上は何も言わなかった。



「まあとりあえずそのVTuberのデザインについて少し提案があるし、学校に戻りながらそれを話そうか」

「そうですね。ここをモチーフにするのは決まったわけですし、そろそろ時間も良い頃合いですから」

「だね! それなら肴町商店街に寄りながら帰ろうよ。それでちょっと買い食いしちゃおう!」

「あ、それ良いな。葛巻さんも良いか?」

「は、はい……! 皆さんとの買い食い、楽しみです!」



 葛巻さんの返事を聞いた後、俺達は歩き始めた。そして鳥居の下を潜って外に出て、また鳥居の前でお辞儀をしていた時、一陣の風が吹き抜けた。



『頑張ってくださいね』



 そんな声が聞こえ、返事の代わりに俺はもう一度頭を下げた。そして盛岡八幡宮を背にしながら俺達はゆっくりと歩き始めた。

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