第3話

 月曜日、俺は担任になる山田康志やすし先生と一緒に2-Aに向けて廊下を歩いていた。山田先生はメガネをかけた結構なお年を召しているように見える男性の先生で、パッと見は気難しそうに見えたがいざ話してみると朗らかな笑みを浮かべてくれる人のようで、少し草臥れて見えるスーツすらも愛嬌があるように思えた。


 そうして歩き続け、先に山田先生が中に入った後、出席確認などを終わらせてから俺が呼ばれ、ドアを開けて中へと入った。


 その瞬間、クラス中の視線が俺に集中したが、悪意などが感じられる物ではなかったため、俺は少しホッとしながらそのまま歩き、黒板にチョークで名前を書いた。



「遠野賢士です。これからよろしくお願いします」



 当たり障りのない挨拶をして俺は頭を下げる。そして拍手の中で頭を上げると、山田先生はコホンと咳払いをした。



「遠野君はお父様のお仕事の都合で引っ越してきたけれど、一年経ったら戻られるお父様について遠野君もまた転校するからみんなといられるのもこの一年だけだ。短い期間だけど、遠野君と仲良くな」

『はい』

「よし、席は……ああ、宮古さんの隣だね。遠野君、真ん中の列の一番後ろの席にいる子が宮古さんだ」

「わかりました」



 答えてから俺は宮古さんの席の隣に行く。宮古という名字と見覚えのある姿からまさかとは思ったが、隣まで行くとそこにいたのは間違いなく石割桜の前で出会い、その後に市内を色々案内してくれた宮古萌絵さんだった。



「同じ学校ってだけじゃなく、同じクラスで隣同士になるなんてな」

「ええ、本当に。遠野君、改めてこれからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくな、宮古さん」



 席に座った後、山田先生は俺達の様子に対して満足げに頷いた。そして程なくして一時間目の現代文が始まり、それが終わると一人の女の子が俺達に近付いてきた。



「ねえねえ! もしかして君が萌絵ちゃんが言ってた遠野君?」

「まあ石割桜の前で出会った遠野だって言うなら俺だな」

「やっぱりそうなんだ! はあ、私好みの低くて良い声……」

「宮古さん、もしかしてこの子が例の?」



 宮古さんは軽くため息をついてから頷く。



「はい……彼女の名前は久慈くじ夏耶かや。小さい頃からの私の友達で、いわゆる声フェチという性質を持った子です」

「そこまでのレベルなのか」



 久慈さんを見ながら苦笑する。久慈さんは茶色のポニーテールの子で、背丈は高すぎず低すぎずといった感じ、話し方や雰囲気も明るい感じだったため、男女関係なく人気が高そうな印象だった。


 因みに宮古さんは長い黒髪に少し冷たい印象を受ける鼻筋の通った顔、背丈も少々高め、と周囲から怖がられそうな感じに思えるが、初めましての時点でその溢れんばかりの石割桜愛を見せつけられたからか好きな物に対してとてもまっすぐな人なんだろうという印象を受けていたし、宮古さんと久慈さんなら宮古さんの方が好みではあった。



 そんな事を考えていた時、久慈さんは顎に手を当て始めた。



「でも、遠野君の声ってどこかで聞いた事ある気がするんだよね……」

「気のせいだろ。今までネット活動はした事ないし、久慈夏耶っていう名前も初めましてだしな」

「そっかぁ……まあいっか。それで、遠野君には手伝ってほしい事があるんだけど良いかな?」

「手伝ってほしいこと?」

「夏耶、もしやそれって……」



 久慈さんは宮古さんを見ながら笑顔で頷く。



「うんっ! 遠野君ならピッタリだと思うしね!」

「まったく……」

「何がなんだかわからないけど、とりあえず何か手伝えば良いのか?」

「そんな感じ。話自体はお昼休みにゆっくりするから、とりあえず話がある事だけは覚えていてほしいな」

「わかった」

「ありがと! それじゃあまた後でね」



 久慈さんは嬉しそうに離れていくと、また別のグループに混ざっていった。



「なんというか、エネルギッシュな子なんだな」

「否定はしません。何か思い付いたらまっすぐに進み、それで他の人もいつの間にか巻き込んでいるような子ですから」

「なるほどな」

「先程の夏耶のお願いの件ですが、もし嫌なら遠慮なく断ってもらっても大丈夫ですからね」

「ああ。話自体は聞くけど、内容があまり好ましくなかったら断るようにするよ」

「はい」



 そんな事を話している内に二時間目の授業の予鈴が鳴り、俺達は二時間目から四時間目までの授業を何事もなく受けていった。そして四時間目の終鈴が鳴り、先生が教室を出ていくと久慈さんが弁当箱を持ってすぐに近付いてきた。



「さあ、お話の時間です!」

「……夏耶、本当にはりきっていますね」

「当然だよ! さて、そのお話なんだけどね……」



 久慈さんは弁当箱を宮古さんの机に置くと、俺に向かって手を差し出した。



「私達と一緒にVTuberをやりませんか?」

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