第2話

「はあ、はあ……」

「えっと、大丈夫か?」



 謎の女の子の息の荒さからだいぶ長いこと走ってきた事がなんとなくでもわかったので心配で聞いたが、その女の子はそれには答えずにカメラを手に持つと、石割桜にレンズを向けて幸せそうな顔をしながら写真を撮り始めた。



「あぁ、今年も本当に見事に咲いています……! やはりこの満開の石割桜を見ないと春は始まりません……!」

「そう、なのか?」



 その言葉を聞いて女の子は弾かれたようにこちらに顔を向けた。



「当然です! 盛岡城跡じょうあと公園や米内よない浄水場など桜が見事な場所は幾つもありますが、私は断然この石割桜ですね!」

「まあたしかにスゴいなとは思ったよ。これって本当に岩を割って桜が咲いたわけじゃないんだよな?」

「伝承的には家老の屋敷内にあった巨石が落雷を受けて出来た割れ目にエドヒガンザクラの種子が入り込み、成長した結果がこの石割桜なのだそうです。ですが、今でもこの桜の木は岩を割りながら生き続けているそうなので、その強さは本当にスゴいと思っています。人間達にも見習ってほしいものです」

「そ、そうだな」



 女の子の石割桜についての熱意に押されていると、女の子は再び石割桜の写真を撮り始めた。



「はあー……やっぱりこの雄大さはいつ見てもカッコいいです。世の中は色々な物を擬人化しているようですが、石割桜を男性として擬人化をしたならば結婚をしたいくらいです……」

「そんなにか……でも、俺は女性でも良いんじゃないかと思うな」

「何故ですか?」



 女の子の疑問に対して俺は石割桜を見ながら答える。



「女性でも格闘家やボディビルダーはいるし、強い女性だっていて良いと思うし、人気はあるからな。実際、俺だって強い女性は好きだ。そういう格闘面とかじゃなく強い心とか信念を持ってる人がな」

「ふむ……そういう見方もありますか」

「あくまでも俺のイメージだけど、石割桜は桜色の長い髪をした大和撫子然とした人で、こういう鈍色な感じの着物を着た綺麗な女性なんだと思う。それでこうして毎年自分を観に来てくれる人達を見守ってるみたいなさ」



 俺の言葉を聞いて女の子は小さく息をついた。



「貴方の好みはなんとなくわかりましたね。私の見方とは少々違うようですが、貴方とはわかり合えそうな気がしました。私は宮古みやこ萌絵もえ、貴方は?」

「俺は遠野賢士。これからよろしくな、宮古さん」

「こちらこそよろしくお願いします、遠野さん。そういえばこの辺りでは見た事がありませんが、旅行者ですか?」

「いや、引っ越してきたんだ。本当は四月の初めになるはずだったんだけど、色々あって昨日この近くに引っ越してきて、月曜日から岩桜高校に通うんだ」

「岩桜高校なら私も通っている高校ですね。しかし、岩桜高校に遠野さんが通うとなると……」

「何かあるのか?」



 宮古さんは少しだけ心配そうな顔をする。



「不都合があるわけではありません。ただ、私のクラスメートで友達の一人にカッコいい声や可愛らしい声に対して過剰に反応する子がいるので……」

「俺の声はその子的に気に入られそう、と……」

「はい。話し方もハキハキとしている上に少々低めで凛々しさを感じさせる声をしていますし、インターネットなどで配信者をしていれば人気が出るだろうと思える程ではありますね」

「配信者……」



 それを聞いて俺の心がジクジクと痛み始める。だけど、それには気づかれたくなくて俺は無理に笑顔を浮かべる。



「そうか、ありがとうな。それを言ったら宮古さんだって顔出しとかしたらだいぶ人気出そうだけど」

「私はそういった事に興味がないので。遠野さん、この後はお時間はありますか?」

「ああ、特に予定はないな」

「では、私がこの盛岡市を色々案内しますね。こうして出会えたのも何かの縁ですから」

「それは助かるな。それじゃあお願いしようかな」

「わかりました。ですが、その前にもう少しだけ石割桜を眺めるとしましょう」

「だな」



 そうして俺達は再び石割桜を見始める。そしてその雄大さと鮮やかさはこれからこの地で頑張ろうと考える俺に力をくれるようだった。

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