桜がまた咲く頃に~岩桜高校VTuber部活動記録

九戸政景

第1話

「……これでだいたい終わったな」



 家具などが綺麗に整頓された部屋の中で独り言ちる。昨日今日と二日間かけて部屋の掃除や模様替えをしたからかどうにか終わらせる事が出来、俺はなんだかんだで満足感が沸き上がってくるのを感じていた。


 時間はまだ昼過ぎ。普通なら部屋の整頓の疲れを癒すために夕飯頃まで一眠りするのだろうけど、俺は不思議と眠くなってはいなかった。



「せっかくだからこの街を色々見てみるか。この“盛岡市”を」



 俺が引っ越してきたのは、岩手県の県庁所在地である盛岡市で、その中でも街中な方であるらしい。たしかに引っ越し会社のトラックの後を続いて走る車の中から見た感じでは、結構色々な店が立ち並んでいたり街中を歩く人の数が多かったりした印象があり、県庁所在地というだけあって住んでいる人の数は多いのだろう。


 そんな岩手県盛岡市に引っ越してきたのは父さんの仕事の都合だ。父さんの会社が盛岡市に支社を作ったそうで、本社でかなりの成績を上げている父さんや他の社員でその支社を盛り立て、経営を軌道に乗せるのが目標なのだそうだ。


 そんな父さんが心配でついていきたいと言った母さんと前々から転校したいと思っていた俺の思いがあった事で俺達もついていく事になり、本社に戻るまでの一年間俺達家族はこの盛岡市に引っ越す事になったのだった。



「まあ一年間とはいえ、これからお世話になるところなわけだから色々知っておいて損はないよな」



 独り言ちた後、俺はゆっくりと立ち上がっていつも使ってるショルダーバッグに財布などの簡単なものを入れた。そして部屋を出て階段を降りてリビングに顔を出すと、父さんと母さんも一段落ついた様子でソファーに座りながら楽しそうに話をしていた。



「父さん、母さん、ちょっとその辺歩いてくる」

「あら、そうなの?」

「まあ色々見に行くのは良いことだからな。賢士、気をつけて行ってくるんだぞ」

「うん。それじゃあ行ってきます」



 そう言ってリビングを出ていこうとした時だった。



「賢士、出来れば早めに帰ってきてくれよ」

「え、なんで?」



 俺がリビングの入り口で首を傾げると、父さんは母さんと顔を見合わせてから答えた。



「夕方頃にちょっと会わせないといけない人がいるからな。その人がウチに来るのが夕方頃なんだよ」

「なるほどな。わかった、そうするよ。それじゃあ行ってきます」



 父さんと母さんに見送られながら俺はリビングを出ると、廊下を通って玄関に行き、靴を履いてからゆっくりドアを開けた。開けた瞬間に太陽の光が目の前に溢れて眩しかったけれど、すぐに目が慣れると俺はそのまま外へと出た。


 四月だから気候が穏やかだと思っていたが、今日は少し暑い日のようで多少ムワッとした空気が俺を包み、時折吹いてくる風ですら涼しいと感じる程だった。



「さて、まずはどこに行こうかな」



 街中を見て歩くと決めたは良いが、特にどこに行くとは決めていなかったので、俺は少し迷ってしまった。



「……まあ特に決めずに歩いても楽しいだろうし、まずは歩き回ってみるか」



 そう決めてから俺は歩き始めた。日曜日だからか人通りは多く、春らしさよりは少し夏に近い格好をしている人が何人もおり、この時期はいつもそうなのかなと少し思った。


 そうして色々なところを歩いていった時、青看板のある名前が目に入ってきた。



「“石割桜”?」



 地元民じゃない俺には馴染みのない名前だった。名前から察するに石を割るようにして生えてきた桜の木なのだろうけど、これまでそんな物を見た事がなかった俺の興味を引くには十分過ぎる程だった。



「せっかくだから行ってみるか。石割桜は……うん、この先だな」



 青看板に従って俺は再び歩き始めた。そして歩き続ける事数分、とても綺麗な桜の木が少しずつ見え始めた。



「あれが石割桜か……」



 そこにあったのは、見事に満開の桜とその下にあった大きな岩だった。その様子はたしかに石割桜と呼ぶに相応しい物であり、その雄大さと雄々しさ、そして咲いている桜の綺麗さと鮮やかさに俺は目を奪われていた。



「これはスゴいな……」



 そんな言葉が思わず漏れる。桜をバックに記念写真を撮っている人やベストショットを求めて桜をレンズ越しにずっと見ている人など様々な人がいたが、その石割桜から感じる魅力の前にはそんな物は気にならなかった。



「春になるとこんなにスゴい物が見られるのか。他にも色々な物があるんだろうし、これからの生活が少し楽しみになってきたかもな」



 石割桜を眺めながらこれからの生活に向けての期待で胸を膨らませていたその時、走ってくる足音が聞こえ、俺はそちらに視線を向けた。そして、程なく同年代と思われる長い黒髪の少女が首からカメラを提げて現れた。

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