悪役令嬢の追放に失敗しました

緋色の雨

悪役令嬢の追放に失敗しました

 ある日、俺は悪役令嬢リリスの義理の兄という設定の少年に転生していた。

 トアル侯爵家の嫡男で、将来を有望視された神童。しかしながら、義妹が許されざる罪を犯してしまい、その連座で粛正されることとなるモブキャラである。


 なぜ悪役令嬢の義兄に転生したかは不明。最初は理由を考えてみたけれど、分からないので諦めた。それより問題は、どうやって破滅を回避するのか、ということだ。


 どうやってというのは、選択肢がなくて困っている訳じゃない。現代知識に加え、おおよそのストーリーを知っている俺にとって、破滅回避は難しいことじゃない。


 現在の俺は十三歳で、リリスは十二歳。

 原作のストーリーが始まるまではおよそ三年の猶予がある。


 それだけあればなんだって出来る。

 極端な話、濡れ衣を着せて、リリスを事前に断罪してしまえば問題は解決だ。だから俺が迷ったのは、どういった方法を使って破滅を回避するのか、ということだ。


 ……まあ、そうだな。

 たしかこの時期は、リリスが色々とやらかす時期だ。

 たとえば、ライバル関係にある伯爵の娘の誕生パーティーに招かれたリリスが盛大にやらかして、トアル侯爵家が大恥を掻くことになるというイベント――とか。


 とりあえず、それを未然に防ごう。防げなかったら、それを理由に追放すればいい。という訳で、俺はまずリリスの部屋を訪ねることにした。


「あら、お兄様があたしの部屋に来るなんて珍しいですわね。もしかして、この可愛くて愛らしいリリスの顔が見たくなったのかしら?」


 金髪ツインテールで、赤い瞳。

 八重歯をむき出しにした口元を指で隠して生意気な笑みを浮かべている。

 ……うちの義妹、むちゃくちゃ生意気だった。

 だけど、まぁ……


「ふむ。たしかに生意気な口を利くだけあって可愛いな」

「ふえっ!?」

「そう言えば、叔母さん、リリスのお母様も美人だったな。おまえはその面影がある。将来はあのように美しい女性になるのだろうな」

「~~~っ」


 あるいはさすが悪役令嬢といったところか。というか、ヒロインはプレイヤーが自己投影できるようなキャラデザだから、リリスが作中で一番美人まである。

 そう考えると、こいつを振った王子の趣味はよく分からない。

 いや、問題は性格か。


「お、お兄様、それで、わたくしになんのご用ですの?」


 リリスがツインテールの毛先を指でいじりながら問い掛けてくる。

 少し顔が赤いのは窓から差し込む日差しの関係だろうか?


「……お兄様?」

「あぁ、そうだったな。リリス、おまえ、うちと交流がある伯爵令嬢の誕生パーティーに出席する予定だそうだな?」

「えぇ……それがなにか?」


 嫌な予感でも働いたのか、リリスの表情が曇った。


「そのパーティーに出席する必要はない」

「――なっ!」


 リリスが目を剥く。

 だが、すぐには怒りを爆発させず、拳をぎゅっと握り絞めた。


「それは、わたくしが平民に堕ちた卑しい血筋の娘だからですか?」


 彼女の母は才色兼備を体現したかのような令嬢だった。それゆえ、社交界の華とまで呼ばれた彼女に嫉妬をした者は数え切れない。

 だからこそ、彼女が平民の男の元へ嫁いだことを揶揄する者が後を絶たなかった。本人は死ぬまで気にしていなかったそうだけど、娘はその限りではないのだろう。


「おまえのお母様は望んで平民の男に嫁いだ。決して堕とされた訳ではない。だが、おまえがいま言ったようなことを言う者はいるだろう。だから、パーティーに出る必要はない」

「……出るなではなく、出なくていい、ですか?」

「ああ。そのようなパーティーに出るよりも、俺とお茶会をしよう」

「お兄様と、お茶会、ですか……?」


 俺が頷くと、リリスはクスリと笑った。


「かの伯爵家は素敵なパーティーを開催することで定評がありますのよ? お兄様が、そのパーティーより価値のあるお茶会を開けると?」

「ふっ、楽しみにしておくといい」



 現代知識を持つ転生者を舐めるなよ――と、俺は全力で動いた。

 まずは父に許可を取る。ライバル関係にある伯爵家のパーティーに、うちのお茶会をぶつけると言ったら二つ返事で了承してくれた。


 子供が開くお茶会なら失敗しても痛くない。成功すれば、ライバル関係にある伯爵家を牽制することが出来る、といったところだろう。


 まずは使用人にお茶会の手配。続けてお茶会に対する招待状も準備する。

 招待する相手は、リリスを蔑まない相手。その上で、原作のストーリーから導き出した、将来成功することが約束されている者達だ。

 ついでに、前世の記憶を駆使して品質のよい石鹸、それに化粧品なども試作した。


 もちろん、紅茶は最高級の茶葉を用意して、現代知識を駆使した美味しい淹れ方を使用人に伝授する。さらにはこの世界に存在しないお菓子も用意した。

 とまあそんな感じで、お茶会が失敗するなどあり得ない。

 そうして迎えたお茶会の当日、俺は彼女が座る席へ向かった。


「リリス、今日のお茶会は気に入ってくれたか?」

「そ、それは、その……ふ、ふん。お兄様が私のために努力したことだけは、み、認めて差し上げてもよろしくってよ?」

「そうか。あぁそれと――」


 俺は使用人に合図を送り、彼女にプレゼントを贈る。


「……これは、ネックレスですか?」

「リリスがこの家に来てから三年目の記念だ」

「~~~っ」


 リリスは身悶えて、それから長い髪を手で掻き寄せて首筋を曝した。付けてくれと言う仕草。それに気付いた俺は彼女の首にネックレスを付ける。


「うん、よく似合っている」

「あ、ありがとう、ございます」



 こうして、お茶会は大成功に終わった。

 お菓子や石鹸、それに化粧品の試作品も好評で、トアル侯爵家は大きく名を上げることになる。その上で、それを開発した俺の名ももちろん、その妹の名も広がることになる。


 だから、だろう。

 トアル侯爵家との関係を求めて、リリスや俺宛に招待状が届くようになった。

 俺の方はまだいい。上手く切り抜ける自身があるし、付き合うべき相手とそうじゃない相手を分かっているから。

 だが、妹の方は心配だ。

 とくに、原作の攻略対象からも招待状が届いていることが非常に心配だ。せっかく巡り会わないように気を付けているんだから、うちの妹に近づかないでくれませんかね?

 という訳で、妹に今後もパーティーに出席しないでいい旨を伝えた。


「……ですが、私も社交経験を積む必要があるのでは?」

「なら、俺がリリスの家庭教師になってやろう」

「お兄様が、ですか?」

「不満か?」

「いいえ、とても嬉しいです。では、明日にでもお兄様の部屋にうかがいますわね」

「……ああ、分かった」


 なぜ俺の部屋と思いつつ、反対するとあれこれからかってきそうな気がしたのでスルーした。そしてリリスの言葉通り、翌日から部屋で勉強を教えることにする。


 最初は当たり障りのない授業や、芸術や音楽について。悪役令嬢がハイスペックだからか、彼女がやる気にあふれているからか、リリスは俺が教えたことをすぐに飲み込んでいく。

 それで俺もちょっと面白くなって、調子に乗って現代の知識なんかも教えるようになった。

 そんなある日――


「……リリス?」


 勉強熱心なリリスは、食後にも俺の部屋で勉強をしていた。だが、まだ十二歳で疲れがたまっていたのだろう。ほどなくして船をこぎ始めた。


「リリス、眠いのなら今日は戻って寝なさい」

「……うん、お兄様、ごめんなさい……」


 普段は生意気なリリスもいまはなりを潜めている。このまま放っておけば、部屋に戻るまでにどこかで寝落ちしてしまいそうだ。


「……仕方ない、俺のベッドを使うといい」

「おにいさま、は?」

「俺はソファで寝る」

「……はぁい」


 こうして、リリスは俺のベッドで眠った。

 後から考えれば、それが切っ掛けだったのだろう。

 リリスは俺の部屋で勉強をしては、そのまま俺の部屋で寝落ちすることが増えていった。そして最初はソファで眠っていた俺も、いつからか面倒になってベッドで寝るようになった。


 義理とはいえ、十三歳と十二歳。

 特に間違いが起こるはずもなく、最初の一年は何事もなく過ぎていった。


 そして、二年、三年と時は流れ、ついには四年の月日が流れた。いつの間にか、悪役令嬢が破滅する時期は過ぎ去っている。

 それに気が付いたとき、俺はふと現実に返った。

 うちの妹、一体いつまで俺の部屋に入り浸っているのだろうか、と。


 最初は時々、俺の部屋に泊まる程度だった。だが気が付けば、当たり前のように俺の部屋で寝泊まりをするようになり、いまでは部屋の半分が彼女の私物で埋まっている。


「リリス、おまえももう十六歳だ。そろそろ自分の部屋に戻りなさい」


 俺の言葉に、リリスはコテリと首を傾げた。ここ四年で、リリスは驚くほど綺麗に成長した。当時の生意気っぽい雰囲気もすっかりなりを潜めている。

 いまのリリスは、道で通り過ぎれば、十人中、十人が振り返るレベルの美少女である。

 だが、そんな彼女が口にしたのはこんな言葉だ。


「え? もう自分の部屋にいますよ?」

「……いつからここがおまえの部屋だと錯覚していた?」

「錯覚じゃなくて事実ですよ」


 義妹は本気のようだ。

 しかし、彼女も年頃の娘だ。

 破滅する時期は去ったし、そろそろ独り立ちさせなければいけない。


「トアル侯爵家の次期当主として申し渡す。おまえを俺の部屋から追放する!」


 それが彼女のためだからと、俺は心を鬼にして言いつ。それに対し、彼女は――転生した俺が初めて見たときのような生意気なポーズを取った。


「あらあら、お兄様、今更そんなことを言っても――もう遅いですわ」

「……なんだと?」

「年頃の男女が閨を供にして、なんの噂も立たないと思っているのですか?」

「……義理とはいえ、兄妹ならばそういうこともあるのではないか?」


 俺が至極真面目に答えると、彼女は「お兄様ったら、相変わらず朴念仁ね」と笑われた。


「普通なら、よからぬ噂が立つに決まっていますわ」

「だが……」


 そのような噂は聞いていない。

 いや、現代知識チートを存分に使って成功を収めたいまの俺に、直接あれこれ言うような人間はほとんどいないけれど、噂話の情報だって集めている。

 だが、その手の悪評か聞いたことがない。


「たしかに、兄妹がよからぬ関係に――なんて噂はありませんわね」

「……まさか、おまえがなにかしたのか?」


 俺は調子に乗ってリリスに現代知識を詰め込んだ。いまや第二の転生者と言ってもいい程度には知識があるし、それを生かすだけの知力もある。

 リリスなら、俺に入る情報にフィルターを掛けることも出来るかも知れない。


「ほかの噂に関しては干渉しましたが、兄妹のあれこれについてはなにもしていませんわよ。というか、なにもせずとも、そのような噂、立つはずがありませんから」

「……なぜだ?」


 俺が問うと、リリスは胸の谷間から一枚の書類を取り出した。そこにはリリスをトアル侯爵家の席から外し、父の持つ爵位の一つを与えるという文が書かれていた。


「わたくし、既にお兄様の義妹じゃありませんの」

「……いつのまに」

「お兄様が鍛えてくださったおかげですわ。最近、王都で台頭している商会がありますでしょ? あれを立ち上げたのはわたくしです」

「それを功績として、父と交渉した訳か」


 そして、リリスが妹でなくなったことを俺だけが知らなかった。それならば、兄妹で怪しい関係にと噂する者がいないのは分かる。だが、代わりに違う噂が流れたはずだ。


 そんな俺の疑問に答えるように、リリスが書類のめくった。

 最初の書類の後ろに、もう一枚の書類が隠れていた。


「俺と、リリスの……婚約書?」

「――未来のトアル侯爵夫人が答えます。わたくしは部屋からの追放を拒否します!」


 こうしてリリスの追放に失敗し、俺はふと思った。別にこのままでもいいのでは? と。

 結果、リリスはその後も俺の部屋に入り浸り、それはずっとずっと続くことになるのだが……それはまた別の機会に語ろう。

 




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明日完結の『かつての英雄、引き立て役の魔姫に転生して推しの子達に慕われる』もよろしくお願いします。

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