第2話 ギャルとカラオケ

 ギャルと公園で約束を交わしてから3日後。

 放課後、俺は駅前の安いカラオケの個室に、ギャルと二人でいた。

 ギャルは気分良さそうに自分の歌を終え、メロンソーダをストローで一口吸うと、俺にマイクを差し出した。


「なんで歌わないのー?」


「レパートリーがない。いつもはインストしか聞かないんだ」俺は適当に返した。インストだって聞かない。


「そうなん? じゃあ仕方ないか」


 ギャルは次に歌う曲を探し始めた。俺はすることもなく、その姿を眺めた。

 ピンクに近い赤の髪は、今日はハーフアップというのか、高いところで留めてゆるく巻いている。大きな目に長いまつ毛(どこまで本物か知らないが)、通った鼻に重めの下唇。意外にも化粧はそこまで濃くなく、控え目に見えた。

 まあ、可愛いよな、普通に。


「よし、次はこれ歌うか!」


 そして、ここまで聴いた彼女の歌は……とても上手かった。ように聴こえた。

 ように聴こえた、というのは、所々音程が曖昧だったからだ。


「それこそあたしさー、ほとんど歌ない曲しか知らないから、ほぼガイド頼りで歌ってるんだよね」


 ギャルは俺が何気なく考えていることを見透かしているかのような話題の当て方をしてきた。


「ガイド?」


「ほら、メロディーのガイドが微かに聴こえるじゃん。歌ってるとわかんなくなる時あるけど」


「今まで歌った歌全部その感じで歌ったのか?」


「まあ」ギャルはタッチパネルに触れる手を止めた。「一曲通して聴いたことある曲はないね」


「すごいな」


「そう?」


 そういえば……。

 去年文化祭の打ち上げで強制的にカラオケに連行された時のことだ。去年は同じクラスだった俺と真希まさきは座って話しているだけだったが、真希はクラスのイケメン枠だ。何をしたって一回はマイクが回ってくる。


 その時も、こいつの歌はとても上手いな、とギャルの歌に似た感想を持ったが、やはり音程が曖昧な部分があった。


 後で聞いたら、歌った歌は、家族が見ているドラマのエンディングで流れてたんだ、と真希は言った。


 つまり、ギャルが種明かししてくれたように、あの時真希はガイドに合わせてほとんどの部分を歌っていたのだろう。


「上手いよな」


「あたし?」


「うん」


「そんなこと初めて言われたよ」


「マジで?」


「マジで。あたしいつも盛り上げ役だもん。いつもタンバリン叩いてる」ギャルはメロンソーダをストローで飲み干した。「上手いなんて言われたことない」


「そんなもんか」


 見る目のないやつばかりだな、と思う。


「ところで野田っち歌わないの?」


 ギャルがニコっと笑顔をこぼした。

 俺は露骨に話を変えた。


「ところでなんで今日はカラオケに来たんだ?」


「話変えるの下手か」ギャルがケラケラ笑う。


「……」

 

「ていうか、こっちは野田っちが真希くんとの仲を応援してくれるっていうから連絡待ってたんだし!」


 公園で真希との仲を応援すると言ったはいいものの、具体的なプランがあったわけじゃない。


 今までは預かったラブレターを真希に渡して状況を説明するくらいだったから、真希のことを好きな女子とは最初だけしか関わったことがなかった。


「まあ、それは、うん……」


「なにー?」


 とはいえ、ああいうふうにいった以上俺も思うところがあったし、応援したいという言葉に嘘はなかった。だから、ギャルに連絡して、どうやった真希とより仲良くなれるか話し合ったりしたほうがいいのか? と考えたりもした。


 ただ、なあ……。


 話し合いをしよう、といったところで具体的なプランはないし、話し合いの中で意見を深められるようなアドリブ力や思考の俊敏性があるわけでもない。


 だから、こっちから連絡ができなかった。


 「こっちから連絡しようか」→「でもなにかプランがあるわけじゃないし」→「ただ、約束したしなあ……」の無限ループだ。


 そのうち、二日経つと、いっそギャルから連絡してくれ! と、何故かこちらが連絡を待つ気持ちになる始末。それでとうとうギャルのほうから連絡が来て謎のカラオケ会となったのだった。


——それから、一時間半後。


 俺たちはカラオケの入っている雑居ビルから出た。


[情熱酒場 とんきち]


[やきとり 鳥基]


[二軒め酒場]


 突き当たりには郵便局があった。曲がって繁華街を抜ける。そのまま今度はビル群の中に。今度はJRの駅名の看板がだんだん大きく見えてきた。


「野田っち家帰るの?」


「ああ」


「ありがと! 楽しかったよ」


 俺はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 「ばいばい」、といってギャルはくるっと俺に背を向けたものの最後に見えた表情がやけに寂しそうでいつもの俺なら信じられないがギャルの肩に手をかけた。


「帰らないのか?」


「パンでも買ってどっかで適当に食べるつもり」ギャルは楽しそうに言った。「バイト代出るまであと五日なんよ」


「は? お前今いくら持ってるんだ?」


「五百円。給料日までこれで行く!」


「行けるか!」なんでカラオケ行った。


「一日百円あるじゃん」


「お前今日の分、計算に入れてるか? 今日パン食べたら給料日は給料入るまで金ないぞ」


「……なんとかなる!」



 謎の笑顔。

 俺なら絶望する。俺たちふたりを、若いサラリーマンが通りすがりにチラと見て、苦笑していた。


「というか、家で飯食わないの?」


「高校入ってから食べてないなあ、少なくとも夕飯は」


「なんで!?」


「うちおかーさん厳しくてさあ。あたしこんなじゃん? ご飯出なくて、家で」


 だからなんでそこで笑顔だ。

 ギャルというのは本当にわからない。


「……うちで飯食うか?」


 でも、この時ギャルにこんなことをいってしまった自分自身のことのほうが、もっとわからなかった。


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